第32話 脱出
ギイッ
そんな音をたてて扉が開く。
息が止まりそうな感覚。
なんと声をかけられるのか。第一声を待ちわびていたその時。
「……嘘……」
どこか呆然としたような、自分の目の前で起きていることが信じきられないといったような、そんな声が聞こえてくる。
まあ、そうだよね……。
久しくあっていない親戚が何故か自分の家の隠し部屋で丸まっていたら「嘘」ともいいたくなるよね。
問題は次に発せられる言葉だな。
そう思って息を呑み第二声を待つ僕。
しかしその第二声はなかなかやってこない。
どうやらラビダはこの状況をうまく読み込めていないようだった。
そもそもこの隠し部屋の存在を知らなくてまずそこに驚いてるんだろうか。
……ええい、どうせ僕だってバレるんだ。ここは降参して正直に謝って正直に本を借りよう。
ラビダに正直が通じるかわからないけど。
なんて思いながらゆっくりと振り返る。
「ラビダ……」
「
僕が振り返った時にはもうラビダは赤々としたマントを翻し、家来に声高らかに自分の部隊の出動を命じているところだった。
そして気のせいだとは思うのだが一瞬見えた振り返り様のラビダの瞳に光るものが見えた気がする。
いやいや、まさかあのラビダが涙を流すなんて……。
なんて思いながら本を抱えて外に出る。
すでにラビダと家来の姿はなく、そしてーー。
「え?……」
ふと見た窓の外には赤々と燃える炎があって、僕は思わず呆然と立ち尽くす。
皮肉なほどに鮮やかなその色はいつだって艶やかな笑みを浮かべているあいつを彷彿とさせる。
目に焼き付いて離れないその色をなんとか頭から振り払うと、できるだけそちらを見ないようにしながらどこか落ち着いたようにも見えるじいの元へ駆ける。
「じい、色々ありがとう。おかげで借りたい本も見つけられたよ。」
「そうですか。それは良かった」
「……じいは随分落ち着いてるね」
「この歳にもなると、こういった争いごとにもある程度慣れてしまいましてのう。これでもひどく動揺しているんですよ」
「そうなのか……」
辺りに鳴り渡る警報の音。
図書館の窓という窓から差し込む炎の赤黒い色。
「……最初に警報が鳴った時には気づいてましたよ。悪魔が侵入したのだと」
「なっ?!なんで」
じいは中庭で轟々と燃え上がる炎とそれを消し止める衛兵隊をバックに、少し笑みを浮かべてみせる。
背後からの色が強いのでじいの顔はちょうど暗がりになってしまってよくは見えなかったけれど、そんな気がした。
「我らは大罪を犯したのです。その罰がやってくるのは必然。そしてこの国のあの塀を突破できるものがいるとすればそれは悪魔だけ」
「な……」
大罪っていうのはきっと悪魔の里の者を虐殺したことだろう。しかし、
「なんでじいは死滅させたはずの悪魔がまだいると」
「それは……」
そういってからじいはクルリと後ろを向いて中庭の方を見やる。
「わしは悪魔の里の者を虐殺した、当時のエルフの王国きっての騎士団、黄金の夜明けの一員だったのです」
じいはポツリポツリと語り始める。
中庭で燃え盛る炎は衛兵たちの働きで消し止める寸前までいくものの、またすぐに火の玉が降ってきて轟々と炎の火柱がたっている。
そしてそれをまた消しにかかる衛兵たち。
遠くの方で上空に飛び立っていったいくつものキラキラとした点は、きっとラビダの隊が出動したのだろう。
「もっともその時悪魔の里へ向かったのはわしらの部隊だけではないですが、まあ、同じことです」
そう語るじいの背中はひどく物悲しい。
「わしら黄金の夜明けは他の隊の後始末のようなものを頼まれました。当時の王は悪魔を一匹も逃してならぬ。そう、固くいっておりました。ですから我々王に最も信頼をおかれていた黄金の夜明け隊が最後にその地へ向かったのです」
本を持つ手に汗がにじむ。おかげで本がすべって仕方ない。
「わしらがそこへ向かった時、そこはもう地獄のようでした。阿鼻叫喚、そんな言葉がぴったりな世にもおぞましい場所。衛兵たちも多くが死にました。わしは当時黄金の夜明けで地位を上げるためにならなんでもする覚悟でそこに向かっていました。しかしいざその悪魔とエルフが無意味に殺しあう空間を見たときにこれは絶対に間違っていると感じたのです」
じいの陰がどんどん長く暗くなっていく。
「それでも一度戦場にたてばそこは命と命を天秤にかけられどちらかに必ず優劣がついてしまう場所。わしはただ生きたかった。襲い来る悪魔たちは皆ボロボロで化け物同然でした。殺してしまった、という罪の意識すら気づいたら失われ、気づかぬ間に悪を討ち滅ぼすヒーローのような気持ちがで満たされていたのです。」
僕は本を抱え込みギュッと抱きしめた。
「戦場には次第に黄金の夜明け隊の第二陣第三陣がやってきて、生き残る悪魔はごく少数となっていきました。わしは血濡れた刃を見ながらどこか満足感のようなものを感じていた。しかしその時、ふいに背後で物音がしたのです。振り返れば、まだ幼い悪魔の子と何故悪魔と共にいるのかはわかりませんでしたが天使の子供がいたのです」
その言葉にハッとする僕。
本を抱え込んでいる手により一層力がはいる。
「どちらも女の子でまだ十代のように見えました。その時の悪魔の少女の表情がわしは到底忘れられんのです。わしは彼女たちを見て己の過ちに気づきました。そして気がつけば彼女たちにいちはやくここから立ち去るようにと声をかけていたのです」
この話から考えるとじいは今幾つなんだ?この話からするとセレナより歳をとってるみたいだけど……
「天使の少女はひどく怒っていて悪魔の少女はただ悲しみに打ち震えていました。そしてどちらかの少女がポツリといったのです。『お前たちには天罰がくだる』と。」
「それで……」
「はい。それに、ずっと昔から極悪非道な悪魔のセレナ・ミス・デ・ビルの名は有名でしたから。わしはずっとあの時の子なのだと思って話には聞いていました。しかしいつしかそれは伝承の中へと消えていってしまい、わしは結局彼女に会えずじまいじゃったのです」
「会う?会って一体……」
「謝りたいのですよ。謝っても到底許されないことは知っていますが」
そういって振り返ったじいの顔には悲しみに満ちた笑みがある。
「これでやっと成仏できます」
そういうじいの姿に胸が痛む。
そしてやがて僕はゆっくりと口を開く。
「……わかった。じゃあ、一緒にセレナの元へ行こう。そして謝ろう。元はと言えばこれは僕の祖先が招いたことなんだから。」
そういって僕はもう一度赤々と炎が燃える外を見やった。
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