第25話 進みたいから進むんだ

「セレナ!!!タグ!!!」


必死に名前を呼んで少女の近くへと駆け寄る。


「ごめんお姉さん……。もう……持たないかも……」


背後で苦しそうにそう呟くのは双子の少年……でなくクマのお人形さん。

彼はどうやら女の子の味方ではあるけど中の人の味方ではないみたいで私に協力してくれた。

彼のかけてくれた音の魔法のおかげで今だけは女の子も女の子の中にいるその人も眠りについている。


この隙にあのカードをーー。

宙に浮かんでいた二つのカードをなんとか掴みとる。


「……っ。私……は……何を……」


もう目を覚ましてしまったらしいその人はすぐにハッとしたようにクマのお人形さんと少年の方を振り返る。そして忌々しそうに唇を噛みしめる。


「このガキがっ!私の邪魔をする気か!この依り代も依り代だ!くそっ」


そんな荒ぶるそのひとの横でサッとカードを後ろ手に隠す私。


そんな私の存在にやっと気がついたようで少し訝しげな表情でこちらを見やるその人。


「そこでなにをしているのですか?」


「えっとね……。ほら!カードに魂をいれるっていうのもっと近くでみたいなあって思って」

なんていいながら視界の端で意識を失ったままオレンジ色の鎖のようなものに縛られ宙に浮いている二人を見やる。


意識がないっていうことは二人の魂はまだこの中にあるんだってことだよね……。

どうすれば助けてあげられるだろう。

後ろ手に持ったカードを強く握る。

お願い。でてきて。セレナ、タグ。私にはあなた達が必要なの。

心の中で必死に呟く。今の私にできることはそれしかない。

セレナが弓に変えてくれた大剣は私の背にあるけれどこの状況では役に立たない。

目の前にいるその人はやってることはあくどけれど、そもそもが魔王に命じられたことを忠実に守っているだけなんだ。

そして何年も何年も魔王が再び現れることをまっていた……。

私にはそんな人を傷つけることなどできない。

所詮は意気地なしの田舎の娘だから……。

こういう仲間の命が危ない時でさえ情を捨てきれないんだ。

それにその人は少女の中にいる。私がその人を倒そうとすれば言わずもがな少女にまで被害がでてしまう。

もう、どうしようもない。


もう一方の視界の端にうつるのは倒れ込んでいるクマのお人形さんとボーっと突っ立ってる少年のみ。

あの様子だとクマのお人形さんの魔法をもう一度期待するのは無理そう。


「…………そうでしたか。」


まだクマのお人形さんがかけた魔法による眠りの余韻が残っているのか少し気だるげな声でそういうその人。


それからセレナとタグがいる方を向くとハッとした表情を見せる。

しかしそれも一瞬のこと。

すぐに鬼のような表情でクマのお人形さんに襲いかかる。


「くそっ!お前か!一体なんのつもりだ!あのお方の御前であるぞ!はやくカードを渡さぬか!!」


持ち上げられ肩を揺さぶられとれかかった右目がブラブラと揺れるクマのお人形さん。

私はその様をみて慌ててクマの人形さんの元へと駆け出す。

しかし、ちょうどその時。


「うっ……」


背後でタグがうめき声をあげる。


「タグっ!!」


「なにっ?!」

動揺したのかその人がかけた魔法の鎖は跡形もなく消え去りタグとセレナは地にばたりと倒れ込む。


「っつ……」


落ちたメガネをかけなおしながら立ち上がるタグ。

そんなタグに駆け寄ると肩に手をまわしなんとか立ち上がらせる。


「……ざけるな……」


その人はクマのお人形さんをボーっと突ったったままの少年の方に投げつける。


「クマさん!!」


「…………じょ……。気を………て」

それだけいうとクマのお人形さんを受け止めた相変わらず無表情の少年の腕の中でぐったりとするクマさん。


クマさんのことも助けたいけど今はーー!


「ベジ、ありがと。もう自分で立てるからセレナを」

そういうタグだけど鎖から解放されて落ちた衝撃もあって身体がひどく痛そうだ。


「わかった」


短くそういうと隣にばたりと倒れ込んだままのセレナを助け起こす。

しかしセレナには意識がないようだった。


「ふざけるなっっ!!!!」


不意にその人が叫ぶ。

タグが私とセレナの前に仁王立ちする。

その間私はただ必死にセレナの体を揺すった。


「セレナ!セレナ、起きて!!」

そういって。

「あの方の御前でこのようなこと許されるか!!」

そういうとふいに襲い来るその人。

とても人間とは思えないその素早さにはついこの間出会ったラナを彷彿とさせられる。


まずい。このままじゃタグが危ない!

慌ててセレナを地におき、背中の矢筒から矢をとりその人に向けて投げつけようとした、その時。


「ゔっ……」


タグの目の前でうめき声をあげて、そのままタグにもたれかかるように倒れ込むその人。

そのことに驚いてなにも言えずにいるとタグが不意にどこか冷たい声音で言葉を紡ぐ。

「大丈夫。峰打ちだから」

そういって。

よく見ればその手には例の黒紫色の短刀が握られていた。


「セレナにもらったんだ。魔法が使えなくても私とベジを守れるように、って」


もたれている少女を抱きとめながら少し苦しそうにそういうタグ。


「…………っ。私は……なにを……」


ふいにその少女が呟く。

少女自身の意識が戻ったんだ。じゃあ、もうーー。


「なんて言うと思ったかクソガキがっ!!」


そんな言葉とともにタグの腹に勢いよく膝ををめり込ませ高笑いをするその人。

倒れ込むタグ。まっすぐにこちらを、セレナを見やるその人。


「教皇は手に入れられませんでしたが、恋人については今すぐにでも手に入れて見せましょうぞ。我らが魔王よ」


やっぱりこの人は私を魔王だと思っているんだ。


「やめて!!!」


必死にそう叫びながらセレナを抱きしめる。

その手には二枚のカードが握られている。

私は隠していたそれをその人に見えるようにした。


「カードをとったのは私だよ」


「そう……だったのですか。しかしそれはまだ未完成のカードにございます。今一度私の手にそれを預けてはくれないでしょうか。すぐにでも完成させ」


「もういいんだよ」


「……はい?」


「もう苦しむ必要なんてない。カードを集める必要なんてない。誰かのために生きる必要も、依り代を変えてまで生き長らえることもないんだよ」


私は必死に叫んだ。

私はこの人のこと全く知らないけれど、魔王に与えられた使命を何百何千年って経っても守り続けているこの人がひどく哀しく思えたから。


「…………それは……どういう意味にございますか」


また、空虚な闇を称えた右目からホロホロと涙が流れる。けれどそれは、喜びではなく悲しみからくるもの。


それでも、私は言わなくてはいけない。

魔王の血を継ぐ者としてーー。


「あなたは充分役目を果たしてくれた。だから、もう休んでいいんだよ」


「それは……私のやってきたことは……どうなるのです」


その人は震える声でそういう。

私は魔王じゃないから、そもそもなぜ魔王がタロットカードに適応する者の魂を集めていたのかは知らない。

だからそのことについてハッキリとは言及できない。

けれどこのことはきっと魔王だって思っているはずなんだ。


「よく頑張ったね」

そういって私はその人の頭を何度も撫でた。

その人は膝から崩れ落ちたままポタポタポタポタと地面に染みを作っていった。


しかしやがて


「……されど、私は使命を果たさなくては終われませぬ」

そう強い声音でいう。

やっぱり結局はこうなってしまうんだ。

これじゃあ……。


そう思ったその時。

パアーッと明るい光が差し込んできて慌ててそちらを見やる。するとそこには以前石板の前で大剣を手にした時現れた、導き手だという光の女の人がいた。


「レイデァオス。お久しぶりですね。顔をあげなさい」


女の人はまっすぐ、その人に向かって言葉を紡ぐ。

するとその人は女の人の声を聞いた途端にハッとしたように顔を上げた。

またその瞳から涙が溢れ出す。


「ああ……あなた様まで……。私は……この時の為に生きながらえてきたのですね……。お二人とまた会えるなんて……」


そう言葉を紡ぐことその人に、光の女の人とその人と魔王は知り合いだったのかな、なんて考える。


「レイデァオス。彼女を困らせてはなりませんよ。」


「しかし私の使命は」


「あなたは充分に役目を果たしました。彼女がいいといっているのですからそれでいいのですよ。それともなにか不満ですか?」


「いっ、いいえ。滅相もございません」


「そうですか。なら良いのですが。それにあなたのしたことは確実に彼女の役に立てますよ。ですからね、あなたは暫くおやすみなさいな」


そんな言葉にその人はまたホロホロホロホロと涙を流し、それから「はいっ」と満面の笑みを浮かべて見せたのだった。


長い長い責務から解放された彼女なのか彼なのかわからないその人は少女の中で密かに眠りについていったーー。

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