第34話 謝罪

「誰よ、あんた」

セレナはそういってじいに厳しい視線を投げかける。


ラナも何もいいはしないもののセレナ同様に冷たい視線をじいに向けている。


じいはやがて意を決したように

「わしはあの日あそこにいたものです」

そういう。


しばらくの沈黙。


「ああ、そう。で、だから?自分を殺して他のみんなには手を出すなーとでもいいたいわけ?」

「私たちがあんたの願いを聞くわけがないでしょ」

セレナとラナの二段攻撃にもじいは怯まない。

隣にいる僕の方がその迫力に畏怖してしまっている。

「いいえ。これは仕方のないことですから」

そういって眼下の燃えゆく街を見やるじい。


「わしはただ、謝りに来たのです。わしは今までその為だけに生きてきました。」

そういうとじいは深く、頭を下げ、やがて土下座をする形になる。


「誠に申し訳ありませんでした」


それからまた沈黙が流れる。

実際は一瞬のことだったんだろうけど僕にはそれがとてつもなく長く感じられた。


「ざまあないわね」

「いい気味だよ」

不意に2人が発した第一声はそんな言葉でカチンとくる。


「あのな」

そこまでいったところでじいはスッと僕の前に腕をやって口をつぐむようにと無言ながら訴えてくる。


「またあの時のようになってしまいますが、はやくお逃げなさい」

じいは少し柔らかな笑みを浮かべてそういう。

その顔には哀しみだけじゃなく達成感も垣間見える。


「……あー。なるほどね。あんた、あの時の……。なんであんたに指図されなきゃいけないのよ?」

「そうよ。いちいち指図しないでよね」

そういう二人にじいは一切怯まずに

「この国には対悪魔の特別な魔法の結界を張る仕組みがあるのです。そして先程皇帝がその魔法の結界を張るように指示をだしました。それはつまり、あなたをここに閉じ込め袋叩きにしようということ。賢いあなたならわしのいいたいことがもうわかるはずです」

「……わかったわよ」

そういうセレナの視線の先には僕が抱える本がある。

目的を達成したことはわかってもらえたみたいだ。


「え?なんで?せっかくここまで来たのに!」

「ラナ、落ち着きなさい。あとは後からのお楽しみよ。」

「ぶー。セレナのいけず。でも……いいよ。セレナがそういうなら」

「……」

少し不服そうにしながらもそういうラナにセレナは何も言わずに彼女の頭をポンポンと撫でる。

そのことに目を見開き信じられないような表情をみせたラナだがやがて心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。

その瞳には涙さえ光っているように見えた。


最初、里で会った時の二人とは明らかに違うあたたかな空気がそこにはある。


きっと昔はこんな感じだったんだろうな。


「そろそろラナの魔法の効果も切れるはず。その魔法の結界ってやつもいつでるかわかんないし。とっととずらかりましょう」


セレナが不意にそういって、僕が「ああ」と返事をしようとしたその時僕の横にスーッと一つのじゅうたんがやってくる。


一体なんだとそちらを見やれば、ニカーッとした笑みをまっすぐこちらに向けてくる見知らぬ少年とばっちり目が合う。

年はベジと同じくらいで快活そうな人間の男子だ。


……知り合いだろうか。

なんて考え込んでいると

「ベジを頼んだぞ、青年」

と言われる。


突如放たれたその言葉の意味が理解できずにいるうちにベジがその青年の乗っているじゅうたんから僕の乗っているじゅうたんに乗り込んでくる。


「ごめんね。狭くなっちゃうね」

なんていいながら僕のすぐ横にやってくるベジに慌てて「そんなことないよ!」という。

むしろ嬉しいというかラッキーというか……。

って、何考えてるんだよ、僕!

しっかりしなきゃ。そう思ってから改めてセレナを見やると生暖かい目線をこちらに向けてニヤニヤと口元をゆるませていた。


「なっ、なんだよ!」

「べっつにぃ〜。それよか、私たちも行くわよ」

「私たちも?」

その言葉に疑問を抱いてあたりを見やるとラナの姿が消えていた。


「ラナのやつもあのソウくんとやらとどこかへ行ったみたいね。まあそのうちまた会えるでしょう」

そのセレナの言葉に納得がいく。

そうか。あの青年がベジのいとこのソウくんなんだ。


いつの日か一面の花畑の中で、ソウくんを思い涙した彼女を見て僕は誓ったんだよな。

ソウくんみたいに頼ってもらえる男になるって。


あの人のようになるのにはかなり時間がかかりそうだな。

なんて思って自然と苦笑が漏れる。


「あの、そろそろ逃げないと」

僕らの後方、ラビダたちがいる方を見て震え声でそういうグレーテル。

よかった。グレーテルもボロボロではあるものの無事みたいだ。


「そうだね。さあ、行こう」

そういってじゅうたんを城壁へ向けて飛ばし始める。


そんな時、背後から聞こえはじめるうめき声。

どうやらラビダたちがラナの幻影から目覚めはじめたようだ。


「急ぐわよ!」

「はい!」

「うん!」

「……それでは、わしはこれで」

「えっ?じい」


慌てて振り返った時にはそこにいたはずのじいの姿は跡形もなく……。


「じい!!」


まさか……身投げとか?

そう思っていたら下からつむじ風が現れ、その上にじいがたっていた。


「タグ様、自分の思うように生きてください。ティアナ様にもお伝えください。わしはあなたに会えてとても楽しかったです。」


そこでセレナに視線をうつすと、一つ深く頷くじい。


「お逃げなさい」

優しい声でそう言って。

その言葉にセレナはしばらく沈黙を貫いていたがやがてポツリと

「……ありがとう」

そう言った。


その言葉にじいは目を見開いて、それからまた優しい笑みを浮かべた。

そのたった一言だけできっとじいは救われたのだろう。


これじゃあ、じいを止めるなんて野暮になってしまったな。

そう思って苦笑すると僕は

「また」

そういって前を向いた。


衛兵たちが動いているのだろうか。

眼下の炎は少しずつ勢いを削がれているようだ。


やがて、僕たちはエルフの王国ベルサノンの大きな大きな城壁を飛び越えた。

飛び越えたその瞬間、城壁の上を蓋のような形で包み込む紫の膜のようなもの。

これがきっと対悪魔対策の……。


そう思いながらその膜の向こうを見やると、ラビダが率いる金色の軍団の周囲を包むつむじ風のようなものが見えた。


そういえばじいは風の魔法が得意だったな。


小さい頃、中庭でティアナと一緒につむじ風で小さな花々を宙へ舞い上げる光景を見させてもらったっけ。

色とりどりの花々が一斉に舞い上がり、それからゆっくりヒラヒラと落ちゆく様はとても綺麗だったなあ。


そんなことを考えていたら目尻が熱くなってきた。

いけないな。前向きな別れに、「またね」といった別れに、涙は不要なのに。


「さあ、行くわよ」

セレナがそういって先に行ってしまう。

だから僕は目尻を荒くぬぐって慌ててセレナの背中を追いかけた。

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