第24話 適合

「うっ……。ここは……」


何もないただっぴろい真っ白の空間。

その中で一人立ち尽くす。

もしかしてこれって……。


「これが〝カード〟の中ってことか?……」


思わず漏れでる呟き。


……しかし、そうとしか考えられない。


先程までそこにあった景色は全て消え失せていて、目の前にはただただ真っ白い空間が広がる。

僕はただ、その見覚えのない空間で立ち尽くすばかりだ。


……でもおかしいな。僕が適応者だったとするなら何故はじめて会った時ベジのみを適応者だと言ったのだろう。

ベジが魔王の血筋でそのオーラが濃すぎてわからなかった、とかそんな感じなんだろうか。

あくまで予想にすぎないけど。


「それにしても……」


あたり一面何もない無限に続いているように見えるその空間に段々と気持ち悪さを覚えてくる。

少し歩いて気を紛らわせよう。そう思って歩き出そうとするもーー。


「え?……」

見下げたその先に僕の体などない。あるのはただ無限に広がる白の空間のみ。

……そうか。あの魔女は心を吸い取るといっていた。なら僕は今、心だけの状態であのタロットカードの中にいるのか……。


せっかくセレナから譲りうけた短刀もこれでは意味がないではないか。


セレナがくれた短刀。

それは元々セレナの大切な人がつかっていたものだそうだった。

好きな人のことほど嫌いというような天邪鬼の塊である彼女がハッキリと『大切』なんて口にするのは稀だったしもらうかどうかかなり迷ったけれど「それで私とベジのことちゃんと守りなさいよ」ってそういわれたから。魔法がつかえない今の僕ではそのセレナがくれた短刀でしか二人を守ることができないんだ。

ギュッと拳を握りしめようとするがそこには何もなくてなんだかひどく不思議な気分になっていく。


まるでこの空間に溶けていくようなーー。


そう感じた瞬間ハッとする。

だめだ。このままここにいたらその内この空間に僕の心は溶け込んでいずれは存在ごと消えてしまうんじゃないのか?


なんとしてもはやくここをでないと。

そう思ってあたりを見回すがやはり何もない白の空間が永遠に続くだけ。

体という概念もないここで歩くことも走ることもジャンプすることもできない。

でないと、っていったって結局なにもできやしない。

そんな自分に腹が立ってくる。


くそっ。何かないのか。



ああ……そういえば、あの少女は22のアルカナのカードに適応する者がどうのといっていた。

アルカナのカード……つまりはタロットカードになるわけだけど、それは以前幼馴染であるティアナがハマっていたもので耳にタコができるほど話を聞かされていたからその22のカードがなにを意味するカードなのかはわかる。


愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人、戦車、力、隠者、運命の輪、正義、吊るされた男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界……で全部。

そしてそれぞれ意味するところがある。しかしそれは出方……正位置であるか逆位置であるかでも変わってくる……。


あの少女がそのアルカナのカードに適応する者を探しているのだとすれば、僕もその22のアルカナのカードのうちの一つということ。

じゃあ、僕はなんなんだろう。

それが分かればなにか状況も変わってくるようなそんな気がするのにーー。



そんな矢先見上げた白の空間にふと何かが見えた気がしてハッとする。

玉座のようなものに座った男の人?

一瞬でよく見えなかったが、今のはーー。




「タッくん」

そんな声にハッとしてそちらを見やるとニコリと笑むティアナがいた。しかも周囲には白の空間でなく、見慣れた僕達の遊び場が広がっていた。

僕の家の地下にある図書室。僕達はよくそこに隠れて二人で色々なことをして遊んだのだった。

お互いに王家の血が通う貴族の出自ということもあって、僕らはいつも窮屈な思いをさせられていた。

けれどここに来ると自然と笑顔になれるのだった。

ティアナと作った、沢山の幸せな思い出がつまっているから。


もう二度とここにくることもないと思っていたから再びここに来れたことがひどく嬉しい。

いや、来れた、というか当然のごとく幻なんだろうけれど。

それでも、懐かしいこの場所を再び目にできて嬉しい。


それにティアナとまた会えたことも。


僕はこの先幻のティアナとしか会えずに終わるのかもしれない。

なんて悲しい考えが頭をよぎりながらも、いつもの明るい陽だまりみたいな笑顔を浮かべるティアナにそっと微笑みかける。


「タッくんってすごいよね。頭よくてなんでもすぐに理解しちゃうし。私タッくんのこと本当に尊敬してるんだよ。他のみんなだってそう。賢くて優しいすご〜いタッくんのことを信頼してる」

そういいながらオーバーなリアクションをするティアナに苦笑が漏れる。

そういう誇張しすぎるところとか、こうやって僕のことを一生懸命に励ましてくれるところとか。

変わらないなあ、ほんと。

できるならずっとこのままーー。


そう思った矢先、ティアナの姿にベジの姿が重なってハッとする。


そうだ。僕はまだここで終われない。

どうにかしてここからでないと。


言葉を発っそうと思い切り息を吸い込んだまま、そのまま固まる僕。

そんな僕の顔を覗き込んでどうかしたの?そうたずねてくるティアナ。



ティアナ、本当にごめん。



「消えてくれっっっ!!!!」


精一杯、という感じでそう叫ぶ。

なにせ今の僕にできるのは声を発することだけだから。

すると……。


「ひどいよ、タッくん……」


そんな哀しげなつぶやきとともにすぐそこにいたティアナは消え去り、懐かしい図書室の風景もティアナと一緒に跡形もなく消えさっていった。


永遠に続いているような白の空間。

またここに戻ってきてしまった。

けれど今だけはこの空間にすら愛着が湧く。危うくあの懐かしい場所と懐かしい人の幻にすがりついて離れられなくなってしまいそうだったから。


そんなことを思ったのも束の間。

今度は辺り一面が真っ暗になる。

なんなんだよ一体……そんな呟きを心の中でもらしながらあたりを見やる。


「タグくんって頭いいのはわかるけどさあ」

そんな声にハッとして振り返ると同じクラスだった女子がいた。


なんでこんな幻影まで見なくちゃいけないんだ。

こんなの今すぐ消えてくれよ。

そんな心の中の悲痛な叫びなど届くわけもなく。


「なんていうか天狗だよね」


「そうなんだよね〜。エルフの王族の血がはいってるあのパリオネルの家の子供だからってさ」


「調子にのってるんだよ。僕はパリオネルの人間なんだぞ。偉いんだぞって顔にでてるもんね」


「そうそう。それに比べて同じパリオネルの家のティアナちゃんは超優秀らしいよね」


「知ってる〜。ティアナちゃんってすでに五体の精霊と契約してる上に精霊との相性もよくてかなり魔法の扱いに長けてるらしいじゃん。ほんとすごいよね。学校一の天才魔法使いなんじゃね、って感じ」


「ねー。でもタグくんみたいな出来損ないの子がちょっと身分高いからって調子にのってんのは腹立つよね〜」


「…………てくれ」


僕は視界がグラングランと揺れるような気持ちの悪さを感じて息も絶え絶えにその言葉を発する。

この〝声〟が僕は怖くて辛くて大嫌いでしかたないのに。


「消えてくれよ……」


なんとか形になったその言葉も新しい幻影の言葉にかき消されてしまう。


「あいつってほんと自分勝手だよな」


「だよね。独りよがりがすぎるっていうか」


今度はまた別の方向に同じクラスだった男子たちが姿をあらわす。

これは……いつになったら終わるんだよ。


ティアナの幻影の時みたいに「消えてくれっ!」って大声で叫べばいいのに。

わかってるのに。

今はない拳をギュッと握りしめるような、そんな不甲斐ない気持ちに襲われる。

彼らに対してはそれができない。


僕は結局怖いんだ。

今だにあの人たちのことが怖くて怖くて仕方ないんだ。


幻影だと、わかっているのにーー。


「この間の授業の時もさあ、『僕が全部やるから君たちは休憩してていいよ』とかいって問題全部あいつが解いたし、そのあと先生から『全部タグが解いたのか?すごいな』とか褒められたら満更でもねえ顔してんの。そもそもそうやって褒められたいから全部自分一人でやろうとしてんのかよって感じ」


「あいつそういうとこあるよな」


「ほんとだよな。独りよがりで見栄っ張りで皆んなから邪険に」


「やめてくれ……っ」


なんとか絞り出すが幻影たちの紡ぎ出す声は止まらない。


「それにこっちを見下してる感あるよな」


周囲に広がる暗闇が心なしかその色をより深くしていく。

クラスメイト達の姿が少しずつでも確実に大きくなっていく。……いや、僕が小さくなっているのか?わからない。

けど……。

まるで押しつぶされるようなそんな感覚。


「あの偉そうな態度どうやったらなおるんだか」


「一発締めとく?なんてな」


笑い声は重なって重なって響いて響いて僕の心を壊しにかかってくる。


こうやって僕の心を壊してカードと同化させる気なのか?


そんなの絶対に嫌だ。


けれどこの声たちから逃げ出せるのならこのまま闇に溶けてしまってもーー。




「タグ!!!!」



そんな声にハッとする。

今の、絶対ベジの声だよな。

……そうか。ベジは……それにティアナも、数少ない僕によくしてくれた友人たちも、この闇の向こう側で僕を待っていてくれるんだ。


またあの時みたいに闇に囚われて光を見失うところだった。


ほんとベジには敵わないな。

僕はいつだって彼女の声ひとつで容易に前に進むことができるんだから。


「消えてくれっっっ!!!」


僕は声を限りに叫んだ。

ずっと怖くて仕方なくて逃げてばかりだった僕の心の暗闇たちは案外あっけなく消えていく。

その様をみてなんだかホッとしたような信じられないような気持ちになる。

僕が怯えていたものは、こんなにもちっぽけだったんだ。

ふいに笑いがこぼれる。


ほんと、馬鹿みたいだな、僕。


「タッくん」

そんな声に顔をあげれば優しい笑みを浮かべてこちらを見ているティアナの姿があった。

あたりは元の白の空間に戻っている。

しかし以前の白の空間よりもずっと光に溢れている。

そんな光に霞んでしまっているティアナの姿に必死に手を伸ばす。

っていっても体はないんだけど。

そう、思ったのに。

「あれ?戻ってる?!」

周囲の光の強さに霞んではいるものの僕にはちゃんと体があった。

それに気づくと慌ててティアナのもとへ駆けていく。


もう少しでティアナにたどり着く。

伸ばす手のひら。

霞むティアナの姿。


ティアナは何も言わずに強い光が溢れ出している方向を指差す。

そして口をパクパクと動かす。

なんといっているのか、その口元すら光に霞んで見えない。


だから余計に必死に手を伸ばす。

ティアナはまるで光の中に溶け込んでいってしまうようにみえたから。


ーーけれど、その手は空を掴むのみだった。


僕が手を差し伸べた瞬間に消え去ってしまうティアナの姿。


僕はしばらく何もつかめなかった手のひらを見つめていたがやがて意を決したように光の方へ駆け出した。


なにがもう二度と現実のティアナに会えないかもしれない、だよ。


僕が、僕自身の意思で現実の彼女にもう一度会いに行くんだ。

そう心の中で強く決意してーー。

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