第2話

 僕は彼女に似ているんだと思う。彼女が聞いてもないのに話してくれる好きなものを僕はだいたいが嫌いじゃなくて、僕はだいたいに嘘をついて正反対の答えをしていた。だけど目玉焼きには塩コショウだけでいいなんて、しょうゆもかけるだろう普通。それだけはケンカになった。すぐに仲直りしたけど、何か小さなことでよくケンカをするようになった。



 僕と佐藤さんは月に2回ほど会う約束をしている。それ以外にもバッタリ電車や東屋で出会うからだいぶ回数は多い。僕はうまく距離を置くことができていた。とそう思っていた。最寄りのコンビニでバッタリ肩男に出会った。肩男は木村という。



「おー樹、お前潮里とは別れたのか?」



 付き合ってない。



「そうだったのか?じゃあ俺潮里ちゃん狙っちゃおうかな、かわいいし、優しいし、料理うまいらしいし」


「目玉焼き」


「あ?」


「目玉焼きにしょうゆかけないよ?」


「…まさかけんか別れか?そんなことで、うけるー」



 そうじゃない。僕は彼女と距離を置いただけで別れたわけじゃない。彼女が寄ってくるのをかわしてはいるが、他の誰かに寄るのを許した覚えはない。僕は木村にこう言った。



「佐藤さんは超能力者なんだよ。木村くんの頭の中みられるよ」


「はあ?お前マジうける、頭おかしんじゃねーの」


「僕も実は超能力者なんだ、だから肩を組んだら君の頭の中が見える」



 僕は木村と肩を組み思いっきり睨みつけた。



「「ばかじゃねーの」」


「「は、離せよ!」」



 ハモリに成功した。木村は驚いて僕から飛び退いて言い逃げていった。



「「気持ち悪いんだよ」」



 触ってなくても分かるわ、僕も僕が気持ち悪い。木村のことだからいつも遊んでいたメンツに今日のことを話すだろう。僕だけでなく佐藤さんにも被害が及ぶ。僕は佐藤さんに連絡を取った。



「はい、佐藤です」


「高橋です、今いいですか?」


「はい。お家でゆっくりしてたところなので」



 なんてことだ。



「逃げるんだ、僕は君の正体を木村に話してしまった。君はそこにいたら危ない、僕も正体をバラした、落ち合って解決策を探そう」



 一気にまくし立てると、薄いスマホから佐藤さんの息を飲む声が聞こえる。



「どこで会いますか?」


「東屋の上で」



 僕は先について待っていた。秋の深まるこの時期にこんなところで俺は星を見ていた。星はすごい。誰しもみんな闇の中に引き込まれて行く、星はそれを引き止めているかのようで。月はポッカリと闇に開いた穴。あそこにはいったい何があるのか。なんて。



「はあ、はあ」



 彼女が走ってきている姿が見えた。よいしょ、と声が聞こえて足元の屋根に細い指がにゅっと現れ彼女が顔を出した。にっこりと笑う彼女は手を僕に伸ばす。僕は迷っていた、彼女と手を繋ぐことはすなわち心を読まれることだ。迷いを消すように秋風が吹いて僕は少し背中を押される。彼女の手を掴んで引っ張る。彼女は別に何も言わずにありがとう、とだけ呟いた。



「どうしよっか、高橋さん」


「どうしようね」


「どうして、言ってしまったんですか?私たちの秘密を」


「それは」



 なぜかその時僕はいつもの狂った嘘が出てこなかった。



「木村が君を狙うというから、危ないよとつい口が滑ったんだ。お前頭の中を読まれるぞと」


「高橋さん、私のこと危ないヤツだと思っていたんですね」



 責めるような口調ではなく、遊んでいるように。



「いいや、彼にとっては君は悪魔だろう」


「悪魔!」


「君みたいなヤツ僕以外にどうしろっていうんだ」



 彼女は嬉しそうに笑った。



「私はあなたに捕まえられた悪魔なんですか?」


「僕が君に捕まえられた悪魔なんだよ、だから君は天使なんだ、僕にとっては」


「なんで高橋さんって人を落しては上げて落して、その代わりさらに自分を落していくんですか」


「僕はそんなことをしているのか?」


「わざとじゃないの?私は小悪魔ってことでしょう」



 まあそうだ。



「それとどこに連れて行ってくれるんですか?」


「それは…一緒に考えよう」


「いいですね」



 秋の夜長にそんな話をして二人で今度どこに遠出するか決めた。今日の僕は彼女に嘘をつけない。だから僕は言ってみた。



「君は本当は心を読む術を学んで知っているんだろう、超能力者なんかじゃなく。誰かの気持ちになってあげられる」


「いいえ。私のこの力はあなたと同じで誰かに嫌われてしまうもの。好き好んで人の気持ちに寄り添ったりするはずありません」



 驚くほどきっぱりと彼女は言った。しまった、いったい彼女どんな顔をしていたんだろう。見逃してしまった。僕はこの不思議な彼女に困ってしまう。それでも嫌いになれない、どうしたらいいのかわからない。僕は彼女の目の中の黒に吸い込まれそうになりながら質問する。



「僕の気持ちに寄り添うのも好きではないのか」


「高橋さんだって同じ力を持っているでしょう?」



 また責める訳ではない遊んでいるようなその笑顔。



「僕は…」



 今日の僕は嘘をつかない。なんて。



「僕もそうだな、誰かの気持ちを考えてそれに合わせることにみんな時間を割きすぎている。誰かの気持ちになってあげるなんてことはできない」


「そうなんですよ、私は分かってしまうだけ、ただそれだけなんです」



 そう言って笑う彼女は一目惚れしたあの佐藤さんのままで、今も変わらない。変わらないまま。僕はいったい彼女に何を求めているのか。何をしたら安心するのか、不安なのか。この言いようのない気持ちはいったいどんな名前なんだろう。ふと佐藤さんの手に触れようとする。触れる。ねえ、



「僕は今何を考えてる?」


「嬉しいと悲しいとが一緒くた。気づいていないんですか泣いていますよ?」


「どうすればこの気持ちが治まるんだ」


「それには自分で考えるしかありません。目を閉じて雫をこぼして、また上を見て、頬を伝って、また目を閉じてそのうちに答えと呼べるものがきっと」



 この人はきっとそういうカウンセラーさんとかいうやつなんだろう。その勉強をしていたんだろう、言われるままにしてその場は収まり彼女は家に帰っていった。僕は彼女に遊ばれている気がしてきた。何をしていいのかわからない。分かっている、本当は。臆病な僕はそれをする勇気がない。そして何が変わるか、変わらないのか。つまりは怖い。僕はただ感じられる近くに君がいてくれるだけでいいんだ。下手なことをして遠くに行くのではないか、それだけは避けなければいけない。今の僕の中にはこの距離を壊したい僕が現れている。彼女に全部話すんだ、それから告白するんだ。こんな僕でもそれでもいいかと聞いて。だけどそれでもそれを引き止める僕が居座っている。どちらも踏み込まないこの距離を、壁を、隙間をどうしたらいいのだろう。


 僕は突然眠れなくなったり爆睡したりする。それが理由かは分からないがよく夢を見る。日によってコロコロ変わる。ちなみに今日は触るなと雨に向かって叫ぶ夢だ。夢の癖に寒くて、視界がぼやけていて。一体なんの記憶の整理だというのか。


 僕ら2人はメンバーに特別に何もされなかった。そりゃそうだ、僕がふざけただけだと言ってしまえば終わる話。木村はなんとなく俺を嫌うようになったがだからといってなにも支障はない。遊ぶ機会も月1回ほどの仲、僕はこの歳になってようやく友達づきあい、人間関係はなんぞやということを学ぼうとしている。未だに人混みは苦手だが以前は苦いだけだった中2の記憶が、今は少しだけ微笑ましい。そして同時に佐藤さんを思い出す。人混みといえば佐藤さんと初めて会った日を思い出す。あの窮屈なヒトの集まりから抜け出た開放感。そして無人駅。今日はそこに小さな子が1人でポツンとしていた。男の子だ。



「あの」



 気づくと声をかけていた。無人駅で降りたのは僕の他にもいたけど足早にその場を過ぎて行った。見たいテレビでもあったのだろう。だからきっと僕は特に用事がなかったから、少年に声をかけたんだ。



「はい、」


「ひとり?」


「はい。ひとり、でおばあの家行くって、」


「おばあちゃん家どこ?」



 少しだけ泣きそうな、いや泣き過ぎた後の少年から地図を受け取る。よかったな少年、降りる駅はあってるぞ。おばあちゃん家もこの駅からそう遠くない。



「一緒に行くか?」



 無言でこちらを見上げる、その彼の手の甲に手を重ねて置く。ひんやりした。



「行くか?」


「1人で行く」


「そうか、じゃあ地図の見方だけ教える」


「うん!」



 笑顔で手を振る少年と別れたが、心配で後をつける僕。完全に不審者だが、自分の家もすぐ近くだし店もあるし、まあ言い逃れはできる。そこの角を曲がれば家の前だぞ、見るとおばあちゃんとやらが心配そうに家の前に立っている。



「おばあー!!」


「ああ、よかった。偉いねひとりで来れたね」


「駅についたんだけどどっち行ったらいいか分かんなくてね、おにいちゃんにね、教えてもらった!」


「よかったよかった、はやくおあがり」



 言わなきゃバレないのになあ、そう思いながら我が家に帰る。少年と手を重ねても、涙に濡れて冷えた肌の感触とベンチの冷たい鉄の感触しかなかった。当たり前だが彼の心は分からない。小さい頃の僕なら知らない人に話しかけたら走って逃げるだろう。小さい頃の佐藤さんならきっと一緒に行くんだろう。手を繋ぎながら。そこでふと不思議に思う。僕は不審者ではないかと。不審者との区別、自分が怪しいものではないと、どう証明したらいいんだろうか。彼は笑顔だったけど内心怖かったのではないだろうか。



「幸せなら態度で示そうよ、」



 手を叩くのは幸せというものを表現できているんだろうか。自分の気持ちや想いをいったいどうやって表すのだろうか。言葉じゃまとまらないこの何かを。

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