番外編 あの日の真実

「セレナおねえちゃん、お花摘みにいこうよ」

「……今はそういう気分じゃないから」

「もーっ。そうやって失恋のイタデに浸ってるのが一番心に悪いんだよ。ほら立って立って」

「離してよ、ラナ。……それに……」

「なあに?」

「……なんでもない」

「そうなの?じゃ、いこいこ!」

そういって私の手を強くひくのは幼馴染で家族同然のラナ。


無邪気で愛嬌のある可愛らしい女の子。

私は悪魔でここは悪魔の里なんだけど彼女はれっきとした天使の子。


彼女がここへやってきたのは、十年ほど前。


そしてなぜ、天使の子供が悪魔の里に迷い込んだのかといえば、それは彼女が親からの虐待の末にここ、悪魔の里という天敵の巣窟に突き落とされるという残酷な仕打ちにあったから。

だから彼女は本来あるはずの純白の羽が片方しかなく、もう片方は落ちてきた際になくしてしまっているのだった。


そんな彼女を悪魔の里の皆は心良く受け入れた。

悪魔って悪い印象が付きまといがちだけど案外気のいいものが多いのだ。

ただちょっと人を騙したり欺いたりするのが好きなだけで。


……まあそれはおいといて、最初は全然口も聞かないし、ちょっと近づくだけで怯えてたようなこの子だけど、私が毎日声をかけてるうちに少しずつ心を開いてくれるようになって、今では里中の者と仲良しになった。


私自身彼女のことは大好きだし本当の妹のように思っている。

けれど……。


「セレナお姉ちゃん、なんか変だよ?どうかした?」

「う、ううん。なんでもないの。なんでも……」


ないわけ、ない。

けど私はラナに無理に作った笑顔を向ける。


「そうなの?じゃあ、早く行こうよ」


心の中がモヤモヤする。

先日見てしまった光景がフラッシュバックしてきて、ラナのこと好きなのに嫌いになってしまいそうなそんな感情が湧いてきて、慌ててそれを消そうとするんだけど消し去ることなんてできなくてただ胸がモヤモヤする。


「セレナお姉ちゃん、失恋のイタデもお花摘んだらすぐ治っちゃうからね」

そうルンルンした様子でいうラナ。

自然と拳がギュッと握られる。

そもそもその失恋のイタデを負わせたのはあなたじゃない。

そんな心の声を抑制しようとするのにとまらない。


あなたが私の大好きだったかけがえのないあの人をとってしまったからーー。


思い出せば思い出すほど苦しくなるから、慌ててその記憶を心の奥底にしまいこむ。


「おっ。セレナにラナ、どこ行くんだい」

「これ持ってきな」

気づけば私たちは数々の商店街が立ち並ぶ大通りを歩いていた。

見慣れたおじさんおばさんが、あれよこれよとカエルキャンデーやらイモリの串ざしやらをさしだしてくる。

「わーいっ。ありがとう!これからセレナとお花畑にいくんだよ!ね、セレナ」

そういって小首を傾げてくるラナに私は自分でもわかるくらいの苦笑いを浮かべて「ええ」と頷く。

「そりゃ、いいね。うちの婆さん最近元気ないからね。セレナとラナでなんか綺麗な花を摘んできとくれよ。お代ははずむよ」

そういうおばさんに、ラナがうんっと大きく頷く。

ふいに見える、白金色の髪の毛に隠れた耳は少し歪な形をしている。

これが虐待によってなったものなのか、それとも天界から落とされた際になったものなのかは定かではないけれど、ラナはそういった自分の醜い部分を見られることをひどく恐れていた。


だから、耳を完全に隠すようなボブヘアだし、未だに消えぬ虐待の跡をかくよすようにいつだって足も腕も隠している。


私はそんな彼女の姿がひどく痛々しくて、そして本当の姉妹にはなれなくても、それくらい仲良しでいようとそう思って昔彼女にあるものを送った。


それは私の右耳についた黒色のピアスとおそろいの形で、模様も同じ、白色のピアス。

そのピアスが不意に見えた彼女のその耳でキラリと光るのを見て余計胸が苦しくなる。

今までだってこれからだってそうやって仲良くしていくんだから、こんな風にモヤモヤしてちゃダメだ。


「セレナお姉ちゃんはイモリの串ざしの方が好きだよね。はい、どーぞ」

「……ありがと、ラナ」

「じゃ、さっそく花畑にいこ!おばあちゃんにも沢山綺麗なお花持って帰ってきてあげようね」

そういうラナはやっぱりいつものラナで私は気づけば彼女に向けて優しい笑みを浮かべていた。






私とラナの遊び場は大きくわけて三つある。

一つは悪魔の里。二つ目は近くにある人間の里。三つ目が人間の里を越えた先にある一面の花畑。


悪魔の里はいわば私とラナの庭のようなものでいつもあっちこっちへいって色々な子と色々な遊びをして楽しく過ごしている。


二つ目の近くにある人間の里には、主に男の子をからかったり誘惑したりするのに行く。

悪魔の尻尾(異性を魅了する力を持つ)でこっそり相手の子を刺すと一瞬で虜になっちゃうんだけど、それが楽しくてやめられないのだ。


今じゃあ、尻尾がなくても誘惑ぐらいできるようになったし、妹同然のラナも私のテクニックを見て色々と技を磨いてるみたい。


まあ、私はセクシー路線、ラナは可愛い路線で系統は違うんだけどね。


そして三つ目の花畑。ここは人間の里を越えた先にあるんだけど、見渡す限り花々が咲き誇っているとても綺麗な場所。


花のいい香りがそこら中に満ちていて、足元には可愛らしい花が沢山あって……。そんなあの場所が、私たちは大好きなのだ。


私たちには到底なれっこない『お姫さま』ごっこもここでやると百倍マシで雰囲気が良くなる。

だからとってもお気に入りの場所なのだ。



「セレナお姉ちゃん、ついたよ!」

そんなラナの声にハッとして前を見やると、何回見ても毎回感嘆してしまう綺麗な花畑が視界一杯に広がっている。


「さ、おばあちゃんにお花摘んでってあげよ」

「うん」

そう返事をするとラナと一緒になって綺麗な花たちをひとつひとつ見繕ってく。


それから花を見繕い終えた私とラナはいつもみたくお姫さまごっこをして遊びはじめた。


今日はラナが王子役で私がお姫さま役で。

心の中の疑惑の心が生むモヤモヤ達も今だけはどこかに消え去ってしまって、ただひたすらに楽しかった。


だから、私たちの上空を、エルフの国章を煌めかせながらいくつもの魔法のじゅうたんが通り過ぎていったことに全く気づかなかったんだ。



やがて日も暮れはじめ、オレンジ色のあたたかな光が私たちを照らし出す。


私たちはどちらからともなく帰りの支度をしはじめる。


「おばあちゃんも喜んでくれるかな」

そういいながら二人で一生懸命選んだ花束を抱え込む私。


「…………」

「……ラナ?どうかしたの?」

「セレナお姉ちゃん……あれ……なに」


ラナが呆然とした、どこか震える声でそういうから慌ててそちらを見やる。


そこにある景色に思わず目を疑う。


悪魔の里上空にはいくつもの絨毯と思われる点があり、そこから雷や火や氷の刃が里にまっすぐ落ちていくのがここからでもハッキリとわかった。


「嘘……」


なんで?どうして?


最初に湧いてきたのはそんな感情。


だってこんなの……簡単には信じられない。


「セレナお姉ちゃん……」

ラナの懇願するような声に私はハッとする。

そうだ。まだ決まったわけじゃないんだ。


ラナも最近霧で幻影を見せる魔法を覚えたし、その魔法の制御がまだうまくできてないし、きっとそのせいだ。

そう言い聞かせたって、本当はわかってる。


こんなにも怯えてるこの子が今こんな時に幻影をだすわけない。不手際だとしても範囲が広すぎるし何より距離が遠い。


だけどそれでも信じたかった。

あれは幻なのだ、とーー。




私は最近生えてきたばかりの羽をだすとラナを小脇に抱えるようにして飛び立った。

ラナが落ちないようちゃんと固定しようとしたのもあっておばあちゃんに摘んであげた花は皆んな、空に散っていってしまった……。






バサバサと懸命に羽を動かしフラフラと不安定ながらも宙を飛ぶ。


目指す先ーー悪魔の里は、近づけば近づくほどに、まだ幼く戦の一つも目の当たりにしたことがない私たちにはあまりにも残酷な姿を映し出してくる。


やがて里のはずれにつくと私はもうラナを抱えて飛ぶのが限界だったこともありフラフラと不時着する。


地に足がつくとラナをゆっくりとおろしてやり、それから目の前を見やる。

ちょうど目の前にいた衛兵らしき男に目が止まる。

黄金色のマントに、以前バァバが教えてくれた国章ーーあれはおそらくエルフのものとみられるーーをはためかせ、よくお菓子をくれた近所のおじさんから白銀の刃を引き抜くその人。


白銀の刃にはべっとりと赤い血がついていて、私は気づけばラナの手をギュッと握りしめていた。


そうでもしないとわなわなと震えたまま膝から崩れ落ちそうだったから。


男はその血濡れた刃を満足げに見つめるとこちらの気配に気づいたようでふいにこちらを振り返る。


死。血。刃。憎悪。それらが一体となって織りなすこの空間に優越感すら感じているような、そこに喜びを見出したようなそんな狂気的な瞳。



その瞳が私たちを捉えた途端、同情からくる優しさをにじませはじめる。


そしてその優しさが狂気を消していく。

なんてことをしたんだろう。

その人の表情がそういってる。

手には血濡れた刃を握り締めて。


一体何人の悪魔を殺したのだろう。一体何人の同胞がこいつに大切な命の灯火を消されたのだろう。



優しげな同情する瞳を向けられると悲しみが少しずつ怒りに変わっていく。



「はやくここから立ち去りなさい」

私たちをかばうようにそういうそいつ。



目の前で大事な同胞を殺しといてなんでそんなことが言えるのよ。



「お前たちには天罰がくだる」

気づくとそう口にしていた。

だってこんなことしといて許されるはずない。



それから私はラナに無理やりひきづられる形でその場を後にした。


「いずれ奴らに天罰をくだそう」

ラナはそういって私をなだめた。



そうして私たちは人里に隠れ共に暮らし始めた。

けれどそれも長くは続かなかった。



それは私の大好きだった初恋の人を彼女がとったのだと、彼女自身の口から聞いたから。

なんとも言えない怒りをかかえ、彼女と共にいることに限界を感じた私は旅に出た。


そしてそんな時に大切な仲間たちと出会った。

その仲間たちの中には私のことなどとうに忘れてしまっていた初恋のその人もいてーー。

という話はおいといて、そうして出会った仲間とも時の流れの都合上別れの時がきて。


私は、常々ストーカー行為をしてきていたラナから逃れる為に私が一番嫌いな街の一番ややこしくてわかりづらい土地に、一度入ればどこに出るかもわからないような魔法の館を建てた。


それが白い館。


そして時は流れ、今。

私は再び、新たな仲間と出会い、そして遠い昔に袂を分かちあった家族と共にあの時の決意を果たさんとして、ここにいる。


「ラナ、あっち頼んだわよ」

「うん!任せてよ」

この間あんなことがあったばかりだし、ラナと協力はすれど、ラナに対してのいい感情は一切ない。むしろ反吐が出そうなくらい腹が立ってる。私の大事な仲間を傷つけたことが許せない。

けど、これはあの日、二人で決めたことでもある。


どうやってここにきたのかとかさっぱりわからないし何考えてるのかもわからないけど……。


唐突に私に加勢しにきたラナには、なんだかんだいって家族であること、昔から一緒にいることを痛感させられたりする。

私が次に何をするか、ラナは全て分かっていて、そのサポートをしてくれている。



燃え盛るエルフの都。

国外からの襲撃に備えた高い高い鉄壁も今は足かせでしかない。

その枠組みのおかげでエルフだけを丸焼けにできるんだから。

エルフの方々の異常な自意識にも今は感謝しなくちゃね。


……あの日、私は全てを失った。


賑やかだった商店街。親切で心優しい悪魔たち。太陽が綺麗に見えるお気に入りの丘。よくかくれんぼをした路地裏。追いかけっこしたあの長くてくねくねした坂。お気に入りだった駄菓子屋のイモリの串刺しカエルの胃液バージョン。よくコウモリを捕まえて遊んだ洞穴。


全部全部消えて灰になって、残ったのは切り立つ岩々。

それは戦いの最中魔法と魔法のぶつかり合いによってできたもので、けして私たちの大好きな場所とは違うのだ。


そして悪魔の里襲撃になにか高等な理由があるのかと思えば、気に入らないから、なんて理由ときた。


元々気に入らないのよ、エルフは。

心の中でつぶやく。

脳裏をよぎる仲間のエルフの姫や初恋のあの人、そしてついでにタグのことも全部追っ払って。



あれから何年くらい経ったろう。


わからない。

けど私はその中で復讐という行為は意味がないと思ったし、エルフの中にもいいやつはいると知った。


それでもいざこうしてエルフの都を目の前にすると記憶がフラッシュバックしてきて感情がとめどなく溢れてきて止まらなくなってしまう。


やはり私の根底の部分はあそこなのだ。

仲間と出会ったこと。あたたかさをもらったこと。

その基盤となる部分で私は、やはりあの日のことを忘れられずにいたのだーー。


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