第7話
わたしはいったいどんな顔をしてるの?
声に出たかもしれない。
いつきくんはすこしわらった。
「しおりちゃんでもそんな顔するんだね」
「どんな顔?」
「綺麗なしおりちゃんが、僕が一目惚れしたしおりちゃんが、ぶっ飛んでる」
「ぶ、ぶぶ、」
「はははは、超ブサイク」
その時の気持ちに名前はいらない。彼の前で初めて見せた泣き顔だったのに。大きなわたしの声は聞こえなくなって、体が勝手に動いても小さな自分の意思だと思えるようになった。
わたしは彼をグーでパンチした。
「ひどい!」
なんだかいろんな気持ちが混じっていた。
「しおりちゃんひどい!それ八つ当たり!」
なんだか楽しかった。だけど遠くに行くのはやっぱり寂しかった。だけど思いっきり笑っているいつきくんの笑顔がなんだか嬉しかった。
わたしたちはそうしてわらってわかれた。いや付き合ったままでいつきくんは遠くへ行った。飛行機でないと行けないところに3年間行くことになっている。
それから一週間くらいが経った頃、いつきくんから連絡が来た。電話を向こうからすることはあまりないから少し心配したけど、方言とか一人暮らしの部屋とか、ご飯の話。わたしは彼の真意を探ろうとする。わからない。あれからまるで人の気持ちがわからなくなってしまっている。別に生活に支障はきたさないけど。最後に寂しいのかと聞いてみた。寂しいよと言ってはくれなかった。強がりなのか、それとも。顔すら見えないのに思っていたよりは心配じゃない。だけどほんの少しだけ。まだ一週間だからと、そう自分にいった。
木村君と同じ名字になるの。そうみりあちゃんが言った。結婚式に来て欲しいと紹介状がきた。結婚式に呼ばれるのは初めてのことで、いろんな準備が必要だと学んだ。友だちに聞いたり、ネットで調べたり、店員さんに聞いたり、本屋で立ち読みした。大変だった、マナー以外にも心理的にも肉体的にも。活動範囲が以前より広がっていった。いろんな初めてを独りきりで経験した。新幹線も初めてだし、ホテルに泊まるのも初めて、ドレスの試着も初めて、フラッシュモブも初めて、動画の編集も初めて、こんなにたくさんお酒を飲んだのもはじめて。
「いえーい!成功を祈ってカンパーイ!」
「さっきもしましたー」
「まだフリ覚えらんないよ」
友だちや、知らない友だちがいっぱい。知らない友だちってなんだ。世界が回る。頭の中を余興の音楽が流れていく。切って貼って繋いでズラした音が。
「潮里ー酔ってる?大丈夫?」
「あ?酔ってる」
「レアじゃない?」
「初めてこんな飲んだ…」
「ちょー不機嫌な顔してる、ウケる」
「アハハハ、林君ヤバイ!!」
どこの誰かもわからない甲高い声が響いて、
うっせーんだよ、頭いてーわ!
笑い声なんとかしろ!
「しおり?」
その声にハッとした時には遅かった。今までのわたしが崩れ去る音がした。みんな酔っていてわたしももれなく酔っていて、酒の力怖いね、なんて話で終わる。そんなもんか。そんなもののために何かをずっと我慢していたような気がした。声を荒げること、自分の思いをストレートにぶつけること。みんなうまくできてすごいと思ってたけど、いろんな力を借りていいんだなあ。
結婚式当日、緊張する。面接よりもステージよりもずっと緊張した。式で交わされた言葉は、わたしもいつかふざけて言い合ったけれど、言ったことがあると思えないほど、宇宙語に聞こえた。まあ神父さんは日本人じゃないしバイオリンの生演奏なんて初めてだし、お子ちゃまは騒いでるからいろんな音が混ざってるけど、不思議な響きのことばだった。フラワーシャワーで風に舞う花びらも2人を祝福している。造花ではなくほんものの花びら。薄桃色だったり白かったり。寒くなってきた空に舞い上がっては落ちて、踏まれていく。白い式は撮影会で終わった。とても綺麗なウエディングドレスを間近でみて、他の友だちと一緒に写真に収まる。2人とも顔が緩んで宇宙人から友だちに戻る。2人を取り囲んだ親族友だちから、新郎新婦から口々におめでとう、きてくれてありがとう、綺麗だよ、ありがとう等聞き慣れた地球語やら日本語やら時々英語が聞こえてくる。わたしも声をかけた。
「おめでとう、2人とも」
「ありがとう!ブーケ、絶対取ってね!今度は2人の番だからね」
「樹、来れなかったんだもんな。また顔出せよ」
白い花束が宙を舞うけれど意外とグイグイ取りに来る人はいなくて、ストンと手前にいた奥さんが受け取り、あらあらまあまあと騒いでいた。披露宴も素敵だった。みりあちゃんの好きなキャラクターや木村君の好きな音楽が流れる。食事もおいしい。余興のフラッシュモブもみんな酔ったあたりで乗り切る。わたしは突然踊り出す一人だ。会場から拍手をもらう。素知らぬふりして楽しんでいる振りから、曲の大サビで参加するメンバー、コックになりきっている人や、ウエイトレス、司会者は飛び入り参加してくれた。
「はあはあ、皆さんありがとう、ありがとうございます!新婦ご友人の方々ありがとうございました!!」
パチパチパチパチ
結婚なんて考えたことなかった。家族になろうなんて考えたことなかった。どうしても自分に当てはめられなかった。きっとそれは家族のカタチがいまいちわからないままだからだ。遺産なんて知らない。血がどうかなんて言われても、みんなみんなこの体には血が流れているのに。花嫁が泣くシーンその前のキャンドルサービス、とても幻想的で小さな光がゆらゆらときらめいていた。感動とは心が動くことで、心が動くとは何も泣くことではなくて。涙は出なかったけれどこころはたしかに揺られた。ガタンゴトンと電車のように。
帰り道、こんなに荷物が多いと思わなかった。二次会を無理やり断ってきたけど行けばよかったかな、一人でこの荷物で電車に乗って帰るのも少し恥ずかしい。ドレスはショッピングモールの化粧室で脱いできた。店のトイレで下着になるなんて、なんという開放感。なんてね。荷物の多さに座っているのにつらい。ふと窓を見ればトンネルの中で景色も見えなかった。暗い暗い闇の中。抜けても眩しくて目をつむった。明るいけれど何も見えない。しばらくそのままで目を開けられなかった。そーっと開けた頃には景色は海。どんなに長いトンネルだっていつかは抜ける。暗くても辛くても明るくなる、そして電車もいつかは降りる。どこまでも線路は続かないのだ。
「しおりちゃん、元気ない?」
いつきくんの声がスマホから出てくる。そんなことないよ、ちょっと今日疲れただけ。そう答える。
「今日なにかあったの?」
「木村くんとみりあちゃんがね、」
「うん」
「結婚式を挙げてそれに参加してきたの」
「ああ、僕行けなかったやつ」
「そう、準備大変だったけど楽しかったし、感動したよ」
さらっと言葉にしてみた。いつきくんはいつもと変わらずにそうだったんだ、と。
「フラッシュモブの動画、あとで見せるね」
「うん、楽しみにしてるね。そういえばしおりちゃんが踊ってるの見るの初めてだな」
「は、初めてだね」
急になんだか恥ずかしくなってきたけど、まあいいか。
「今度会うとき、カラオケ行こうか」
「は?」
「嫌い?」
「嫌いじゃないよ!行こうか」
突然過ぎて変な声が出た。そういえば、
「いつきくんってあんまりアイドル時代の話聞かないよね」
「ああ、それはだってしおりちゃんが言わないし、それに」
「それに?」
「好きになったしおりちゃんはもう」
ぶつっ。
なぜかそこで途切れた。充電でも切れたのかな?もう、なんだろう。もうアイドルじゃなかったからかな?遠距離って不思議。もともとわたしたちは毎日会うわけではなかったし、毎日連絡を取り合ってるわけでもないのに、不思議な絆がある。糸がある、繋がってる。そんな気がする。声を聞けば安心して、意味のない内容が心を穏やかにする。だけど以前はさほど感じなかった焦りというのか、不安なのか。よくわからない何かが少しずつスマホから飛び出す声の裏に溜まっていく。言葉にすれば違う何かになりそうな不思議な気持ち。繋がってる糸を確かめてそのあと、よくわからない疑念や嘘や真実や、信念がどこかへ行くような。
ピッ
「秋の冷たい雨となるでしょう」
テレビのおねいさんがそう言っていた。明日のバイトに傘を持って行こう、と思考がいったんそれる。とにかくわたしたちには圧倒的に嘘が多い。まずはそこからはじめよう。
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