第21話 守る為に力を振るうということ
振り上げた刃越しにひしひしと伝わってくる強い衝撃。
持ち上げた大剣を支える腕が、柄を握りしめる両の手が、悲鳴をあげている。
しかし休息をとるような
仲間を守るためなら私はーー。
刃にのしかかってくる重みに自分の力を重ねてそのまま一気に押し返していく。
「くっ……」
やがて苦しそうに呻き声をあげたラナは一旦態勢を立て直すためか後ろに飛び去っていく。
飛び去ったその場所からこちらを恨めしそうにみているラナはハアハアと荒く息をしていて(対する私もそうなんだけど)とりあえずは大丈夫かも。そう思って大剣を地面に下ろす。
腕の細胞という細胞が悲鳴をあげているような感覚。ズキズキとした痛みとドクドクといつもよりずっとはやくなる心拍の音。
ひきずるのがやっとのあの大剣を振り上げた自分に自分のことながら驚く。
でも、あの時はタグを守る一心で、持ち上げるのもとても容易なことだったんだよね。
「タグ、大丈夫?」
振り返ってそう言う。
少し無理に笑みを浮かべながら。
タグは死の恐怖からまだ抜けきれないような、今目の前で起こっていることを信じきれていないような、そんなポカンとした表情でこちらを見上げる。
そんなタグの表情がどこかおかしくて心からの笑みがこぼれる。
そんな私につられるように少しだけ口角をあげ、口を開こうとするタグ。
しかしーー。
ドゴォォンッ
突如として爆発音のようなものと砂煙が舞起こる。
一体何が起こったのかと視界を凝らすも、砂埃のせいで一切状況がわからない。
また砂埃を吸い込んでしまったせいでゲホゲホと咳が止まらなくなる。
そんな私を見かねて何も言わずに私の隣へ慌ててやって来て背中を撫でてくれるタグ。
そんなタグに感謝しながら辺りを見回す。
やがて辺りの様子が見えるようになってくるとそこにはゴツゴツとした岩壁に打ち付けられめり込んだような状態のラナと、その少し手前でハアハアと息を切らすセレナがいた。
「…………いたいよ……」
フッとこぼれるラナのつぶやき。
「……蹴るなんて……ひどいじゃない……。セレナお姉ちゃん」
ボロボロになった状態でもラナはニイッとした不気味な笑みを浮かべる。
綺麗な人だから余計にこういう笑みを浮かべるのが不気味に感じられるのかもしれない。
「…………うるさいっ」
俯いていて漆黒の髪に隠れているセレナの顔には今どんな表情が浮かんでいるんだろう。
……ううん、そんなの問わなくたってわかる。
「セレナお姉ちゃんはすごく優しくて、明るくて、可愛らしくて、素直で、純真で皆んなから好かれていたのに」
「…………」
「セレナは、残酷で、意地悪で、汚くて、皆んなから嫌われてる」
「……るさいっ」
「なあに?セレナ。言いたいことがあるならハッキリ言ってよ。セレナお姉ちゃんはよく言いたいことは言わなきゃ駄目だっていっていたけれど」
打ち付けられていた岩壁から少しフラつきながらも離れ、嘲笑にも似た笑みを浮かべるラナ。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっっ!!」
そんな叫びと共にセレナの背中から隠されていた漆黒の翼があらわれる。
あげられたその顔に浮かんでいるのはただならぬ怒りだった。
私は二人がどんな関係なのか知らないから想像することしかできないけど、もし昔、ラナがセレナのことを姉と慕っていた時期があるのなら、セレナは今の今まで妹のように可愛がっていたラナを傷つけまいと我慢していたんじゃないかな。
そう思うとなんだか私まで胸が痛くなってくる。
「あぁ……セレナ。そう、その顔よ。私ね、どんなセレナも大好きだけれど、悲しみ怒り絶望するあなたが誰よりも好きなのよ。」
そういうと完全に壊れた笑い声をあげるラナ。
その不気味さにいよいよ寒気がしてくる。
「…………」
真っ直ぐにすごい速さでラナの元へ飛んでいくセレナ。
そのまま手加減など一切せずにラナの首を掴み岩壁に打ち付ける。
「可愛い……私のセレナ」
妄信的にそうつぶやくとセレナの頬に自分の手を添えようとしたラナだがその手は当然のごとくピシャリと跳ね除けられる。
「そもそも、あんたが言うそのセレナお姉ちゃんをセレナに変えたのはどこの誰よ」
遠目からでもラナの首を掴むセレナの手に強力がはいっていくのがわかる。
セレナの怒りももちろん分かる。
けど、万が一取り返しのつかないことになってしまった時に一番傷つくのはきっとセレナだから。
そう思って慌てて止めに行こうとするも、先程大剣を振り上げた際に体力を使い切ってしまっていて、踏み出した足は膝からヘニャリと折れてそのままへたり込んでしまう。
「ベジ、大丈夫?!」
ハッとした表情でこちらを見やるタグにうん大丈夫、といって頷くけれどなんだか情けない。
「誰だろうねぇ」
含みのある言い方でそういうラナの首にセレナの紅の爪が食い込んでいく。
「………ほんっと、反吐がでるくらい嫌いだわ」
ラナの首からタラリと赤い血が垂れる。
それからセレナはどこか呆れたようにその手を離しこちらに向かって歩いてくる。
一方のラナは膝から崩れ込みケホケホと苦しそうに咳をしているが、その顔に浮かんでいるのは喜んでいるようにもみえる満ち足りた表情だった。
「行きましょ」
私とタグの目の前にくると吐き捨てるようにそういうセレナ。
しかし私(と多分タグも)の視線は無意識のうちにセレナの後方にいるラナと目の前にいるセレナとを彷徨う。
その様子に気づいたように
「あいつは暫く大丈夫よ。あんたのおかげでね」
そういって私を見据えるセレナ。
「え?……私?」
「ええ。その大剣をあなたが振るってくれたおかげ。あいつあんな風にしてるけど結構ダメージ食らってるみたいだし」
そういうとチラリと後方のラナに視線をやるがすぐにこちらを見やるセレナ。
「でもその大剣、まだ真価が発揮されてるわけじゃないんでしょ」
「うん、そうだよ。セレナにはなんでもお見通しだね」
そういってフッと微笑むとセレナは少し視線を逸らしながら、
「まあね。小さい頃から見てきたあの石板に刻まれてたことだし。それに私、あの文章読みすぎて暗記しちゃってるぐらいだし」
というセレナ。
「うわあ、すごいね、セレナ。」
「別に大したことじゃないわ」
そういうと一つ間をおいて
「ここでの用事は済んだ」
そういって私の持つ大剣に視線をやるセレナ。
「次の場所へ行くわよ」
「次の場所ってどこだよ」
タグがそうたずねると険しい表情で
「とにかくこの場所からはおさらばするのよ。」
そういって懐からタグの魔法のじゅうたんを取り出し一番に乗り込むセレナ。
「さ、さっさと乗りなさい」
そういわれて「はあーい」と返事をしたのはいいものの、やはり体に力がはいらず立ち上がることすらままならない私。
そんな私を見かねてタグが手を貸してくれようとするけど、その瞬間にパチンッといつものセレナが指を鳴らした時の音がして……。
「うわっ」
今まで全く力が入らなかった体が元どおりになって勢いよく立ち上がる私。
セレナの魔法って本当にすごいなあ。そう思いながらお礼を言おうとすると
「あらら、坊や、なんかおじゃましたみたいでごめんなさいね〜」
とどこかわざとらしくいうセレナと頬を真っ赤にして怒りながら
「ほんと、いちいちやめてくれないかっ」
というタグ。
その様子に頭にハテナマークを浮かべているとまたセレナがパチンッと指を鳴らす。
すると先程まで確かにそこにあったあの大剣が姿を消し私の手には木で出来た大きな弓が握られていた。
「これは?……」
「あんたがさっきまで握っていたものと全く同じものよ。ただ見た目を変えただけ。あと力も格段に弱まったけど、あのまま大剣を引きずりまわしてたら面倒なのがわんさか寄ってくるからね。カモフラージュってやつよ。ほら」
そういってセレナがまたパチンッと指を鳴らすと背中に何かが当たって肩に重みを感じる。
見てみれば何本も矢が入った矢筒があった。
「これであんたも戦えるでしょ。知り合いのお古だけどないよりはマシだと思うし」
そういうセレナに私は「うんっ!」と大きく頷き満面の笑みを浮かべた。
「さ、行くわよ」
「はいはい」
そういって少し面倒くさそうにタグが乗り込んだ後に私も乗り込む。
さっきまで引きずるのがやっとだった大剣は姿を変えたことによって軽々と持ち運べるようになっている。
ほんと、セレナの魔法はすごいなあ。
これで楽ちんだ。
私達が乗り込むと少しずつ上昇しはじめる魔法のじゅうたん。
「で、次はどこに行くんだ?」
「ベジの持ってる伝説の大剣。そいつは元々魔王が使ってたものなのよ。だけど魔王が死んだ時、その大剣にはめ込まれていた〈紅の宝玉〉〈黄金の宝玉〉〈蒼穹の宝玉〉〈翠の宝玉〉〈漆黒の宝玉〉〈純白の宝玉〉の六つの宝玉が各地に点々と散らばってしまったわけ。」
「……つまりその六つの宝玉を探しださなきゃいけないってことか?」
「そういうこと。そうすれば大剣の真価が発揮されてベジの家族は救えるし、私は光側の奴らが血相変えて騒ぎ立てる姿を拝めるし、あんたは……」
そういうとニヤッと笑うセレナ。
「なっ、なんだよ」
「さ、最初に行くのはエルフの王国ベルサノンよ」
「……はあっ?!」
「やったあ!!」
重なった正反対の声に顔を見合わせる私とタグ。
そんな私達をみてセレナがフッと笑みをこぼす。
「あてもなくこの広い世界を探し続けるのはは馬鹿のすることでしょ?だから、宝玉のありかが載っている本をベルサノンへ取りに行くのよ。ついでに宝玉も見つけられたらラッキーよね♪」
「……ベルサノンにあるって確証があるんだな?」
「いいえ、確証はないわ。ただ、私の勘と長年の経験がいってるの。」
タグは呆れたように長いため息をついてから
「ああ、そうかい」
という。
「文句があるならここで降りなさいよ」
「はあっ?!文句は一言も言ってないだろ。呆れただけで」
「あー、はいはい。わかったわよ、坊や」
「なっ。お前なあ」
そんないつもの二人のやりとりを見てると自然と笑みがこぼれた。
その頃。
悪魔の里の渓谷、石板付近にて。
「……セレナ……」
悲しそうにそうつぶやく全身傷だらけの天使の少女。
しかし暫くすると少女は不気味笑みを浮かべて空を見上げる。
「ふふ、ふふふふふふふふっ。私、すごくいいこと思いついちゃった」
そういって彼女は隠されていた壊れた翼をだし、空高く舞い上がったのだった。
彼女が去ったそのあとにも、彼女の不気味な笑い声は渓谷にこだまし続けていたーー。
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