第30話 古書

ベジ、グレーテルとは別行動をとった僕は真っ直ぐに城の中へ飛び込んでいた。


目的は世界で最も蔵書数が多いと言われているベルサノンの宝、王宮図書館だ。

貯蔵書の数はおおよそ百万以上。壁にびっちりと本が並べられた半ドーム型のそこは本好きなら一見の価値ありのこれ以上ないほどの最高の図書館なのだ。


宝玉のありかが載っている本、実在するのかすら怪しいが、もしベルサノンにあるとするならここだろう。そしてきっとその本は″普通″には置かれていないはず……。

その場所にも実は検討が付いている。

きっとあそこに……


「おや、タグ様ですか?どうされたのです、こんなところで」


裏口から図書館までの長い廊下をかけていると見覚えのある老人に声をかけられる。


「じい!ちょうどよかった。一緒に来てくれないか?図書館を開けて欲しいんだ」

「図書館ですか?しかし、図書館は先程の不法浸入を受けて閉めたばかりですぞ」

そういって胸元のポケットからチラリと金色の鍵をのぞかせてみせるじい。

そんなじいに僕は興奮と焦りが入り交じりながら

「頼むよ!一緒に来て!図書館を開けてくれ」

という。

「おやおや。仕方ないですね。タグ様は一度言い出したら聞きませんからねえ」

なんておどけたようにいうじいの服の袖を握ってまた廊下をかける。

廊下で幾度もすれ違った衛兵たちは皆、セレナのもとへ向かっているのだろう。

何しろ死滅させたはずの一族の生き残り、だから。

無事でいてくれ……!そんな強い願いを胸に秘めながらようやっと図書館の入り口へやってくる。


城とは別棟にあるそこは大きな扉を開ければすぐそこにある。

金色の細かな文様が入ったその扉をじいは小慣れた手つきで開けてみせる。

ちなみにこのじいという人は僕やティアナがたまにここに訪れた時なんかによく世話をしたり面白い話を聞かせたりしてくれた気のいい図書館の司書である。


「ささ、どうぞ」

じいがそういって開けた重厚な扉。

微かにキイイッと鳴る音なんかひどく懐かしい。


開けられた扉の先に広がる、その四方八方が本で囲まれた場所に僕は懐かしい胸のドキドキを感じる。


幾らでも知識を広げることができる。

ここにくるとそんな気持ちにさせられて心が澄み渡り軽くなるような、そんな気持ちになる。


「本のにおい……」

ポツリとそんなことを呟きながら、胸いっぱいに空気を吸い込みはあーっと吐き出す僕。

「いやはや、タグ様がここへこられたのも随分と久しいですなあ。三十年程は経ちましたでしょうか」

僕に続いて図書館へはいってきたじいは柔らかな笑みを浮かべながらそういう。

「そうだね。それくらいは経っただろうね」

そう答えながら記憶にあるあの場所へ歩みを進める僕。

「変わらないですなあ、タグ様は」

そんな呟きのような声をもらしながら、特等席である窓辺の暖かな日差しがさすソファへ腰を落ち着けるじい。

そんなじいに僕はどこかムスッとしながら

「変わってなくて悪かったね。あいにく第一成長期もまだきてないんだ」

という。


エルフには成長期が二回ある。

一回目は身体が成長する第一成長期。二回目は精神が成長する第二成長期。

第一成長期は言葉の通り身体が成長する時。

身長が一気にのび、男性なら男性らしい厳つい体つきに、女性なら女性らしい丸みを帯びた体つきに変化し、成長する時だ。


その第一成長期がまだきてない僕は今、ベジの胸元あたりまでの身長しかない……。


と、まあ、そんなことはおいといて、もう一つの第二成長期っていうのは精神が成長する時期のこと。

精神が成長するなんて訳がわからない、という感じだけれど、なんでもその第二成長期を迎えると頭に詰め込める知識量が増えるらしい。

あと、前世の記憶が蘇る、なんてうちのおばあさまはよく言っていた。

本当のところはよく知らないけど……。


どちらも二百歳を過ぎた今の僕ならいつきてもおかしくないのに来る気配は一向にないからなあ……。

なんてそんなことを考えているうちに、僕は目的の場所につく。


ドーム状で、十階まで本がびっしりのここ、王宮図書館。

そんな王宮図書館の入り口から真っ直ぐいった一階中央に位置するそこは、他となんら変わりない本棚に他となんら変わりなく本が並べられている。

だから、危うく見落としそうになる。

というか、普通の人は見落として当然だと思う。

けど僕は昔幼い頃から何度もここを訪れるうちに気づいたんだ。

ここが他とは違うっていうことに。

そしてそれを開ける鍵は……。


「本当にタグを見たっていうの?」

「はい。確かに見ました!」

そんな声が聞こえてきてハッとする僕。

この声ってまさかーー。


じいもその声の主に気づいたようで目ではやく隠れるように、と促してくる。

僕はそんなじいに一つ頷き、幼い頃の記憶を辿って、あの場所へと通ずる秘密の暗号の手順を踏む。

上段右端にある銀色の本と下段左端にある金色の本を手に取り(上段には爪先立ちでふらつきながらもなんとか手を伸ばしーー)その場所を入れ替える。



「図書館の方へ走っていったようですよ」

「そう」

「姫様、恐れながらただいま街中で祖先が死滅させたはずのあのおぞましき悪魔の末裔が突如として現れ暴走しております。姫様のお力添えなくば」

「わかってるわよ。ちょっと確認するだけでしょ。うっさいのよ」

そんな声とともに荒々しく開けられる図書館の扉。

キイイッ……。不思議と扉の開く音も悲しい音のように聞こえる。


「………………」

「おやおや、どうされましたか、ラビダ王女。」

「じじい、タグがここに来たかしら?」

「いいえ。タグ様……。懐かしい名前ですね。タグ様とは思えば三十年もあってないですねえ。」

「あ〜あ、ほんっとこのじじい頭イカれてるわね。タグが前にここに来たのは二十八年と四カ月と二日と六時間前のことよ。」

そんな声にゾッとしながらも息をひそめる僕は今、なんとかその秘密の場所にはいり、急いで閉じた、本棚にカモフラージュされたカラクリ式のその扉に寄りかかっているところだ。


目の前には人1人が暮らすのにも狭すぎる小さな小さな四角い部屋がある。

そしてこの部屋にも壁中にびっしりと本が並べられている。


幼い頃ひょんなことから見つけたここには、表にはないような貴重で秘密めいた資料が多くある。表では滅多に目にしない闇側の資料もあるここなら、宝玉に関する本がある可能性は高い。


「そうでしたか。わしとしたことが……。老いぼれたもんですのう」

「まあ、いいわ。そんなことどうでもいいもの。それよりタグよ。あんた、見間違いだったらゆるさないからね」

「は、はいっ」

そう答える家来と思わしき人の声からは恐怖からくる悲鳴が聞こえてくるようだ。

彼女を相手にする人は皆必ずその言葉の端々に彼女に対する畏怖の念が滲み出る。

……というのも、彼女はこの国の第七王女にして次期国王候補最有力者。

雷と風の魔法を自在に操る、通称迅雷のラビダ。

そこらの傭兵よりも遥かに剣、槍、弓、あらゆる武器の扱いに長けるといわれている、負けず嫌いで、勝ちに拘る、争いを好む凶暴で気の強い、王女とは思えない人……。


そして何故そんな人が僕を探しているのかというと……。

まあ、それは、おいおい話すことにして、今はいちはやくこの国を出るためにも、セレナを救いに行くためにも例の本を探そう。


僕は物音を立てないよう細心の注意を払いながらその本を探し始める。

匍匐前進のような形で本棚に近づくと一つ一つの著書の背表紙を丁寧に、でも迅速に確認していく。


「ちょっと待って。あそこの本棚、なんだかおかしくない?」


その声に背筋がゾッとする僕。

戦場慣れしている彼女は小さなことも見逃さない鋭い目を持っている。


バレた……。

終わった……。


この秘密の空間に無断で入っていたことが知れたらセレナを救いに行くどころではなくなる。

恐怖の中でもなんとか見つけ出したそれらしき本を腕に抱え込むと息を潜めてギュッと瞳をつむる僕。


頼むからあっちに行ってくれーー!



「そうですかな?いつも通りのように思いますよ」

そんないつも通りのじいの声にもどこか焦りが感じられる。

そんな些細な変化すら、この人は見逃さないんだ。

「なんだかおかしいわね。じじい、おまえが嘘をついてたと知れたらお前の命は当然ないものと思え」

「もちろんですよ。」

そういうじいの声はとても力強い。


じい、ごめん。

こんな迷惑かけちゃってーー。


カツカツという足音が徐々にこちらへ近づいてくる。

ドクドクとはやまる心音を抑え込むようにより体を縮こめる僕。

抱え込んだ本たちの角が体に突き刺さってきて痛いけれどそんなこと今はどうだっていい。


足音がすぐそこでとまり、扉が開かれる音がする。


もう、終わりだーー。

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