第23話 なぞなぞ
「さ、ここで降りるわよ」
夕刻時。セレナは周りを林に囲まれた狭い小道に魔法のじゅうたんを降ろした。
「ここがベルサノンなの?……」
そろそろ重くなってきていた瞼をなんとか上におしやりながら目をぱちくりさせてそうたずねる。
「違うわ。ただベルサノンには金髪のエルフ以外直接国内に入ることは禁じられてるのよ」
「?そうなの?」
なんで金髪のエルフだけ直接入っていいんだろう。
なんて首を傾げているとタグが口を開く。
「エルフの王族は皆んな金髪なんだ。だから、つまりは王族以外は直接国内へ入ってはいけないってそういうこと」
そう少し哀しそうにいうタグ。
じゅうたんから降りるとこちらに手を差し伸べてくれる。
「ありがと」なんていってその手をとりじゅうたんから降りるとセレナがそそくさと魔法のじゅうたんをたたみふところにしまう。
……なんだろう。
やっぱり、違うなあ。
ふとそんなことを思う。
セレナとタグ。
いつもとなんら変わらないように見える私の大切な仲間。
だけど、どこか……。
そうだ。二人の間を漂う空気が違うんだ。
うまく説明はできないけどそんな気がする。
だとしたらそれって仲良しになれたってことかな。
そう考えると自然と笑みがこぼれる。
「なに?なにかおかしなことでもあった?」
タグに不思議そうな表情でそうたずねられ「なんでもないよ」そういって首を振る。
「じゃ、行きましょ」
セレナがそういって歩き出す。
それに私とタグも慌ててついていった。
「あともう少し歩けばベルサノンにつくわ」
「そうなんだね!楽しみだなあ。ね、タグ」
「え?あ、ああ、うん……」
そうぎこちなく返事をするタグを見やってあることに思い当たる。
「あれ?タグって……」
タグの方を見やったままポカンと口を開けて固まる。
タグのサラサラと風に揺れている髪の毛は日の光を浴びてより輝く金色をしている。
そしてタグはエルフの王族は金髪だといっていた。
それってつまり…………。
「タグって王子さまっ?!」
いきついた答えがあまりに衝撃的で思わず素っ頓狂な声がでる。
「シーッ。なに大声だしてんのよ。エルフの奴らに変な警戒させると面倒よ」
私達より少し早足で先を歩いていたセレナが紅い唇に人差し指をあててこちらを振り返る。
「ごめん……」
そういって私が謝ると、タグが意を決したように口を開いた。
「黙っててごめんね」
え?っていうことは、タグはほんとの本当に王子さまなのかな
「残念ながら僕は王子ではないけど」
私の心を見透かしたようにそういって苦笑すると
「ただ、王族の血は入ってる。王族に連なる貴族……パリオネル家の子息だから……っていってもベジは知らないだろうけど」
と続けるタグ。
「…………」
「……ベジ?ごめん、気を悪くしたなら」
「すごいねっ!!!」
「え?」
「だって、タグには王族の血が入ってるんでしょ?羨ましい!」
幼い頃からよく読み聞かせてもらった絵本。その中に出てくるエルフのお姫様が私は大好きだったんだよね。
もちろん今も大好きだしだからこそそのお姫様と同じ血が流れているタグもが羨ましい。
「そうかな?そういいものでもないよ」
「そうなの?……」
どこかシュンとしてそういうと
「いや、別に王族自体が悪いとかってそういうことじゃなくて、僕の家が……っていうか……。ほら、ベジが以前言ってたエルフのお姫様だとかそういう人たちはきっといい人なんじゃないかな」
と慌てたようにそういうタグ。
しかしその言葉に頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「?いい人じゃないエルフもいるの?」
「ベジ」
「うわっ」
前を歩いていたはずのセレナが唐突に後ろに現れトンッと私の肩を叩く。
「生きてるやつ皆んなが皆んないい奴なわけじゃないでしょ。タグの坊主が言いたいのはそういうことよ」
「そっか……私にはなんだか難しいお話だけど、でも、うん!わかったよ」
なんていってはにかむとセレナが私の頭をガシガシと撫でる。
「いい子、いい子」
そういって。
ラナも……セレナのことを『お姉ちゃん』とよんでいたラナも、こんな風に頭を撫で撫でしてもらっていたのかなあ、なんて少し思ったりする。
「……ねえ、ベジ」
「なあに、タグ」
俯いていてよく表情の見えないタグは少し躊躇っているようにも見える。
しかしやがて
「ベジが読んでいた絵本にでてきたそのエルフのお姫様の髪色は覚えてる?」
という。
そういわれて一生懸命に過去の記憶をたどっていく。
いつも笑顔で元気で溌剌としていてみんなから好かれていたその人はーー。
「……銀色……かな」
あれ?……エルフの王族は皆んな金髪のはずなのに。おかしいな。
左右にいるタグとセレナは何かを考え込んでいるように口を開かない。
沈黙に耐え切れず口を開こうとするとタグが苦虫を噛み潰したような表情の上に無理に笑顔を貼り付けたようなそんな顔をこちらに向ける。
「そっか。ありがとう」
そういって。
そんなタグに銀髪のエルフも王族なの?なんて聞こうするが、なんだか躊躇われて口を閉じる。
タグはこのことにどこか傷ついてるみたいだしそれなら触れないほうがいいんだろう。
けれど私の大好きなお姫様の謎が私一人の思考ではとてもとけなさそうで……。
聞こうか聞かまいか必死に悩んでいる矢先。
「気をつけて!」
セレナが短くそう叫んで、慌ててあたりに目をやる。
何かが林の中を高速で移動している。
目にも止まらないようなそんな速さで。
そしてそれは明らかにーー。
「僕たち狙い、か。くそっ。何が目的だ」
吐き捨てるようにそういいながら懐から見覚えのない短剣を取り出すタグ。
「タグ、それは?」
三日月のような形をしながら黒紫色をしたそれは細かな紋様が刻まれたとても綺麗な刀だった。
「話はあとにしなさいっ。来るわよっ!」
セレナがそう叫んだ瞬間何者かが林をかけるザワザワという音が止まる。
そして……。
「やっと……追いつきました……」
そこにいたのは以前森で出会った魔女の少女と双子の男の子だった。
女の子はハアハアと息をしながらも言葉を紡いでいて今にも倒れ込んでしまいそうだ。
体中に木で切ったと思われる切り傷が沢山あるし服も薄汚れ切れ切れになっている。
そんな少女を支えるように少女の靴をおさえているのは片目のとれかかったクマのお人形さん。
生きてるのかな?だとしたらすごいなあ。
少女の斜め後ろに立つ少年は以前と同じくなにも言葉を発さない。表情も一切変わらず、感情が宿っているのかどうかすら危うい。
ずっと俯いたままの少女に段々不安が疼いてくる。
「ここまで追いかけてくるとはね」
「傍迷惑な奴らだ」
そんなセレナとタグの呟きを聞きながら少女に歩み寄る私。
「大丈夫?私傷に効く薬を持ってるんだよ。良かったら」
「「ベジ!!」」
セレナとタグが同時に私の名を呼んだ、その時。
少女がバッと顔をあげ、ガッシリと私の両の手を握りしめてくる。
それは痛いくらいに強くて思わず身じろいでしまう。
「痛いよっ……離してっ……!」
「お会いしとうございましたっ!!」
そういって私の顔をまじまじと覗き込むように見てくる女の子はなんだか様子がおかしい。
以前会った時は大人しくて知的な冷静沈着な印象を受けたのに今はまるでその逆のようなーー。
「あなた様が現れるのをどれほど待ち焦がれたか。ああっ、お会いしとうございました!」
そういう女の子の顔を改めて見やると以前つけられていた眼帯がとれていて両目ともが見えているのに気づく。
しかしその両目のうちの片目おそらく眼帯をつけていたと思われるそちらはーー。
「これのことですか?」
私の視線に気づいたのか、少女はニイッとした不気味な笑みを浮かべてそちらの目を触る。
本来瞳があるはずのそこは闇が広がる空洞となっており、その周囲には鮮血のような色で花を彷彿とさせる複雑な紋様が描かれていた。
「これはあなた様が昔私にくださったもの……
「そう……なんだ」
目の前にいるその人がひどく不気味で寒気がしてくる。
怖くて今すぐにでも逃げたいのにその人の手はそれを絶対に許さない。
とても子供の力とは思えない。
それに改めてこの言動……この子本人じゃない、誰かがそこにいるんだ。
少女の左目の空洞の奥にその影が見えるような気がしてより一層寒気を覚える。
「あなた様のために
その人はただ、私の……ではなく、『あなた様』の喜ぶ顔が見たいだけなんだろうな。
でも私、とてもうまく笑えそうにない。
「ああ、そんなお顔をなさらないでください。ついにあと二つで完成するのです。今まで実は……あなた様とはもう二度と会えないのではと疑ってしまうことも多々あったのです」
空洞の瞳から涙がホロホロとこぼれ落ちていく。
片目からだけ涙が流れるのはとても珍妙なことに感じられる。
「それで私は恥ずかしながら使命を怠ってしまうこともあったのです。しかしこの間あなた様にお会いしてもしやと思いそしてやがてそれが確信に変わると私はひどく嬉しくて嬉しくて」
涙はホロホロホロホロととめどない。
私の手を握る手にもより一層力が込められていく。
「私はこの身を張ってアルカナ適合者たちの魂を集めて参りました。急いだもののこれほど遅くなってしまい申し訳ないです。本来ならあなた様が現れたその時に参るはずだったものを……」
そんな言葉に段々とその『あなた様』の正体がつかめてくる。
もしかしてそれって『魔王』のことなんじゃないかな。
私はただ魔王の血をひく者として魔王の伝説の剣を引き継がせてもらっただけだけれど。
「しかしながら、そう、まだアルカナが二つ見つかっていないのです」
そういうとひざまずき私の手をとって人差し指の先にキスする少女。
顔を上げるとニイッとえんでみせる。
「しかしご安心を。その二つも今手に入れます。」
次の瞬間、私はその人に後方に押され転びかけそうになったところを無表情の少年に抱きとめられた。
「ありがとう」そういってから慌てて後方を振り返ると、セレナとタグの周囲にオレンジ色に光る鎖のようなものが現れていて二人とも苦しそうに足掻いていた。
「セレナっ!タグっ!!」
慌てて駆けていこうとするとバリアーのようなものにはじかれて尻餅をついてしまう。
「残念ね。悪魔さん。あなたのその強大な魔力を持ってしても私の魔法を打ち破ることはできない」
そういうとさっと右手を横にふる少女。
すると少女の周囲に半円形状に宙に浮かぶタロットカードが現れる。
「なぜなら私には20のアルカナの適合者たちの魂がついているから」
そういうと少女はセレナとタグに手をかざしたーー。
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