第4章 エルフの王国ベルサノン
第22話 七夜
「ここからベルサノンに行くのには七日以上かかるわね」
夜。
僕達を乗せた魔法のじゅうたんは真っ直ぐ闇夜の中を進んでいく。
頬にあたる風は少し冷たいが心地よいくらいだ。
肩にはスヤスヤと寝音をたてるベジの頭が乗っかっていて、そこから体全体がホカホカとあたたかくなっているようにも感じられた。
そんな中、僕はずっと、言おうか言わまいかと狸寝入りをしながら時節チラチラとセレナを見やっていた。
漆黒の髪の毛を風になびかせながらどこか憂いに満ちた表情で真っ直ぐ前を見ているセレナ。
そんなセレナの首筋にはあの女天使がつけた赤い爪痕がついていてひどく痛々しい。
……けれど今はそのことを気にしている場合じゃない。
ちゃんと、聞かなくては。
しかしいざ聞くとなるとなんだか勇気がいる。
しかしベジが寝ている今がチャンスだと思うのだ。今、言わなくてはーー。
「……なによ、坊主。言いたいことあるならハッキリ言いなさいっての」
そんな言葉にビクンッと肩を震わせる僕。
そんな僕の動きで「んんっ……」と呻き声をあげたベジだけど起きる気配はなくまたスヤスヤと寝音をたてはじめる。
その様子にホッとしながらセレナを見やる。
「気づいてたのか」
「気づかないわけないじゃない。今までどれだけ男に色目で見られてきたか」
と少しふざけた調子でいうとニヤリと口角をあげるセレナ。
「僕は別に色目で見てないからな!」
ムスッとしながらそういうといつもの意地の悪い笑い方をして、
「はいはい。で、なんなのよ」
という。
そう言われて改めて口にだそうとしていたことを考える。
口を開ける。
しかしまた閉じて、暫くするとまた開けて、また閉じる。
そんなことを繰り返してしまう僕に僕自身苛立ちを覚える。
「なんでもいいからさっさと言いなさいよ」
セレナはどこか面倒そうに、でも特に怒っているような様子はなくそういう。
ベルサノンにつくまで七日はかかる
そういっていたセレナの言葉がふと思い出されてそれで僕は咄嗟にこう言っていた。
「一日一つでいい。答えなくても構わない。だから答えてもいいと思ったものにだけ答えてくれないか。僕の……質問に……」
「…………」
「別に無理にとはいわない。けどセレナに聞きたいことが山ほどあってそのことを考えると夜も眠れないというか」
いや、別に眠れてるのだが。
どんどん話を誇張し勝手に変な方向へ持っていってしまいそうになる自分の口を閉じようとしたその時。
セレナはぶっと大きく吹き出して、大声をあげて笑いだした。
しまいにはヒイヒイいって腹を押さえている。
「な、なにがおかしいんだよ」
「だって、あんたバ、はは、バカじゃないの、あははっ」
「バ、バカ……ってお前なあ……」
「私に質問したいことが山ほどあって眠れないとかほんとあんたってくそ真面目よね」
ヒイヒイと笑いながらバカにした口調でそういうセレナに段々苛立ちが募ってきて、やっぱりいい、そう言おうとする。
しかしその前に
「いいわよ。一日一つ。ただしスリーサイズ以外」
なんて言われる。
「誰が聞くか!そんなの」
そう突っ込むとフッと大人びた笑みをこちらに向けるセレナ。
ただ、純粋に月の光を浴びながら笑むセレナが綺麗だなと思ったのも束の間。
すぐにまたヒイヒイと笑いだす。
そんな相反するセレナの挙動にどこか呆れたような気持ちを抱いていた僕だがやがて、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ……」
一日目。
「なんで指を鳴らすだけで魔法が使えるんだ?」
そういうとさして表情も変えずに素っ気ない様子で
「簡単なことよ。あんたの何千倍も生きてるから」
というセレナ。
「何百、何千って生きてるうちに魔力が蓄積していったのよ。お陰で今は呪文要らず。大抵のことは魔法でできちゃうわ。けどどんなことも簡単にできてしまうようになると世の中がひどくつまらなくなるもんよ」
セレナは憂めいた哀しそうな表情でそういうから慌ててなにか励ましの言葉をかけようとする。
しかしすぐにニイッとした笑みを浮かべるセレナ。
「ま、私の場合、天武の才能ってのもあるけど」
その言葉を聞いた瞬間に励ましの言葉など頭の中から消え去る僕。
こういうやつが一番嫌なんだ。僕みたいなのが努力しても努力しても届かないようなところにいる、その天武の才能とやらを持った人が。
そんな人が目の前にいるのだと改めて感じるとひどく自分が惨めに感じられて、その苛立ちをぶつけるように
「……そうかい」
と冷たくいう僕。
そんな僕の心境を知ってか知らずかセレナはなに食わぬ顔で
「そうよ。じゃ、今日はこれで終わり」
そういってまた前を向いた。
二日目。
「あのラナという女天使とは」
「はい、ダメ。NG。却下」
「なっ……まだ質問も言い終えてないんだが」
「イカれ天使に関する質問は全て却下。受け付けない。はい、終わり」
そういうセレナからは普段のフザケた様子が一切見受けられないので、僕は渋々ながら引きさがることにしたのだった……。
三日目。
「僕と契約していた精霊は今もセレナの中にいるのか?」
「いるっていうか……」
そういってセレナは考え込むような仕草をする。
「吸収しちゃったかも」
「……はあっ?!う、嘘だろ?」
「結構マジな話だけど」
そういうとセレナはニイッと笑んでみせる。
「そもそも精霊は過去の大戦で闇側についたのよ。」
「ああ、前にも聞いた」
「なのに……いえ、だからこそ、かしらね。光側の奴らは精霊を自分達の道具にしはじめた。人形の中に縛り付けて喋る人形だ〜なんていって商売ごとにつかってみたり、魔法を使うための道具にしてみたり、ね」
「なっ……。別に道具にはしてない。ただ力を借りてるだけで」
「さあ?どうかしらね。都合のいい時には出てこい働けっていうくせ必要ない時には自分の中で大人しくしてろ、なんていうのよ。それって道具となんら変わらないんじゃない」
「…………っ」
「今までもよくあったのよ。そんな、光側のやつらに利用されるくらいならって精霊たちが私のもとへやってくるのは」
「……そう……なのか」
「ええ。私としても力が増強できるし、あちらとしても目的は達成できるしで最初は受け入れてたの。でも最近はこれ以上魔力が強くなったってより世界がつまらなくなるだけだからやめてた。」
「なら、なんで……」
「だから言ったでしょ。何回も言わせんじゃないわよ」
そういって前を向くセレナ。
そうだった。僕が懸命に契約した精霊たちは僕から逃げたくてセレナのもとへ行ったんだっけ。
それをセレナに言わせるのは酷だし僕自身もかなり辛いものがある。
「今日は話しすぎたわね。もう遅いわ。はやく寝なさい」
「……ああ。おやすみ」
四日目。
「昔旅をした仲間、というのはどんな人達なんだ?」
「はあ?そんなこと聞いてどうすんのよ。」
「純粋に興味があるんだ」
そういうと盛大にため息をつき、それから指をおりおり言葉を紡いでいくセレナ。
「まずヘカトンケイルの真面目男、あと人間の心優しい女、それから俺様のオオカミ男の王子、恋に盲目な人間の女」
そこまで言葉を紡いでから一つ間を空けるセレナ。その様子からは口にするのをためらっているようにも思われた。
「女にモテモテだったエルフの男、あとアホみたいでバカみたいでほんっとトンチンカンなエルフの姫。で、終わり」
そういうセレナからはそのエルフの姫って人が一番大切な人だったんだろなあと察する。
もう一人のエルフの男の人に関してはなぜいうことをためらったのかよくわからないが。
いや、よく考えてみると……。
「……ああ、そうか。だからエルフが大嫌いだって言ってたんだな」
「は?」
「大切だから嫌い。だから言うのをためらった。どちらもエルフだしそれに」
「ねえ坊主あんた私を本気で怒らせたいのかしら?」
その後ろで轟々と炎が燃えているような気迫に思わず尻込みして
「いや、なんでもない」
とつい言ってしまう僕。
セレナはそんな僕を見てニヤリと口角をあげた。
「よろしい」
そういって。
五日目。
「改めて、ベジのことをどう思ってるんだ?」
「は?どうってどういうことよ」
「だから……なんというかその、セレナ程力のある悪魔が……その」
「田舎の無力な少女に興味を持つのは珍しいって?」
「なっ」
セレナのその言葉に慌てて隣のベジを見やるが、スヤスヤと寝音をたてているようでとりあえずホッとする。
「言葉には気をつけてくれ」
「あら。本当のこと言っただけじゃない」
「本人の前でよく」
「面白いやつだなって思ってるわよ」
僕の言葉を遮りそう言葉を紡いだ悪魔はどこかムスッとしている。
「面白いやつだなって……もう少し具体的にないのか?」
「はあ?あんたまだ私が裏切ってるとかどうのって疑ってるわけ?」
「別にそんなこといってないだろ!」
僕が慌ててそういうとセレナは小さくため息をついた。
「大嫌いなやつに似てたから。そいつになんとなく似てたから気になったのよ。もちろん潜在的な部分ではこの子の魔王の血っていうのに惹かれたんだろうけど」
そこまでいうと聞き取れないくらいの小さな囁くような声で
「私そいつのこと大嫌いだったけどそいつのお陰で変われたのよ。けど最初の頃……っていうか大体私はそいつに嫌がらせばかりしてた……。だからこれは罪償い的な。この子にあいつを重ねて私は…………。ひどいやつよね私」
え?セレナって自分のこと『ひどいやつ』だって自覚もてるんだ……。
と驚愕に目を瞬かせているといきなり頬に平手打ちがとぶ。
パシンっという音と共に頬に感じる痛み。
「勝手に人の話聞いてんじゃないわよ」
「………………は?……。いやいやいや、そもそもセレナに僕が質問してそれにセレナが答えてくれたわけなんだからそれは聞かないほうがおかしくないか?」
「うるさい。問答無用」
そのあと僕は何度も(照れ隠ししようとしているように思われる)セレナを触発するような発言を繰り返し何度も頬を叩かれた挙句翌日の朝ベジから「タグすごい寝相だったんだね」なんて言われていつものあたたかい笑みを向けられたのだった……。
六日目。
「〝帰らずの館〟。あれって結局何だったんだ?そもそもあんな大掛かりな仕掛けを作ってまで館にやってきた人を弄びたかったのか?なにか別のわけがあったとか」
そこまでいうとセレナが紅い唇の端をニイッと上げて見せる。
「あんたってまあまあ頭がキレるわよね。まあ、私には到底及ばないけど」
「あー、そうだね」
そんなセレナに冷めた視線やりながら適当にそう返事をすると
「で、答えは?」
とたずねる僕。
「ラナのしつこいストーカー行為云々に悩まされた結果編み出された最強の砦って感じね」
セレナは呆れたようにそういう。
ラナってこの間の天使のことだよな……。
確かにあの天使に対抗するにはあれくらい訳のわからない館じゃなくちゃいけないかもしれない。
「私が仲間たちと旅してる間はまあ大人しかったけど。仲間たちと別れてそれぞれが別の道を歩み始めた。そのあたりからあいつのストーカー行為が始まったわけ。んで、世界中で一番わかりづらい場所に一番わかりづらい建物建ててやろうって思ったのよ」
「なるほどね」
「私がエルフの都の次にあの、多くの種族が一同に集う欲に埋もれたルミナスって都市を忌み嫌ってたのはあいつもよく知ってただろうし。ルミナスの中でも一番奥まった場所の館を買ったわ。そしてリフォームしたのよ」
「空間を捻じ曲げたり死人が倒れているように見える部屋を作ったり出る場所を変えてみたりって、とてもリフォームの範疇とは思えないけどね」
「それぐらいしないといけなかったのよ。それに作ってるうちに段々楽しくなってきちゃって」
「…………」
「なによ。どうかしたの?」
「いや、何かに似てるなあって……」
「は?なんの話よ」
「あぁ、そうだ!『老後』だ。やっとでてきたよ。ほら、老後ってガーデニングとか編み物とかそういう趣味を一人でコツコツと」
「坊主、歯、食い縛んなさい」
「え?」
その後言わずもがな僕の凄まじいくらいの悲鳴があたりに響き渡った。
それでも目を覚まさないベジを見て僕は痛む頬をおさえ目に涙を溜めながらベジはすごいなあなんて思ったのだった。
七日目。
セレナに質問できる最後の日。
僕は一番聞きたかった、その言葉を意を決して口にしたーー。
「で、今日はなによ、坊主」
毎日の質問にもすっかり慣れてきてむしろ楽しんでいるようにも見えるセレナがそういう。
そんなセレナに僕はどこかどもりながらも言葉を紡ぐ。
「なんとなく……なんだが……。」
「なによ。はやく言いなさいっての」
ずっと胸に引っかかっていたこと。
出会ったときからなんとなく感じていた
違和感のようなもの。
こんなことって到底信じられないけど、でも、もしかしたらーー。
「僕達って実はーー。」
その質問の言葉はあたりを纏う漆黒の闇夜の中へ溶けていくようだった。
けれどセレナはそれをちゃんと受け取ってくれた。
それまででていた月が途端に隠れてしまってセレナの表情はうまく読み取れなかったけれど、彼女は漆黒の闇夜の中でも充分わかるくらいの哀しみと、失くしてしてしまった愛を、たたえているように感じられたーー。
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