番外編 金の姫と銀の少年
それは遠い昔のこと。
豊かな金髪をしたエルフの姫はルンルンした足取りで城を飛び出し、近くの森の中を歩いていました。
森の中の風景に姫が心を弾ませていると不意に木の陰から一人の少年が飛び出してきました。
少年は少女とは反対に輝く銀髪をしていました。
少女は少年に気づくと満面の笑みを見せます。少年もそんな少女に目尻を優しく細めました。
この二人は、互いに興味心が旺盛で以前金の姫が銀の里を、銀の少年が金の国を探していたところばったり出会ってそこから意気投合して互いにたまに時間をみてはこうして秘密裏にあい、互いの国のこと、生活のことを話していたのでした。
そんな時が二人にとってはこの上ないくらいに幸せでした。
金の姫は本来元気で明るい子でしたが城の中では気品溢れる姫を演じるよう母からきつくいわれていて肩身の狭い思いをしていました。
また銀の少年は王族直系の子孫唯一の生き残りということで周囲から過大な期待を寄せられていました。
そんな二人でしたから時たまこうして会ってなんの気兼ねもなく、互いの立場など気にせず、ありのままの自分をさらけだしてお喋りできるのがとても幸せだったのです。
しかし、そんな幸せな時も長くは続きません。
幼かった彼女たちはやがて成長し、金と銀のエルフの真実を知りました。
それまで家来の隙をついては森へでかけていた金の姫も自分がしたことではなくとも金が銀の一族から王権を奪ったことがいたたまれなくなって森へ足を運ばなくなりました。
対する銀の少年も自分がしたことではありませんでしたが銀の一族が金の一族を呪ったことがひどくいたたまれず彼女といつも落ち合っていたその場所から足が遠ざかっていきました。
しかし二人は離れてみて、時が経ってみて、改めて気づかされたのでした。
互いの存在がどれだけ大切であったか、ということに。
金の姫はある夜、城を抜け出しいつも落ち合っていたあの場所へと来ていました。
彼と会うのは大抵昼間だったので来ないことはわかっていました。それでもよかったのです。
彼女は懐かしいその場所で昔のことを思い出しながら1人星空を眺めていました。
するとそこに銀の少年が現れました。
少年の姿に気づくと金の姫は大きく目を見開きました。
どうしてここに、そう姫がたずねると少年は、君に会いたくなって、といいました。
もうその時には二人とも自分たちのなかに隠しようもない大きな気持ちが芽生えていることに気づいていました。
二人は改めて話しをしました。
子供の頃のような楽しさはそのまま、けれど無邪気さはなりをひめ、その代わり胸を焦がすような不思議な気持ちが二人を満たすのでした。
それから幾年かの時が流れました。
金の姫には新しい命が宿っていました。
銀の少年も金の姫もそのことがひどく嬉しくて最初のうちは手放しに喜んでいました。
しかし金と銀の子です。
敵対する二つの種族の血が通っているとなればこの先苦労することは間違いないでしょう。
それならば、と銀の少年はある提案をしました。
それは銀の血を隠し金の子として生きていけるようにするというものでした。
銀の一族のほとんどは隠れ里で暮らしていましたが一部の銀の一族は髪から魔力を抜くことで髪色を変えて外の世界で暮らしていました。まあ、大抵の者が里で穏やかに暮らせればよいと考えていてそういった事例は本当に稀でしたが。
銀の少年はそのように髪色から魔力を抜けば金の姫に宿った二人の子は苦労なく生きていけるのではないか、そう提案したのでした。
そうすれば銀の色を隠して金の子として生きていけるのではないかと。
金の姫は渋々ながら頷きました。
金の一族が王権を握っている今の時勢ではやはり金の髪で生きる方が生きやすいと思ったからでした。
次に問題となったのは金の姫が身籠ったことを城の者になんと説明するかということでした。
色々と考えあぐねた二人ですが結局いい考えは浮かびません。
駆け落ちしよう。ふと銀の少年が呟きました。
金の姫は自分の耳を疑いました。
すると少年はあまりにも驚いた様子を見せる姫にクスリと笑って、大丈夫、子を産んだら城へ帰ればいい。少しの間旅へでるといえばいい。そういいました。
姫はあまりにも楽観的な少年に険しい表情を見せましたが、それも一瞬。次の時には、いい考えね、といって頷いてみせていました。
結局姫も少年に負けず劣らずの楽観思考だったのです。
ですからこの時、二人の後ろに一つの人影があった、なんてこの二人が考えるはずもありませんでした。
それからしばらくして、金の姫銀の少年双方の準備が整いました。
互いになんとか城の者、里の者を騙し、言いくるめて、少しの間旅に出る、ということで納得させたのでした。
金の姫と銀の少年は赤ん坊が産まれるまでの間森の中にあった洞穴で生活を営みました。
その時は二人にとって今まで生きてきた中で最も幸せな時でした。
やがて赤ん坊が産まれました。
淡い金髪をした、可愛い女の子です。
瞳の色はあなたそっくりよ、口元は君にそっくりだね、二人はそんなことをいいながらとても幸せな笑みを漏らしました。
やがてその子は人間でいう3、4歳。エルフでいう40歳へと成長しました。
そろそろ国に帰らなくては、と姫はいいました。
この幸せな時を手放したくはないけれどこれ以上留守にしたら色々と面倒なことが起こってこの幸せが壊される気がしたのです。
銀の少年は姫のその提案に最初こそ全く頷きませんでしたがやがて渋々ながら頷いたのでした。
そうして二人、短いけれどとても幸な時を過ごした洞穴をあとにしました。
銀の里へと通ずる道の手前にくると、金の姫は抱きかかえていた眠っている我が子にそっと優しいキスをおとし、それから銀の少年へとその子を託そうとしました。
しかしその時予想外のことがおきたのです。
あそこだ!捕まえろ!
そんな声とともにあたりから幾人もの国の衛兵たちが、いえ、右大臣直属の衛兵たちが飛び出してきたのです。
右大臣は以前から時たま城を抜け出す姫に目をつけていて、監視の者を置いていたのでした。
二人が一時的な駆け落ちをしようと言った時も、洞穴での生活時ももちろん、その監視の者はついており随時右大臣へと情報が伝わってしまっていたのです。
右大臣は以前から王国転覆を狙っている権力に目がない男でした。
ですから金の姫が元銀の王子と子をなしたらそれは国を揺るがす程の大問題でありそれを利用すれば己の野望へ一歩近づけると踏んでいたのでした。
そこで右大臣は二人に子という物的証拠が残るのをずっと心待ちにしていたのです。
そして、赤ん坊の状態では乱暴な扱いで命を落とすとも限らないということで子が40ほどに大きくなることも待っていました。
ですから二人が洞穴を出たのは皮肉にも右大臣にとって最も都合の良い時であったのです。
走れ!銀の少年は金の姫に叫びました。
姫は大きく頷き駆け出しました。
しかし相手は10人を超え、少年が引き止めた者もいれど、幾人かは姫を追っていきました。
姫は大事な我が子を抱きかかえながら必死に森の道をかけました。
やがて川が見えてきました。
橋はなく、行き止まりと同じようなものでした。
後ろには迫る追って。目の前には川。
姫はやがて意を決してその子を川へと落としました。
銀の血が通うこの子ならきっと精霊たちが守ってくれる、そう信じて。
そうして姫は我が子を手放したあと、追いついた衛兵たちにあやまって心の臓をつかれその場で命尽き果てたのでした。
川に落とされたその子は少しもしないうちに目を覚ましそして息苦しさに悲鳴をあげました。
目の前に優しい父と母の姿がぼんやりと見えるような気がしました。
私はこのまま死ぬのかもしれない、幼いながらに自分の死を悟ったその少女でしたがやがてその少女の周りをキラキラとした光が包みだしました。
少女の足の先から髪の先までをキラキラした水流が駆け巡ります。
少女は気づくと不思議と息ができるようになっていました。
けれど自分はもう死ぬのだと思い込み瞳をつむったまま深くくらい川底へと落ちていったのです。
この時少女は無意識ながらに精霊と契約をしていたのでした。
そう、母の願いは通じ精霊が彼女を守ったのです。
その川に棲んでいた水の精霊たちは皆その子を気に入りました。
最初に契約した幾人か以外にも契約したがる精霊はいましたが結局まだ幼くこれ以上精霊と契約はできないということで最終的に最初の5人の水の精霊が彼女と契約した状態になりました。
やがて水の精霊たちの力によって少女は岸へとあげられました。
随分と流されたのでそこは森からも城からも遠い土地でした。
あらまあ、みてあなた。
なんだい。
岸に挙げられた少女を見て驚きの声をあげたのは、大都市ルミナスに住まう金のエルフ。
王族の血が通っているというパリオネル家の者でした。
この夫婦はちょうど散歩をしていたところでたまたまここを通りかかったのでした。
また、夫人は子ができにくい体質で常々子宝に恵まれるための願掛けになるものを集めていました。
今の散歩もこの川岸に稀に落ちている星型の石を見つければ子宝に恵まれる、という言い伝えを信じてのことでした。
この子は金髪のエルフよ。
ああ、そうみたいだね。でもそれにしては金の色が薄いな。最下級クラスだね。
もう!そんなことはどうでもいいのよ。それよりこの子を養子にとりましょう。
え?
見たところ親もいないようですし、きっと捨て子なのよ。
しかし
ああ。神様はまだ私を見捨てておいででなかった……。
まあ、とりあえずは家に連れ帰ろう。体も冷えてるだろうし。
そうして少女は夫人宅へと連れて行かれたのでした。
夫人は少女の親が名乗り出るのを幾年か待ちましたが一向に現れないのをみて正式にその子を養子に迎え入れることに決めました。
一方の少女の方は川に落ちたあたりから記憶がぼんやりとして昔のことがなにも思い出せずにいました。
ただあたたかな母の存在がそこにあって少女は昔のことなどどうでもいい気すらしてさして気にすることもありませんでした。
むしろ気にすればなんだか戻ってこれないような深い闇に落ちてしまうような気がしていたのです。
夫人は正式に自分の子となったその子に、『春の日差しのように麗らかな』という意味を込めて、ティアナと名付けたのでしたーー。
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