第42話 変化
「…………」
「…………」
スースーという寝音とパチパチと火の爆ぜる音を背景に黙り込みただ目の前にある焚き火を見つめる僕たち。
やがて僕はゆっくりと口を開く。
「なんでフードをとってくれないんだ?」
「……フードをとろうがとらまいが私の勝手でしょう?」
「……なあ、僕がわからないとでも思ったのか?」
「……なんのことでしょう」
「確かに僕はお前に酷い仕打ちをしたと思う。それは一生許されないことだし、償う覚悟もできてる。だから、お願いだから、僕の前ではフードをとってくれないか?……ティアナ」
僕は少しためらいながらもハッキリとその名を口にする。
するとその人はどこか呆れたようなため息をつく。
それからしばらくの沈黙。その後にその人は深く被ったフードへとゆっくり手を伸ばしていく。
やがてフードに手がかけられそれはゆっくりと肩へと落ち、その人の素顔が明らかになる。
「ティアナ?……」
語尾に疑問符がついてしまったのは僕が知っている彼女とはまったく違う彼女がそこにいたから。
そもそも身長は僕よりずっと小さいはずなのにベジより大きくなっていることからおかしかった。
だから最初はティアナだとは到底思わなかった。
だけれど考えてみれば僕とティアナは第一成長期(身体が一気に成長する時期)をまだ終えていなくて、姿形が全く変わっていてもおかしくなかった。
そう考えるとやはりその人はティアナのように思えたんだ。
しかしそれにしたって目の前にいる彼女は僕の知っている彼女から様変わりしすぎていた。
童顔っぽかった、どちらかというと可愛い系だった顔立ちはシュッとして目鼻立ちがよい全体的に整った美しい顔立ちになっている。
腰丈ほどまであったふわふわした薄い金色の髪の毛は肩ほどまでに切られ、その色は若干銀色を帯びている。
手足もスラッと伸びて僕の身長はとうに抜かしてしまった。
そしてなにより驚かされたのは彼女が身にまとう空気だった。
昔からティアナは元気発剌、天真爛漫、純真無垢、明朗快活な女児で、可愛いと名高く校内でも性格が良くて可愛い、だけど親しみやすい元気っ子として性別年齢問わず評判が高かった。
一部では『彼女が笑えば花が舞う彼女が泣けば雪が舞う』なんて謳い文句が語られていたくらいだ。
それくらいに彼女はみんなから愛される元気で利発な、しかも魔法の才に恵まれた子だった。
すぐネガティブ思考に陥る僕をいつも隣で見ていて引っ張り上げてくれていたのも彼女。
まるで太陽みたいに強いパワーでいつも僕の手を引っ張ってくれた。
けれど、今目の前にいる彼女は本当にそれと真逆という感じだった。
いつも身にまとっていた元気で明るい空気などすっかり消え去り悲しみから来るような冷たい空気が彼女全体を包んでいる。
何がそんなに悲しいのか。
いつも興味の惹かれるものに出会うたび大きく見開かれていた(彼女の場合はそれが常時だった)エメラルド色の瞳が映すのはどんよりと暗い、絶望ともとれる悲しみの感情。
どんなに辛い時も崩れることがなかった元気いっぱいの笑顔はもうそこにはなく、ローズ色の唇はキュッと固く結ばれている。
彼女が変わってしまった原因。
そんなのすぐにわかった。
僕は迷惑だろうと分かりつつもいてもたってもいられずに地面に額が当たるほどに深く頭をさげる。
「本当にごめん。」
もし僕がティアナの立場だったとしたら今のティアナみたいに絶望や悲しみしか見れなくなっているだろう。
ティアナに実は銀の血が流れていたことについても話したかったけれどそれよりも今はこっちのほうがずっと大切だった。
「いいの。確かに私、タッくんが……したって聞いた時世界が終わったみたいに悲しかったし辛かった。けどなによりも、怒ってた。なんで私に話してくれなかったのって。私はいつだって、あなたの力になりたかったし、なれると信じていたから。」
その言葉にギュッと胸がしめつけられる。
「けれどね、もういいの。もう怒ってないの。だから頭を上げて。お願い」
その言葉に渋々ながら頭をあげる。
迷惑になったら意味がない。
「私早い段階で知ってたの。あなたがまだ生きてるんだって」
「え……」
「ほら、私精霊さんと話せるじゃない?それで、精霊さんが教えてくれたの。タグの中にいる精霊の存在をまだ感じる。もしタグがその……置き手紙に書いていたようなことをしていたらタグと一緒に精霊さんも消えてしまうけれどまだその反応があるということはまだ生きているってことなんだ。そう言われて私、精霊さんたちに反応がある方へ案内してもらってタグを追ってここまで来たの」
その言葉にしばらく呆然とする。
そういえば彼女はもう、あの無邪気な笑顔で「タッくん」と僕の名前を呼んではくれないんだな。
冷たい瞳と声で紡がれた「タグ」という僕の名を呼ぶ声が心の長いやけに冷たく反芻する。
「それでね、来る途中で第一成長期がきたの。私すごく嬉しくてね、タッく……タグの身長追い越したかなって一人でずっとはしゃいでた。ほんと、馬鹿みたいに」
うつむいてそういう彼女に僕はなんて声をかければいいかわからず、伸ばした手は宙をさまよってやがて力なく落ちる。
僕には彼女を励ます勇気すらないみたいだ。ほんと自分が情けなくて仕方ない。
「それで、私本当にルンルンした気持ちであなたを探していたの。けれど今度は第二成長期がきた」
第二成長期ーー精神が成長するという時期。脳の容量が増えるとか前世の記憶が蘇るとか色々言われている、個々によって全く変わってくる現象。
「私、知ってしまった。ずっと馬鹿みたいに笑って、誤魔化して、心の奥底に隠して隠して、自分でも忘れていたものたちを」
「…………」
「私の生きる意味もわかってしまった。もう世界のどこに楽しみを見出せばいいのかわからなくなったの。私ほんとアホみたいだったよね。いつもいつもニコニコ笑っていつもいつも」
「いい加減にしてくれ!!」
僕はつい、怒鳴っていた。
でも、許せなかった。彼女が彼女を否定することが。
「僕はそんな君に数え切れないくらい救われた。そのことまで否定する気なのか?」
エメラルド色の瞳を大きく見開いてこちらを見たのも一瞬。
すぐにその瞳はふせられる。
「けど、結局最後の最後で救えなかったよね。」
「!それは」
「私タグが……タッくんが自殺しようとしてるってそう伝え聞いた時に足元から地面が割れて地中の闇に真っ逆さまに落ちていくような感覚がしたの。私がちゃんと寄り添ってあげられなかったからだ、私が」
「違う!ティアナのせいじゃない!!」
僕は気づくとティアナの両肩を掴んでそう叫んでいた。
「……ごめん。でも、本当にそれは僕自身の問題だから。……僕はさ、君と離れてからも何度も君に助けられたんだ」
「…………」
瞳を僕からそらし哀しげな表情をするティアナ。
「辛い時必ずお前の、ティアナの笑顔が頭の中に浮かんで、それで僕はその笑顔に励まされ背中を押されてここまで来れた」
「でもね、私ね、もう」
言葉を紡ぐほどにティアナの眉が辛そうにしかめられていく。
やがてその瞳にあとひとつ瞬きをすればこぼれてしまうくらいに涙を溜めて真っ直ぐこちらを見やるティアナ。
「笑えないんだ」
キュッと唇を結んで、ホロリホロリと涙をこぼしながらティアナはそういった。
「もう笑うことできないの。笑い方もわからないの。心が空っぽみたいなの。おかしいよね。少し前まであんなに笑えていたのに。心の奥底にあった本当の記憶や前世のこと色々知って私すごく変わってしまったみたい」
僕は少しためらいながらもティアナをそっと引き寄せ抱きしめた。
……ティアナを抱きしめるくらい幼い頃あいさつやらお遊びやらで何回もやったし、別に特別じゃない。
ただ僕らは成長してお互いを取り巻く状況は大きく変わったけれど。
けれど、それは今関係ない。
ただ、僕は、今にもどこかへ消え去ってしまいそうな彼女を引き止めるために彼女を抱きしめていた。
「タッくん……」
泣きじゃくりながら僕の耳元でそう呟く彼女の声音は昔から大きく変わってしまったのかもしれないけど、それでも確かに彼女であることに変わりはない。
「ティアナ」
そう名前を呼んで彼女の背中を撫でる。
こんなにも小さな背中をしていたのか。
触れてみて初めて気づく。
僕よりずっと大きくなったはずなのにこんなにもか細い。
今までは僕が彼女に手を引かれていた。
だからこれからは僕が彼女の手を引こう。
僕は心の中でそう決意した。
「タッくん、私のお話聞いてくれる?」
そんなティアナの言葉に「うん」と答えながらーー。
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