えすえふなあなた

新吉

第1話

「おはようございます、高橋さん!」


「させるか!」



 元気よく僕にあいさつをするのは佐藤さん。こりずに今日も僕を触ろうとする。僕は触らせまいと逃げる。はたから見ればバカップルのいちゃいちゃだと思うだろうが僕にとってヒトに触られることはそう思われることよりキツイ。不意に触れたり集合写真等の意図的なものでなければまだ大丈夫なのだが、意志を持って肩を組もうとしたり、抱き合ったりなんてとんでもない。


 ヒトに触れるとその考えていることが読み取れてしまう超能力を持っていたのははるか昔の中学生のころ。世界にヒトはたくさんいるのにこんな能力を持っている僕は死ななければいけないと引きこもっていた自分を思い出す、だから触りたくないし触られたくない。そしてその理由を知られたくない。そんな今でも中2を引きずっている僕がなぜ相手にしているのか、せざるを得ないのか。それは1週間前いつもの電車が遅れたあの日、彼女が文字通り空から落ちてきたからだ。



 電車の中ですることといえば外の景色を見ること。流れていく景色は地元のそれとは違って僕をひきつける。あるヒトはスマホゲーム、あるヒトは読書、あるヒトは睡眠、あるヒトは勉強、またあるヒトは何もしない。そんななか僕は窓の外に変なヒトを見つけた。見晴らしのいい田んぼのど真ん中でこちらに向かって小さく手を振っている。どうやら女の子のようだ、誰か別れの人でもいるのか、金色の中に水色のスカートが目に鮮やかでだいぶ記憶に残った。駅に着いて降り立ったヒトゴミに飲まれそうになるのをかき分けて行く、ヒトが近い。ぶつからぬよう、踏まぬよう、気が滅入る。満員電車を避けているうちにいつの間にか会社を辞めていた僕は、今仕事を探している。スーツは苦しくて苦い思い出が蘇るから私服がいい。僕は面接に落ちて帰る途中で家に帰っても何もいい報告ができないこと、また親にあの顔をされると思うと、家にも帰りたくなくなってきた。そうやって僕はまたいつものようにカラオケや本屋にカフェをめぐり、駅前を制覇していく。ヒトゴミの多い時間帯を避けて、1人になれるところを探している。ヒトに不快な思いをされるのはごめんだ。僕はなんとか生きていた、このままではいけないことは分かっていた。自分でもじりじりとした焦りがあった。僕はいつになったらそれから解放されるんだろうか。

 そろそろ帰るか帰宅ラッシュになる前に、そう思っていたが電車が遅延。人身事故、身投げ。そんなことはどうでもいい。これでは帰れない、やっと動き出したのは1時間後、すごい混雑の中ヒトに潰されながら帰る。毎日これをやっている人がいるなんて尊敬する。僕にはできない、できなかった。久しぶりの満員電車に吐きそうになりながら最寄り駅に着いた。無人駅のそこできっちりピッとお金を払って、階段を降りていく。自販機で飲み物を買って東屋で一息ついていた。最寄駅徒歩5分の県営アパートはもう目の前だが、僕はいつもここで一息つくのが決まりになっていた。さすがに最近は寒くなってきたよな、うるさい虫が鳴いて鳴いて甘い缶コーヒーがなくなったから僕はいい加減に帰ることにした。どすっ、背中が急に重くなって僕は何かに押さえつけられ倒れる。



「えええええ!!すいません!怪我はないですか?」


「いたたた…」


 背中からすぐどいてくれて、僕はゆっくりと起き上がり声の主を見る。僕はびっくりした。あの電車の中から見た水色のスカートに似ていたから、この時期のこの時間帯にしては寒そうなその、



「私下に誰もいないと思って、わざとじゃ!」


「な、なにそれ」


「これですか、これはマイクですよ」


「ちげーよ、その服」


「その、衣装を持ってきてしまいました、まあもう二度と着ることはないですけど」



 空のようで、そうでなくて、鮮やかな衣装の美しさと長い髪がとても似合っていて、髪飾りの星が綺麗で、ふいに触りたくなった。手を伸ばす僕に首を傾げ、髪飾りに気づき、外して僕に手を伸ばしてくれた。



「素敵ですよねこれ、どうぞ」



 その笑顔に、その仕草に。

 これが俗に言うふぉーりんらぶか、僕はそれを認めたくなかった。初めてのひとめぼれを隠すため、僕はとんでもない嘘を、いや真実を伝えてしまう。



「僕は君に触れない。触りたくても触れない。君の考えていることが伝わってしまうんだ。だから僕は誰にも触ろうとしてはいけない。触られたいと思ってはいけない」



 いや嘘なんだけど。僕は一歩後ずさり、彼女の唖然とした顔を見て正気に戻り、走り出す。恥ずかしいなんてもんじゃない、ああもうサヨナラ、だけど僕は腕を掴まれる。力強い。振り返って腕を振ろうとするが動かず、逃げられない。嫌だ、逃げたい。



「逃げたい、恥ずかしい!」



 彼女が言った。僕の目を睨みつけるように、それなのに涙目で、僕を見る。そんな、



「「そんな目で僕を見るな」」


「「な、なんで、分かるんだ」」



 見事にハモった。彼女はパッと僕の手を離して泣き出した。僕は東屋に戻ろうと彼女に声をかける。動かない彼女の手を握ろうとする、怖くてできなかった。僕は純粋に彼女に恐怖を抱いていた。それを感じとったのかどうなのか、彼女の足が動き僕もそれについていった。



「私はスカウトされてアイドルになりました。有名ではないグループの一員になりました。歌うことはもともと好きで、ダンスは懸命に練習しました。レッスンも仲間といるのも楽しかったです。しかしある時偶然他のアイドルグループの方と握手する機会がありました。手からものすごい黒いイメージが流れ込んで、私は突然ヒトの気持ちが触れるだけで流れ込むようになりました。それからファンの方の握手会も怖くて、彼氏にも気持ち悪がられて別れました。親とも疎遠になってアイドルのお仕事も今抜け出してきました。東屋の上で上司に連絡を取りました。そんな時にあなたとぶつかって、あなたも私と同じ力があってそして同じように悩んでいることを知りました。そんな目で見るなと。でも私、あなたのことがもっと知りたくなりました。あなたの名前はなんですか?」



 本当にころころと表情豊かに話す彼女に惹かれていく一方で、君が悩んでいる超能力は単なる被害妄想や表情や雰囲気で読み取っているだけではないかという考えも浮かぶ。こんなに感性の豊かな彼女ならできそうだ。重ねて僕は嘘だとはもう言えなくなっていた。僕らは簡単な自己紹介をして連絡先を交換した。



「僕は高橋、高橋 樹、字は樹木のじゅ」


「いつきさん」


「高橋で呼んで、演歌歌手みたいで嫌だ」


「はい、高橋さん。私は佐藤 潮里、満ち潮のしおに、さとで」


「おお、砂糖と塩か、佐藤さん」


「よくいじめられたな、そのイントネーション。あ、そういえば高橋さんのお家はこの近くですか」


「そうだよもうすぐそこ」


「私はここから遠いんです、東屋見えて降りただけで」


「ごめん、佐藤さん。僕は極力ヒトとの付き合いを避けたいんだ、友だちと言ってもベタベタしないし、」


「…泊まりませんよ、エッチなことでも考えてるんですか、ワンナイトラブなんてしないです。送らなくても平気ですし、今度是非ご飯でも行きましょう、割り勘で」


「そうじゃないよ。お互いの家、家族、それから仕事とか深いことは探り合わないようにしようと」


「そうですか、私はあなたのことがもっと知りたいです」


「僕はそうでもないかな、まあまた会ってもいいけど」


「よかった、それではまた連絡しますね」



 なんで触ってもいないのにばれたんだろう、顔に出てたかなと思いながら駅へ向かう階段を登る彼女、見送る僕。その日の夜は久しぶりに快眠できて、親の目線も気にならずなかなかに夢見も良かった。



 彼女と出会ってからの僕はなんというか自由だった。彼女に対しては何をしても大丈夫で、不快な思いもしないし僕を嫌いにもならない。僕は本当に聞かれたことになにも答えず、仕方がないときは適当に嘘をついた。頭が弱くて僕の嘘なんて簡単に信じ込んでしまう。可愛くてバカな僕の好きな人は本気で超能力が使えると思っている。彼女のはただの読心術だ。僕がそう思っていることも彼女は気づいていない。そのうち僕の最寄駅の近くのレンタルビデオ店にバイトとして入るようになり、電車や駅前でバッタリ会ったり、飲んだり、バイト仲間の子やシャアハウスの相方、アイドル時代のメンツともカラオケやらなにやらに連れまわされた。合コンも初経験し、男友達もできた。肩を組もうとするのを拒否するとすんなりと言われた。



「わりー最近ホモとかゲイとかうるせーし、男の友情を勘違いされちゃたまらんしな」



 とりあえずそういうことにした。王様ゲームでも僕は馬鹿らしい、やらないと言った。なにそれウケる、樹くん嫌なら違うのしよーと他のいろいろな遊びが次々と出てくる。なるほど今の若者たちはそうやって遊んでいるのか、などとジジくさいことを考えながら、みんなを眺めていると、ふとみんなで楽しめるように誰かが我慢していることに気づいた。あの端のメガネ女子はさっきの肩男が気になっていて、話すきっかけを探してる。肩男の方は僕の向かいの子に話しかけてるけど、彼女は多分僕か隣の短髪男子が好きみたいだ。見つめて微笑んだら真っ赤になってしまった、僕か?まあ知ったこっちゃない。あの清楚系は王様ゲームをやろうとした子で僕が言うまでせっせとくじを作っていた。短髪男子狙いだな、隣に座りたいみたい。他の2人はもうありゃできてるなー。ヒトって見れば見るほど面白い。佐藤さんも読心術のためにこうしてヒトの観察をしているんだろうか。



「席替えってしてもいいのか」


「お前いいこと言う!」


「高橋さん、隣いい?」


「いいけど」


 僕は隣に佐藤さん、向かいだった子と挟まれ、その隣が肩男。俺の向かいにメガネ女子、短髪男子、清楚系女子、カップルの並び。楽しいし面白いし今日はいい日だなと思っていた。

 はずなのに、


「どうしてこうなった」


「ポッチーゲームくらいいいでしょ?」


「…分かった」



 カップルはイチャついてちゅっちゅっしてるし、酔っ払いのメガネ女子がポッチーゲームを始めてもう僕以外の全員とキスをしている。ポッチー関係ないわ、肩男なんてノリノリだし女の子同士でもしてるし、キス魔って本当にいるんだ。僕は腹をくくってポッチーに噛みつき、すぐ終わらせる。終わった!頭を離そうとするとガッと両手で掴まれる。



「そんなにみりあとキスするの嫌なの、いいでしょ、キスくらいでガタガタ言ってんじゃねえよ!」



 さらば僕のファーストキス。みりあちゃんの唇は柔らかかったな。帰り道佐藤さんの手が触れてきて心を読まれた。佐藤さんだってキスしたからでしょうが、と言いたかったがそのタイミングで確かにキスしたことを思い出していたから僕の完敗である。苦い顔をしていると不安そうに僕を見上げる。



「高橋さん、もしかして外れてましたか?」


「言わなきゃないの?」


「はい!」


「合ってたよ」


「よかった!」



 僕はどうにもこの笑顔に弱い。可愛いしいい子だし超能力のこと信じてなければなおよし、でもそこも含めて、僕は彼女を好きになっている。また彼女が僕の手に触れる。



「あ、私の唇のこと考えてましたね」


「違うよ」


「嘘ついちゃだめですよ、高橋さんも私の心が読めるんですよね」


「うん」


「私は今なんて考えてるでしょうか?」


「…分かっても言いたくないよ、


「「いじわるするな」」



 またハモる、楽しそうに笑う彼女が可愛くてほっぺにちゅっとキスをする。こんなことをしたのは初めてで、でもしたくなって彼女は真っ赤になってそれでも手は離さなくて。



 こんな日が続けばなんて、僕は思っちゃいけなかった。ありがちな小説のようにけんかしたり離れたりくっついたり、普通の恋愛というものに繋がっていくんだとばかり思っていた。彼女は何も変わらなかった。だから僕も変わらなかった。嘘もついたままで告白もしないでただただずっと彼女は変わらないだけ、僕はどうしていいかわからない。ただ彼女がいなくなることだけはしたくなかった。そうは言ってももう限界だった。その頃やっと仕事が軌道に乗り出して忙しくなってきた。僕はそれを理由に少しずつ距離を置いた、置きすぎてもダメだし、近すぎてもダメだ。僕は彼女との距離感を考えていた、仕事のことも考えていたが正直彼女のことで頭がいっぱいだった。とある日ついに彼女に言った。



「佐藤さんは変わらないね」


「高橋さんも変わらないですよ」





 彼女は少し不思議で変な子だ。好きだ、そう伝えたらかえっていなくなる気がした。だから何も言わないで、僕らはそのままでいい。そんな目で僕を見るな。それ以上こっちに来るな。何かが壊れてしまうから、僕はそれが怖いんだ。



 彼は少し不思議で変な人だ。好きです、なんて言ったらきっと笑って消えちゃう。だから何にも言わないで、私たちはそのままでいい。なんでそんな目をしてるの。それ以上離れないで。何かが壊れてしまうから、私はそれが怖い。



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