番外編 金と銀の姫
「こんにちは!よろしくね。私はティアナ。あなたは?」
「…………」
「ごめんなさいね、ティアナちゃん。うちの子ほんと無愛想で。ほら、ちゃんと挨拶なさいタグ」
「…………こんにちは」
「はあ。ほんとにあなたって子は……」
「いいんですよ、うちのティアナは心の広い子ですからね。」
「……おほほ、そうですか」
そんなどこかギクシャクした会話を聞きながら私は目の前の男の子に目をやる。
タグ・パリオネルくん。
同じパリオネルの家ではあれど遠縁にあたる男の子。
私より濃いめの輝く金髪に切れ長な少し鋭いマリンブルーの瞳。肌は白く遠目からでもツヤツヤしてる。なんだか女の子みたい。体も細いし。
手には分厚い本を持っていて片時もそこから目を離さない。
すごいなあ。あんな難しそうな本を読むんだ。
「ねえ、なに読んでるの?」
「……」
本からチラリと目線を上げたのも一瞬。
「精霊学の本」
そうポツリとつぶやくタグくん。
「そうなんだ!ねえねえ、それ読みながらでもいいからあっちで遊ぼうよ。」
そういってタグくんの服の袖をひく私。
タグくんはあからさまに眉を顰めてみせる。本を読んでるって見てわからないのかって感じ。
だけど私、本とか難しいことはよくわからないし、せっかく同年代なんだし隠れん坊とかおままごととか楽しいことをして遊びたい。
「ねえ、お願い!」
私が少し駄々をこねるようにそういうとタグくんのお母さんがこちらに気づいて「こら、タグ」という。
そんな短い言葉でもタグくんには効果覿面のようで「わかりました……」といってその本を閉じる。
「で、何するのさ」
明らかに面倒くさそうにしながらもそういってくるタグくんに
「うん!えっとね、まずは隠れん坊しよう!!」
そういって私は満面の笑みを浮かべた。
「今日から私たち学生なんだね」
「そうだね。ティアナはまだまだ子供って感じだけどね」
「うるさいよ、タッくん」
「……学校でもその呼び方」
「なあに?どうせならタッちゃんでもいいんだよ」
「あー、分かったよ。タッくんでいいから」
そんなことを言い合ってるいつも通りの私たちは今日から魔法学校の生徒になる。
私とタッくんは初めて会ったあの日から随分と仲良くなったように思う。
「今じゃ親友クラスだよね」
ふいに口にだしてそういう。すると
「は?何が」
ちょうど観光客の人から道を聞かれ答え終わったタッくんが(ここルミナスは全種族が集う観光都市だから道を聞かれることはしょっちゅう。お陰で私もタッくんも有名観光スポットはもちろん穴場まで場所を完璧に把握している)少し訝しげな顔をしてこちらを見やる。
初めて会った時から思ってたけどタッくんはすぐに眉をひそめ訝しげな表情をする。
最初はすぐに怒る子なんだなあ。少し怖いかも。なんて思っていたけれど、長年共に過ごしてきた今ならいえる。これは単にタッくんの癖なのだと。
両親からのスパルタ教育(夕ご飯を食べたらすぐに勉強部屋という私室とはまた別のお部屋に閉じ込められ就寝時間になるとやっと私室に行けるものの朝もまた早くから勉強部屋へ閉じ込められるらしい。ほんとスパルタ……。)により生まれたものだと思われる。
「ほら、タッくんまた眉間に皺入ってるよ」
「え……ああ……」
そうはいうもののタッくんの眉間のシワはなくならない。本当にもう無意識で、癖になってるんだなと思う。
「ところでさっきなんて言ったの?よく聞き取れなかった」
「ああ、えっとね、」
私たち親友クラスに仲良いよね、なんて面と向かって改まっていうのはなんだか気恥ずかしくなって誤魔化すように笑顔を浮かべる。
「えへへ。なんでもな〜い」
「はあ?」
「それよりほら、遅刻しちゃうから急ごう!」
「そうやってすぐ誤魔化す」
「そういうタッくんはすぐ眉間に皺がはいる」
「なっ、うるさい!」
「えへへ」
そんな風にして私たちは騒がしく魔法学校へ急いだ。
魔法学校へ入学したその日の時点で私とタッくんは気がついた。
自分たちを見る周囲の目が他とは明らかに違っていることに。
それまでめったに外に出たことはなくて(お母さんいわく外には野蛮な人がたくさんいるからパリオネルの家の中が一番安全らしい)種族も生まれも全く違う血縁がない他人と出会うのは初めてだった私たちはかなりの衝撃を受けた。
金髪のエルフだ……。とか、あっちの子はクランツ級だけどもう一人の子はキラル級ね。とかそういうヒソヒソした会話がおのずと耳に入ってきた。知らない人にどうこう言われるのはあまり気持ちのいいものではない。
でも、タッくんが隣にいればそれだけで充分で私はこれからの新生活にひどくワクワクしていた。
だからタッくんがそういうヒソヒソした会話たちにそひどく嫌な気持ちになっていたことに気づいてあげられなかった。
魔法学校は最短で十年。
最長で五十年で卒業できる。
なぜこんなにも差ができるかというと、昇級できるかは実力次第だから。
ちなみにいうと年の最後に行われる昇級試験は級があがるほどに合格率が下がっていく。
そして勉強する内容はといえばその名の通り魔法のこと。それから魔法とは関係ないものも学ぶ。礼儀とか文化とか。
だいたい下の級では魔法以外のことを学んで級があがるこどに少しずつ魔法のことも学んでいく。
私の場合座学といわれる魔法以外の授業がとてつもなく苦手でいつもひどい点数をとってはタッくんに叱られていた。
対するタッくんは座学がとても得意で(毎日のスパルタ教育もあるし本も好きだから)常に成績はトップクラスだった。
私はタッくんと違ってほんとに薄い金髪なんだけどどうやらそれをキラル級、とかいうらしく、私はクラスの子達に「あいつはキラル級だから頭も弱い」なんていわれる様になり始めた。
確かに私はいつだってクラスで最下位の成績だけど別にそれは髪の色と関係なくない?
そう心の中では怒りつつも実際みんなより成績下だから黙って耐えてた。
耐えてたというか正直そんなに気にしたことはなかったけれど。
「ティアナ、嫌じゃないのか?」
「?なにが?」
ある日の放課後。並んで帰りながら買い食いしているスタルイトのパイ(私の大好物!)をゴクンとのみこむと訝しげな表情をするタッくんの方を見やる。
「……ほら、クラスのやつらが」
「ああ、あれね」
タッくんはタッくんなりに心配しててくれたんだ。
タッくんは私とは正反対に「やっぱりクランツ級の子は違うよね」などと言われてたしなんだか違う世界にいるような気がしていたけどこうしてちゃんと隣にやってきて寄り添ってくれる。
私タッくんのそういうところが大好きなんだよね。
「実際勉強できないし仕方ないよ。それに私さして気にしてないもん。いいたいなら言ってればいいと思う」
「……くくっ」
「え?どったの、タッくん 。キュリチのパイのどに詰まった?」
「違うよ。笑ったんだよ」
「え〜?なんで笑うのさ」
「お前は……ティアナはほんとに強いなって思って」
「で、笑ったの?」
「うん」
「え〜、意味不明。タッくんにはお手上げだよ、ほんと」
なんていって、それから二人して笑った。
けどそんな穏やかな日々もいつまでも続いてはくれなかった。
ある程度級が上がってきて、実技、つまりは魔法の授業が増えてきた。
私は物心ついた時から水の精霊(親指サイズの可愛いこたち。普段は私の中にいる。っていってもよくわからないと思うけど。私が困ってる時は真っ先に助けてくれたり相談に乗ったりしてくれるいい子たちでもある)と過ごしてきたんだけれど、それはとても特殊なことらしく、魔法の才がある人でも精霊を可視化したり会話したりするのはかなり難しいらしい。
それで、あなたは稀代の天才だわなどと教師にもてはやされるようになった。
それによって今まで散々陰口をたたいていたクラスの人たちがみんなして私を英雄のように扱うようになった。
級が違う人からも「あのティアナさんですよね?よければ握手してください」なんていわれる様になって心地いいような肩身がせまいようなそんな気恥ずかしさを覚えた。
けれどそんな呑気なことばかりを言ってられるのも束の間のことだった。
私に散々陰口をたたいていた子たちは今度はタッくんの陰口を吐くようになった。
タッくんは私とは逆に座学はできるものの魔法がかなり不得手だったのだ。
私は陰口を耳にするたびにその子達のもとへ行きやめるように言ったりしたけれど完全にやめさせることはできなかった。
気づけば私のまわりには「人気者」というレッテルに群がる薄っぺらい友情をかかげる子達ばかりが集まってきてタッくんの姿がひどく遠のいていってやがては見えなくなってしまった。
タッくんと中々会えなくなったことを最初はただ悲しむだけだった私だけれどやがて立ち上がった。
自分からタッくんの元へ行かなくちゃ、と。
タッくんは私が陰口をたたかれているとき心配して寄り添ってくれた。
私だってタッくんに寄り添いたい。
私は「今日は具合が悪い」といってはやめに自室に行くとタッくんの元へ向かう準備を始めた。
タッくんが勉強部屋から解放されて自室にいるはずのその時間、真夜中に私はタッくんのお家のお庭にいきタッくんのお部屋の窓をトントンと叩いていた。
暫く反応がなかったもののやがてギイッと音を立てて少しだけ開かれる窓。
「タッくん、私だよ」
「……だろうね。こんな真夜中に不法侵入してこんなところから挨拶するのは君くらいだろうし」
どこか皮肉めいたトゲトゲした言葉でそういうからこれは入れてすらもらえないかも、でも粘らなくちゃ、なんて考える私。
けれど案外すんなりと窓は開け放たれ
中の明かりが途端に私の顔を照らす。
「入りなよ」
そういってこちらに手を差し伸べてくれるタッくんに私は満面の笑みを浮かべる。
「うんっ!」
そういうと私はタッくんの手をとって部屋の中へと入った。
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