第33話 傷ついて欲しくないから

火煙溢れる街。


そこかしこから絶えず聞こえる人々の悲鳴、鳴き声。


そんな中を段々疲れて重くなってきた手足を懸命に動かし駆け抜ける。


時節見上げる上空の二つの点。

きっとあそこにセレナとーーそれからラナがいる。


ソウくんと会話してた声、あれは紛れもなくラナのものだと思うから。


それにしても、どうしよう。

屋根まで登ればセレナに私の声は届くのだろうか。

こんなことはやめて、と。これではあなたも傷つくと。


やられたことをやり返したらそれはとても辛く悲しいこと。


セレナは家族を失う辛さを知っていて、なおかつ心優しいから、全てが終わったとき同じ過ちを犯してしまったと傷ついてしまうに違いない。


そう思っていた、矢先。

衛兵の人たちが乗っていると思われるじゅうたんがいくつもこちらに向かってくる。


その先には二つのじゅうたん。

あれはーー。


片方のじゅうたんが動きを止め、衛兵の人たちのじゅうたん(ざっと見、十個ほどはある)と向き合う。

その隙にスピードをあげその集団から離れるもう一つのじゅうたん。


そのじゅうたんはまっすぐこちらに、まるでまっすぐ私の方に向かってくるようでーー。


でも大勢の逃げ惑う人々に紛れ、大衆の一人でしかない今の私をピンポイントでめがけてやってきてるなんて自意識過剰かもしれない。


やはり気のせいか。

そう思ってまたセレナの方を見上げたその時。


「ベジ!!!!」


ふいに名前を呼ばれる。

ハッとしてそちらを見やると衛兵の人たちに追いかけられてるそのじゅうたんがまっすぐ私に向かってきていた。


「ソウくん!」


驚きで声をあげながら、私の頭上すれすれにやってきて手をさしのべるソウくんの手を咄嗟に掴む。


途端、私はぐっとソウくんにじゅうたんの上へ引き上げられる。


私を引き上げるとUターンして衛兵の人たちと向き合う、もう一つのじゅうたんーーグレーテルの元へ急ぐソウくん。


「大丈夫か、ベジ。俺の服に顔やっとけ」


そう言われて慌ててソウくんの背中に顔を押し付ける。

新しい匂いも混じっているけど、懐かしい匂いがして、こんな状況だというのにホッとしてしまう。


グレーテルはふとこちらを見やって私がソウくんの後ろにいることを確認するとどこか安心したような表情をみせる。


それから、衛兵たちを巻いてこちらにくるグレーテル。

ソウくんは何も言わずにそれを確認して上へ移動する。

やがて横にやってくるグレーテルのじゅうたん。


「ベジさん無事でなによりです……!!」

涙ぐみながらそういうグレーテルは傷だらけで痛々しい。


ソウくんもよく見れば体中傷だらけで……。


「グレーテルもソウくんもありがとう!」

そういう私は少し涙目かもしれない。


少しずつ近づくセレナとラナの点。

下からくる火煙で目に涙がたまってくる。


私たちに気づくと、こちらに向かっていくつもの火と風の玉を投げつけるセレナとラナ。

それは私たちの目の前に来ると急カーブして私たちを避けるようにして衛兵の人たちの方へ向かう。

その速さに反応しきれなかったのだろう。

背後でいくつもの呻き声が聞こえる。


私が街で見た、宙から落ちてきた人もきっとこんな風にして墜落したんだろうな……。


そう思っているとセレナがこちらを見やってニヤリと笑んでみせる。


「さすがは我がご主人ってとこかしら。墜落したのによく無事だったわね」

その言葉に口を開こうとする。


けどすぐに

「セレナ!あれ!」

とラナが城の方角を指差す。


慌ててみんなそちらを見やる。

するとそこには赤いマントを翻し、黄金の鎧を全身に身にまとった人々がいる。

その人たちを率いている人とその側近と思わしき人たちのみペガサスに乗り、あとは一人一つの魔法のじゅうたんに乗っている。

ペガサスもじゅうたんもみんな金色をしていて眼下で燃えゆく街を反映してギラギラとした光を放っている。


「あいつらだよ……」

ラナがひどく冷めた目をしてそちらを見やる。


「私たちがあの日見たエルフの精鋭」

「金色の夜明け隊、か」

ラナが言い終える前にソウくんがポツリとつぶやく。

「そこらへんのことに関する資料は何十回って読んでるからな。」


それからしばらくの沈黙。


「何重にも重なった本を何十回も」

「ああ、もういいから」

そこでスバッとラナからのツッコミがはいってソウくんはプーッと膨れてみせる。


そういえば、意識が朦朧としていたその時も二人は会話していたな……。一体どういう関係なんだろう。そしてなにより、ソウ君もラナもなんでここに……。


「せめて最後まで言わせろよなー」

「ほらそこのバカ、来るわよ!」

「バカ?!それ俺のこと?!俺ベジからセレナちゃんの話聞いてすんごい憧れてたのに今のはちょ、幻滅だわ〜」

「あ〜あ本物のバカみたいね」


セレナが呆れた声をだしたその時。


「ウアアアアアアっ!!」


すごい雄叫びと共に耳が割れるような落雷の音がして、辺りにピカッと落雷特有の光が走る。


そして光はまっすぐ、セレナとラナにいた辺りに落ちる。


その落雷の衝撃だけで私たちのじゅうたんは吹き飛ばされてしまい、私はなんとかソウくんの腰に抱きついて落ちるのは防いだがその落雷の衝撃の余波だけで体がビリビリと痺れてくる。


そして間を置くことなく吹き荒れる猛風。


いよいよじゅうたんは態勢を崩し、私とソウくんのじゅうたんはまだ火がうつっていない家の屋根に落ちていって屋根の上に転がり落ちる私とソウくん。


なんとか痛む身体を起こして前を見やると同じように吹き飛ばされたグレーテルがどうにかじゅうたんを持ち直しているところだった。


それを見てホッとするとセレナとラナがいたはずのその場所を見やる私。

立て続けに起こった落雷と猛風。勢いを増す火事とそこから沸き起こる火煙。

そんな状況下でよく見えなくなっていたそこがサーッと吹いた自然の風によって明らかになる。


「あ〜あ。あくびがでちゃうわ。ねえ、ラナ」

「本当よね、セレナ」

そこには不敵な笑みを浮かべて傷一つなく宙に浮いている二人の姿があった。


その隊の隊長と思わしき、先ほどの魔法を放った人が遠目に見ていても怒りで打ち震えているのがわかる。


「貴様らは絶対に許さない!!私の弟がお前たちが放った炎で跡形もなく消え去ったのだぞ!」

その人は兜をはずすと、まさに鬼の形相、といった表情でそう叫ぶ。

しかしその奥にあるのは1人の姉の顔だった。



「そういってるあんたは何人の人の兄弟を奪ったのかしらね」

「はっ。私が奪った命は奪われて当然のものだ。我が父、皇帝に逆らったのだからな。奪われない方がおかしいではないか」

「そういう考え方しかしできないように教育されてるんだね」

ラナがどこか同情したような声でそういう。

だけれどその顔に浮かんでいるのはなんの感情もうつさないような、そんな顔。


瞳から光が消え失せる。


「せっかくだから見せてあげようね。すべてを失う悲しみを」

ラナがそういった瞬間に辺りに靄がかかりはじめる。


「ふん。こんなもの」

そういって彼女が手を一振りすると、それだけで突風が巻き起こる。

こちらにまで伝わってくるその突風の風圧に必死に耐える。


やがて突風が消え去る。

しかしあたりの靄は増すばかり。やがてそれは霧となって彼女たちを包み込む。


「な!!」

「あまり舐められちゃ困るな。堕天使ラナ。聞いたことないかしら?」

「!! 」

その人が驚きの表情を見せたその時にはもうその人もその人の後方に控えた人々も皆一様に頭を垂れていた。

きっと皆んな私がラナに見せられたような幻影を見ているのだろう 。


そう思った矢先。

霧の中から一つのじゅうたんが飛び出してくる。

そのあまりの勢いに逃げて!と叫ぶ隙すらなかった。


思わずギュッと目をつむってしまう。


やがておそるらおそる瞳を開くと、そこにはじゅうたんに乗ったタグの姿があった。その横には見たことのないエルフのおじいさんの姿。


「セレナ。それから、ラナ。彼から話があるそうだよ」


タグは真剣な声音でそういう。

すると隣にいるおじいさんがおずおずと立ち上がる。


「お久しぶりです」

そういって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る