第12話

「こ、こんにちは。お兄ちゃん、」


「は、え?僕?な、何?」


「お兄ちゃんはお姉ちゃんが好きなの?」



 直球だなあ。僕は子どもが苦手だ。かわいいけれどとても苦手だ。だけどこの質問なら笑顔で答えられる。



「好きだよ」


「よかった!」


「ねえちゃん泣かしたら泣かす」



 この2人はもうすでに僕らのことを知ってるんだな。しおりちゃんが言ったんだろうか。



「わかってるよ、絶対泣かさない」


「いつきくん、な、泣き、泣きそう」


「あー!ねえちゃん泣かした!!」


「いった!!痛い」


「こら!もとき!!やめな」



 涙も一瞬、一粒で弟を叱るしおりちゃん。髪をむしられるのなんていつぶりだろう。痛い。この2人のお姉ちゃんを僕は好きになったのか。


 2人に会いにいって帰りの電車の中、彼女は一言も話さなかった。僕も特別話さなかった。駅について、なんと一緒に彼女が降りた。彼女は僕にごめんねと言った。めんどくさい女でごめんと、そしてポツリポツリと話し出す。僕らは今は東屋が無くなってしまったから公園までの道のりを歩っている。



「いつきくん、優しいね」


「僕は、優しくなりたいだけだよ」


「最近、無理矢理な嘘言わなくなったね」


「無理に言う必要もなくなったから。しおりちゃんだってそうでしょ?」


「うん、時々はついてるけどね」



 僕はそれでいいんだ、と改めて実感する。みんなみんな嘘ついたり、時々素直になったり、意地張ったり愚痴ったりしては、また嘘をついたりする。僕たちははじめこそ嘘だらけだったけれど、今ではちょうどいい嘘が分かる。

 しおりちゃんはブランコに乗った。



「いつきくんもおいでよ」


「ブランコに?」


「一緒がいいなあ」



 しおりちゃんの可愛さに根負けして、僕は何年振りかのブランコに乗車した。座って少しこぐ。しおりちゃんはさっきから立ちこぎだ。あー懐かしいなあ、こんな夕暮れ時、ブランコをずっとこいでいたくてよく困らせた。ただ僕は安定志向なのであまり立ちこぎが好きではない。実は一度ブランコから落ちたことがあるのだ。その小さな小さな頬の傷を厨二の頃はよく妄想に使っていた。



「ブランコね、好きなんだ、ちょっとさ、怖いでしょ?」


「立つからじゃない?」


「立った方が気持ちいよ!風が、こう、ブワッと、吹くの、もっと高く速く、体全部で、遊ぶの」



 こぎながらだから話が途切れ途切れだ。



「だけど自分で、動かしてるのか、うごかされてるのか、わからなくなっていくの、風にも持ってかれそうになる、この鎖を離したら、どうなるんだろうって、」


「しおりちゃっ、ダメだよ!」


「離さないよ!離さないよ、もう」



 そうしてしおりちゃんは座って、こぐ。



「声!うるさかったかな?」


「うん、普通にこいでね、話も聞き取りづらいし」


「はい、高橋さん」


「佐藤さん、僕の手を握って?」


「いいんですか?」


「いいよ、なんて考えてるか当てて」


「はい!」



 そうして握りしめた手は、少し鉄臭くて、汗ばんでて、あったかくて。本当に鎖から離れなくて良かったと思った。



「しおりちゃん?」


「だいすき、」


「はっずれー」


「じゃあ、鉄臭いなあ」


「半分正解!まあ正解にしよう。この手がブランコから離れていかなくて本当に良かったよ」


「は、恥ずかしいこと考えてるね!いつきくんは!本当にこんな女に好かれてかわいそうだね!」


「てれかくしになってないよ」


「本当に、恥ずかしい」


「しおりちゃんはこんな女じゃないよ?きょうだいのことだってめんどくさくないし、家族のことだって、仕事のことだって、エスパーのことだって全然普通だ」


「そんなことないじゃない。嘘ばっかり」


「そんなことなんだよ、直すところは直せばいいし、それも含めて全部だいすきだから」



 うん、恥ずかしい。



「わたしも、大好き」



 あーかわいい。



「いつきくん、今すごくかっこいいよ」


「そっちもね」



 我ながら恥ずかしいバカップルだと思うけど、これはこれでありだろう。僕は家に帰るのをやめてしおりちゃんの家まで送ることにした。階段を登っていくしおりちゃんの後を追う。なんか懐かしいなあ、初めて会った時を思い出す。こんな関係になるなんて思いもしなかったなあ。駅まで送って帰ったし、家なんてお互い知らなかったし。一緒に乗り込んだ電車の中は部活帰りの学生や会社員がいる。夕方を少し過ぎたまだ混んでる時間だが、運良く僕らは2人で座れた。



「いつきくん、わたし決めたよ。一緒に住もう、そんでいろいろお互いのこと知ろう、それでダメになったらそれはそれだし」


「そうだね」


「家探そう、わたし仕事も探す」


「アイドル?」


「ちゃかさないでよ、アイドルでも、とにかく自分らしくいられるところに」


「アイドルはダメ、嫉妬する」


「わかった」


「するけど、自分らしくいられるならやってね、歌上手いし、かわいいし」


「そういうの電車の中で禁止」


「しおむむぅ!」



 しおりちゃんのほっぺを伸ばす攻撃。頬へのダメージは少ないが、イライラ値が上昇していく。



「顔かわいいね!」


「むむむぅ!」


「ごめんごめん、電車の中恥ずかしいんだもん」


「どの口が言うか!ええ?」


「すいません」


「好きだよ、しおりちゃん」


「やめて、ほんと、わたしが悪かったから」


「地球上の誰がそばにいても、君がいないとダメだよ」



 あ、やっべえしくじった。自分へのダメージがでかい。身体的にではなく。



「宇宙中じゃなきゃダメ」


「え?」


「宇宙まで電車が伸びるかもしれないでしよ?」


「しおりちゃん、それもう電車じゃないよ。チガウナニモノカだよ」


「あ、そっか」



 本当に、何を考えているかわからない僕の恋人。少し不思議で変な子だ。だけど僕もそうだ。2人でどこまでいけるかわからない。だけど今はわかる。

 彼女の家まで電車は伸びている。

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えすえふなあなた 新吉 @bottiti

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