番外編 金と銀の姫 目覚め

タッくんのお部屋はいつ来ても小綺麗でシンプルで余計なものなど何一つない。

ほんと、私とは正反対のお部屋。

「で、何の用?」

パジャマ姿のタッくんが、壁に寄りかかり少し眉をひそめて見せる。

私は定位置であるタッくんのベットに座ると(いつもはダイブするんだけど流石にいまはできなさそう)まっすぐにタッくんの方を見上げた。

「私はタッくんのこと大好きだよ」

「はぁ?いきなりなんなのさ。気持ち悪い」

そういいながら定位置である椅子に座るとこちらを先ほどよりも訝しげな表情でみやるタッくん。

「だからね、私はどんなタッくんも大好きだよ。ずっとそばにいるよ」

あれれ?なんだか私がいってることおかしいかな?けど本当にそう思ってるしこれでいっか。

「なんだよ、それ。プロポーズ?」

どこかからかうようにそう言われて驚く。

そっか。こういうとプロポーズになっちゃうのか。

なんてそんなこと思いながら私もふざけたようにちょうどポケットにあった(ほんとタイミング良い!)指輪をタッくんに手渡す。

「で、これが誓いの指輪ね」

ふざけたようにそういうとタッくんはあきれ顔になる。

「はいはい」

受け取った指輪をどこか邪険そうに、でも嬉しそうに(私の見間違いでなければ)机におくタッくん。

「で、本当の要件は何?」

そうだ。私がここにきたのはプロポーズまがいのことをする為じゃない。

「精霊と契約してみようよ」

その言葉のあと暫く続く沈黙。

まるで空気がおもりにになってのしかかってきているみたいにゆっくりと流れる重苦しい時。


実はこの間精霊と契約するっていうかなり重要な授業が一ヶ月がかりでおこなわれたんだけれど、その中でタッくんは唯一、一体とも契約ができなかった。


タッくんが触れて欲しくないであろうそのことに触れるのは怖かったけれど、触れなければなにもはじまらない。



「…………できないよ、僕には」

タッくんがうつむいてサラサラした金髪が目にかかる。

「出来るよ、絶対!私が付き合うから」

「……僕は……どうせ……。ごめん、ティアナ。もう帰ってくれ」

そう言われて引き下がれる私じゃない。

「嫌だ!タッくんが精霊と契約するっていうまで帰らない!」

「はあ……。なにバカなこといってるんだよ。余計な手間かけさせないでくれよ。ほら」

そういって私の肩を掴み無理やり立たせようとするタッくん。

「嫌だ!!」

私はそんなタッくんに反抗するように立ち上がるとタッくんの肩を思い切りつかむ。

タッくんが気にしてること。

恐れてること。

なんとなくわかるから。

でも触れていいのかわからない。

けれどあえて触れてみよう。

触れなくちゃわからない。

嫌われてもいい。

私はタッくんにとってそういう役割の人だと思うから。

「あんな汚い声全部無視すればいいよ!あの人たちが今後ずっとタッくんの人生に関わってくるの?違うでしょ!今だけだよ!今耐えればそれで終わり!それにあの人たちはただ自分たちが楽しければそれでいいような輩なんだからそんな人たちの言葉信用ならないに決まってるじゃん!」

私は思ってることをそのままに叫んだ。

だから支離滅裂だろうし同じようなことを繰り返しいったような気がした。

息が切れて少しハアハアと荒く肩で息をしていると、私の肩に置かれていた手がダランと力なく落ちた。

「……僕は……」

うつむいたタッくんの表情は読み取れないけれどポタリおちた一粒の涙が床にあたって弾けた。

「……大丈夫。私がいるよ」

そういって私は力の限りギューッとタッくんのこを抱きしめた。

今までそばにいてあげられなくてごめんね。辛かったね。苦しかったね。強がってただけで本当はそんなにも今にも崩れこみそうなあなたがそこにいたんだね。

そんなたくさんの思いが胸をあつくしていく。

「……ありがとう……」

タッくんは私の肩に顔を埋めてポツリとそういった。





それから暫くしたある日のこと。

タッくんは初めて精霊との契約を果たした。

その日の夜中に私の部屋へ魔法のじゅうたんを使い文字通り飛んできたタッくんは今まで見たことがないくらいにテンションが高かった。いつも冷静なタッくんがあそこまで興奮している姿を見るのは初めてで、つい精霊さんにお願いしてキューブ(精霊さんたちの力でつくれる魔法のキューブのこと。水でできた四角いキューブ状のもののなかにその時の情景を映し出すことができるの。ただし一回映し出すとお水が弾けてなくなっちゃうんだけど)に撮って残してしまった。っていうのはタッくんには絶対内緒だけど。





精霊と契約できて喜んでいたのも束の間。

タッくんは精霊がうまく扱えずに苦しみはじめた。

私はそんなタッくんに寄り添ってあげることしかできなくていつだって力になってあげたいのに自分が本当にそうできているか、心のどこかで模索してる部分があった。


けど……結局はなにも考えずにただタッくんのそばにいたいからタッくんの隣にいてただ笑いたいから笑っていたんだと思う。




だからあの日ーータッくんが「今までありがとう。さようなら」という置き手紙を残して自殺してしまったと聞いたときは目の前に広がる世界が一気に色をなくし地面が音を立てて崩れていくような感覚がした。

うまく立つことも考えることもできなかった。

どうして?私何を間違ったの?ああ、きっと私はちゃんとタッくんのことわかってあげられていなかったんだ。なんでもっと寄り添ってあげられなかったろう。悲しみを分かち合えなかったろう。

胸の中に広がるのは後悔ばかり。


いつも険しい顔してるのにたまにクスッて笑うとこ。

呆れてみせるのに結局いつも助けてくれるとこ。

私が不安な時言葉にしなくても察して心配して大丈夫だろって、なんてことないよって、いってくれるとこ。

眠れないって夜唐突にたずねたのに呆れながらもちゃんと私をなかに入れてくれるとこ。

ふとした時にどんくさいとこ。

キュリチのパイを買い食いしてるとかならずタネを噛み砕いてゴリゴリ変な音をたててるとこ。

道案内してる時ちょっと嬉しそうなとこ。

本を読んでる時話しかけるとすごく不機嫌なとこ。

ハラリとおちるサラサラの金髪。

鋭いマリンブルーの瞳の奥に隠れた優しさ。

タッくんの大好きなところ全部全部溢れ出して止まらなくなった。

なのに

「本当にうちのバカ息子は。なんでこうもバカなのかしら」

「厄介ごとを起こしたと知られれば今以上にパリオネルの地位が下げられるかもしれない。騎士隊には通報しないでおこう」

タッくんのお父さんとお母さんが来てるというからせめて何か言葉をかけようと思ってた。

人に気の利いた言葉を投げかけられるような状態ではなかったけれど。

なのに……!

「どういうことですか!今の言葉取り消してください!!」

私はドアを叩きあけるとそう叫んだ。

驚いた様子のタッくんのお父さんとお母さんの前には驚いた表情をこわばらせていくお父さんと困ったような表情をうかべるお母さんがいた。

「あなたたちがそんなんだからタッくんは……!」

「こらティアナ!言葉が過ぎるぞ。タグの父上も母上も深く悲しんでおいでなのだ。それなのにこうして気丈に振る舞われているというのに」

私はそんなことをいう父にひどく嫌悪感を抱いてもう何も言う気にならずその部屋を後にした。

深く悲しんでおられる?どこが?

気丈に振る舞ってる?何が?

そんな、大人たちへの歯がゆさも相まって涙がとまなくなった。

私は枕に顔を埋めて泣き続けやがて気づかぬ間に眠りについていた……。





起きると泣きすぎたせいで頭がズキズキして目が霞んでいた。

けれど泣く前よりも気持ちは比較的スッキリしている。

あたりを見やれば真っ暗で、枕元のライトをつけると時計は12時をさしていた。

そしてそのライトの手前には美味しそうなスタルイトのパイが置かれていた。手前には『ティアナちゃんへ』とお母さんの文字でかかれた小さな紙。

私はフッと微笑んでお母さん特製のそのパイを口いっぱいに頬張った。

「……美味しい……」

モグモグ口を動かしながらそう呟いたらなんだかまた視界が揺らいできた。

そんな時。

『ティアナ様!』

そんな聞き覚えのある声が聞こえてきてハッとする。

「精霊さん?」

そう聞き返すと

『はい!あの、タグさんのことですが』

『生きておいでです!』

『ちょっと、私がいおうとしたのに』

『やめなさいよ、みっともない!』

『あの、ティアナ様?』

「…………うそ………うそうそうそうそうそ!タッくんが生きてるなんて!」

ずっと誰かにいってもらいたかった言葉を言われ飛び上がって喜ぶ私。

『タグさんの契約している精霊の反応は消えてないんですよ』

「だからタッくんは生きてるってことなのね」

ベッドの上で飛び上がるのをやめると座り込みうんうんと頷く私。

『私たちならその反応を追うことは可能ですが』

「お願い!私、タッくんを見つける!」


そういって、私は家を出たのだった。


心配性のお母さんに向けて必ず戻るという内容の手紙を長々と書いて。





タッくんの反応はあっちへいったりこっちへいったり予測不能な動きばかりするから正直いって追いかけるのは一苦労だった。

しかも途中でその反応が消えたというから驚いたらどうやら悪魔か何かの中へ吸収されたとかいいだすし一体タッくんは何をしてるのかとかなり不安になったし心配だった。

けれど生きてくれてるってことが何よりも嬉しかった。はやく会いたくて仕方なかった。タッくんの無事をいちはやくこの目で確認したかった。

それに精霊たちがいうには悪魔は悪い存在じゃないらしいからタッくんも無事でいるはず

そう信じながらとりあえず近くの街に魔法の絨毯を降下させそこの宿屋に泊まっていた時のことだった。

「おやすみ〜」

そういってベッドにもぐりこんでしばらくしたとき体に異変を感じる。

体の内側からあつくなってくる感覚と共に全身に今まで感じたことがないような痛みが走る。

「ううっ……」

そんな時がしばらく続くとやがて私はその痛みから解放され一時的な熱も一気に引いていく。

何だったの、今の……。

そう思いながら寝返りを打とうとしたら体の違和感に気がついた。

え……うそ……。

そんなことを思いながらベッドから飛び起き備え付けの鏡の前に駆ける私。

「うそ……」

そういいながらペタペタと自分の顔や体を触る。

鏡にうつっていたのはベッドに入る前とはうって変わって大人っぽくてシュッとしてる私。

そうか。さっきのが第一成長期なんだ!

すっかり伸びた手足を見やってにんまりする。

タッくんにはよく身長のことでからかわれてたからこれで立場逆転。私がタッくんを揶揄うことができる♪

そんなルンルンした気持ちでもう一度鏡を見やると髪の毛の毛先の方が色が変色していることに気がつく。

銀色っぽい色に透き通った毛先は窓からさす月の光に照らすととても綺麗に見える。

「これ以上色が薄くなってどうするのよ……」

なんて呟きながらもその色が気に入ってる自分もいたし、なによりそれを見てると忘れているなにかを思い出しそうになった。

でもよくわからないから結局ベッドに戻った私はひどくワクワクした気持ちで眠りについた。





翌日。

『ティアナ様大丈夫ですか?』

『お身体をお冷やししましょうか?』

「ううん、大丈夫……。ありがとね、みんな」

そういう私は病人のような様相で宿屋のベッドに寝てる。

昨日の一時的な痛みとはまた違う、なんというか、体が怠くて重い、ぐったりするような感覚にとらわれて結局連泊することにしたのだった。

それにしてもこれはなんなんだろう。

頭もひどくぼんやりして精霊さんの声を聞くのもやっとって感じだし。

風邪なのかなあ。私、今まで風邪ひいたこと一度もないんだけどなあ。

なんて思って瞳を閉じた時だった。

脳裏を駆け巡るいくつもの記憶たち。

脳が処理しきれなくてパンクするような量の情報が一気に頭になだれ込んでくる。

なに、なんなの、これ。

そう思ったのも束の間。なだれ込んできた記憶や情報は私の頭の中で開示されていく。


自分の生まれのこと。

本当の親のこと。

その本当の親が私を逃がしてそして死んでしまったこと。

そんな大切な両親の記憶をなんだか怖いからと隠してしまった自分への不甲斐なさ。

沢山の記憶と感情がなだれ込んできて胸が苦しくなる。

私は必死に布団を握りしめた。まるで記憶の情報のなかに飲み込まれてしまいそうで怖くて現実に繋ぎとめる何かがほしくて。


今度は前世の記憶が見えてきた。

説明はできないけど不思議とこれが私の前世だといえた。

前世がどんなか、なんて考えたこともなかったけど、どうせならもっと楽しくて幸せな終わり方の記憶が良かった。こんな悲しい終わり方をしたなんて……。

私は朧げながらもハッキリと目にしたその前世の記憶を、まるで一つの作品を見るような気持ちで見終えた時にやっと目を覚ました。


ツーッと涙が頬を伝って落ちていって、私は自分の変化に気づいた。



「あれ?私、笑えてない?……」

瞳にうつる世界もひどく物悲しいし常に上がってた口角はもうあがりそうにもない。

窓からさす月光の光を綺麗だと思ってそんなことにまではしゃいでいた昨日までの自分がひどくバカバカしく思えてくる。


私は自分の命を守ってくれた両親のことを意図的に忘れようとした愚か者。

前世でだって大切な人を守りきれなかった、私はーー。





次の日。

私は重苦しい心を抱えながらも、記憶の中で垣間見た銀の里を探すことにした。

せめて献花だけでもしよう。

遅すぎたし今さらだけれど。


今の状態ではタッくんに……ってほんとタッくんのいうとおりこの呼び方は子供っぽい。タグ……彼の元へは行けない。


あれ?私、これからどうしよう。


なんだか漠然としたそんな不安を抱えながら私は銀の里へと向かったのだった。

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