第29話 時計台で待ち合わせ
バッゴオォンッ
そんな凄まじい破壊音とともに城壁からボッと火の手があがり、黒々とした煙がモクモクと立ち上る。
そしてそれと同時になりだす、何重にも重なったサイレンの音。
「お、おい、何してるんだよ!」
ひどく慌てた様子でそういうタグに、それをやった張本人であるセレナはペロリと舌をだしてみせる。
「あらら、気づかれちゃったみたいね。でも、ま、やることは変わらないし、ね」
という。
「な……もう…………」
真面目なタグと自由奔放なセレナ。
そんな正反対の二人だから、自分では及びもつかないような行動をとるセレナに、タグは呆れるとともに何故そんな行動をとるんだと理解も追いつかないどころか頭がパンクしかけるようでフラフラと倒れ込んでしまいそうになる。
私は慌ててそんなタグの背を支えてあげる。
「ごめん……」
そういいながらずれたメガネをもどすタグ。
「大丈夫だよ」
そう答えながらセレナを見やる私。
「セレナ、これからどうするの?」
セレナがその強大な魔法で強行突破をはかろうとした場所はモクモクと止まらない煙のせいでどうなっているのかよく見えない。
セレナの魔法はとてもすごいけれどこんなにも分厚い壁を本当に突破できたというんだろうか……。
やがてそんな私の疑問に答えをくれるように、サーッと風が吹く。そうして明らかになった、そこは……。
「さ、入るわよ」
ぽっかりと、大きな穴が開いていた。
そんな様に思わず開いた口が塞がらない。
厚さ10メートルはありそうなあれに一瞬で……。
「あんたが伝説の剣を手に入れたってこともあって最近はすこぶる調子いいのよね。ま、それより、とっとと行くわよ。ここは王城の裏庭に繋がってるのよね」
セレナがるんるんした様子でそう言い終えた時には、上空にいくつもの魔法のじゅうたんが浮かんでいて私達の上にいくつもの影ができていた。
「あれは……」
「はやく!」
一瞬ボーっとしてしまった私と完全に疲弊しきった様子のタグの背を慌てて後ろからおしてくれるグレーテル。
そうして慌てて駆け込んだセレナが開けたその穴はトンネルのようになっている。
セレナはすでにそこを抜けたようで姿が見えない。
そんなことを考えていると背後ですごい音がして、振り返ると先程まで私たちがいた場所に大きな火柱がたっていた。
「ただの傭兵があんな魔法を使うなんて……すごいですね……」
グレーテルがポツリとそう漏らす。
「あれ……魔法なんだ……」
呆然とつぶやく私の背を慌てた様子で押すタグとグレーテル。
そんな二人に促されるように慌ててその穴を抜ける。
すると、そこには……。
「うわあ……」
全てが金色に輝いているその場所に、思わず息を呑む。
揺れる花々も草もカゴに入れられた鳥でさえも全てが金色をしていて、日の光を浴びてキラキラと光っている。
そしてそんなキラキラしたお庭から目線を上へずらすと……。
「あいつ、何してるんだよ!」
セレナが普段隠している漆黒の翼を大きく広げて悠々と空を漂いながら、迫り来る魔法のじゅうたんの群れを前に不敵な笑みを浮かべていた。
もっとも距離が遠すぎて不敵な笑みを浮かべているかはよく見えないんだけど、なんとなく、そんな気がする。
セレナはふとこちらを見やって、私達が入ってきたのを確認するとここからでもわかるくらいにニイッと笑って見せた。
それからここからではよく聞こえないけれど、挑発のような言葉を魔法のじゅうたんを操っている人々に浴びせかけながら城の向こう側へと飛んで行ってしまう。
「囮になってくれたんだ……。」
呆然とつぶやく私にタグが皮肉めいた口調で
「そうか?あれは完全に楽しんでるようにしか見えなかったけど。大体こんな形で入るなんてどうかしてるとしか思えない。もっと他にやり方があったはずだ」
という。
私はそんなタグに母さんが父さんを否めるような口調で
「タグ」
という。
「……わかったよ。じゃあ、ベジとグレーテルはセレナを追いかけてくれ。ここはあいつにとって敵の巣窟も同然。理性を失って憎しみだけで無理をするだろうし暴走しかねない。今だってそうだし、それに」
そんな時、後ろから足音がしてくる。
私達は慌てて駆け出した。
「僕は君たちとは別行動をとる。この調子じゃ滞在時間はあまりとれなさそうだしね。魔法のじゅうたんは」
「はい!あります!!」
「そっか。じゃあ、セレナのことは任せたよ。集合場所は時計台の中で!じゃあ」
そういうと私達から離れて、城の裏口へ駆けていくタグ。
そんなタグを目で見送っているうちに、後ろから追いかけてきていた人達はじゅうたんに乗り私達の上空へやってくる。
「ベジさん、はやく!」
そんなグレーテルの言葉に、私は慌ててグレーテルのじゅうたんに乗り込んだ。
「少し飛ばしますから僕にちゃんとつかまっていてくださいね」
「うん」
そう返事をしてグレーテルの服をギュッと握る。
途端動き出すじゅうたんに危うく振り落とされかけて私のグレーテルの服を握る手にこれ以上ないほど力がこもる。
後ろからすごい速さで火の玉がとんでくる。
グレーテルのじゅうたんの扱い方が上手いお陰でかすりもしないけれどあれが当たったらどうなるの?……と考えだすと不安で不安で私はギュッと目をつぶり、思わず五歳も年下の少年の影に隠れしがみついていた。
「大丈夫ですよ」
すごい速さで駆け抜ける冷たくて痛いくらいの風にのせてグレーテルはそういう。
「グレーテルは怖くないの?」
少しグレーテルの方を見上げながらそういうと、グレーテルはじゅうたんを右へ左へと忙しなく動かしながら強い声音で
「ヘンゼルと一度だけ旅をしたことがあって、その時も色々あって追われてたので、なんだかもう慣れっこですよ」
という。
その言葉にはもういない大切な人、ヘンゼルを失ったのだという哀しみが端々から滲み出ている。
グレーテルの為にもはやくヘンゼルを見つけてあげたいな……。
そう思っていたら自然と背後に迫りくる集団のことも気にならなくなり前を向けるようになる。
目の前にあるグレーテルの小さな背中は本当に頼もしい。
前が向けると、後ろも向けるようになってくる。
そこでチラリと後ろを見やってみると、迫ってきている魔法のじゅうたんの数は少なくとも五つ以上。しかも徐々に数が増してきていることに気がつく。
「グレーテル」
「大丈夫です。ほら、あそこ、あの黒い点がきっとセレナさんです。もう少しで目的地ですし、じゅうたんを止めればある程度身動きも取れるので反撃できるようになります」
その言葉に「そうだね」と答えながら本当にこの子はしっかりしてるなあ。私より年上みたい、なんてついまた呑気なことを考えだす。
だから、その気配には全く気が付かなかったんだ。
「いっ……」
気づけば横に並んでいたじゅうたんから突然鋭利な氷の刃がとんできて、私の腕を直撃する。
その痛みに仰け反って、手をつこうとする。
が、私が手をついたそこはじゅうたんの上ではなく宙の方で……。
「ウソ……」
そんな短い呟きをもらしてゆっくりと落ちていく私。
一瞬で流れるその時が全てひどく長く感じられる。
グレーテルが私の名前を呼んでこちらに手を伸ばす。
その手に私も必死に手を伸ばすけれど到底届きそうもなくて……。私の手は宙を虚しく掴んだまま。そのまま頭から真っ逆様に地に向かって落ちていく。
体全体に感じる風の冷たさと鋭さ。
頭の中は真っ白で、ああ落ちてるんだなってただぼんやり思っていた。
いくつかのじゅうたんが私の方へやってくるけどそれはきっと私を確実に仕留めるためのもの。
グレーテルが乗っていると思われるじゅうたんは完全に囲まれている。
グレーテルが無事でありますように。
そんなことを祈りながら、氷の刃が突き刺さった腕に触れる。
驚くことに突き刺さった場所から周囲にまで薄氷が伸びていっていて、私の腕は丸々氷漬けになっていた。
こんなことになるなんて……。
それから私は目をつむった。
次の瞬間体を襲うであろう衝撃にそなえるため。
けれどそのやってきた次の瞬間は、思っていたものと全く違った。私の体をあたたかな誰かの腕がすっぽりと包む。
ハッとして目を開ける。
けれど私を抱きとめ、じゅうたんもなしに宙を自在にとんでいるらしいその人は深くフードをかぶっていて顔がよく見えない。
なのに、何故だろう。不思議とこの人のことを懐かしいと感じる私がいる。
その人は私の視線に気づいたのかこっちを向いてニイッと笑って見せた。
私はそんな笑顔を見て何故か泣きそうになる。
いや、何故か、じゃない。
「もしかして、ソウくん?……」
私は視界を埋め行くものをなんとかこらえながら、そう、たずねていた。
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