第20話 光陰

僕はただ言葉を発せずにその光景を見ていた。

迷うことなく、強い瞳で石板に向かって歩いていくベジ。

伸ばそうとした手は宙を彷徨ったまま。

ベジの背はどんどん遠くなっていく。


伝説の力を手に入れる為の力、ってどういう意味なんだ?僕には全くわけがわからない。


そう思いつつも心のどこかではセレナを救いだせるような何かが起こる。

そんな気がしていてただ一新にベジの背を見つめ続けていた。


ベジはいつもそうだ。

僕が頭で必死に考え出そうしとたって絶対考えつかないような全く別の答えを導き出す。

公式を無視しているのに正解を導き出すような、そんなーー。


やがてベジが石板の前に辿り着く。

ひと呼吸おくとゆっくりと石板に手を伸ばしていくベジ。


見たこともないような言語が刻まれたそれは(悪魔の里にあるのだから恐らく悪魔の言語だろうが、何千年も前の大戦で光側が勝ってからというもの闇側についた者たちの文化という文化は歴史の闇に葬り去られた為見たことも聞いたこともない。もっとも大戦以前はそういった言語の本があったのか、教育はされていたのかも謎なのだが)なんだか普通ではない魔法のように奇妙な力が宿っている。


魔法の才がないって言われてる僕にだってわかるんだ。魔法学校のみんながこれを見たらもっと強くその気配を感じるんだろうな。


そこでまたあいつ……ティアナの顔が浮かんで慌ててその考えを払う。

ティアナは僕と違って魔法の才に溢れているからきっとーーいや、そんなこと今はどうでもいいんだ。

なんて考えていた矢先、ベジの手が石板に触れる。


その瞬間に石板一杯に刻まれていた文字が青白く光り始める。

やがてその光は文字から溢れ出し、石板全体から神々しいくらいの青白い光が放たれる。

目が開けられないくらいのその光に、片方の腕で目を庇いながらもう片方の手をベジに伸ばす。


今度は躊躇うことなく、まっすぐにーー。

しかし体が動かず、手を伸ばすだけで進むこともできない。

そんな僕はやっぱり宙に手を伸ばすだけ。

ベジに届く気配なんてかけらも無い。

くそっ。これだから僕は僕が嫌なんだ。

しかし必死に前に足を踏み出そうとしているうちに光は少しずつ弱まり始める。

それにつれて体も軽くなり身動きがとれるようになる。


僕は慌ててベジの元へ駆けだした。


「ベジ!!」


まだベジのいた場所だけが目がくらむような強い光に包まれていてあともう少しというところで進めなくなってしまう。


「ベジ!!!」


もう何回名前を呼んでも無駄だなんて思わない。

頼む、届いてくれーー。

そんな思いで光の中に手を伸ばそうとしたその時、また段々と光が弱まっていく。

やがてその光がなくなった時、そこにいたのは先程の青白い光をまだ少し体に帯ながら目を閉じて手に大剣をもつベジの姿だった。


「ベジ!!」


パタリと真後ろに倒れかけたベジをなんとか受け止めるとそのまま座り込み、ベジを抱える僕。


「大丈夫?それに、それは?」


そういって僕が見やったのはベジには到底似つかない、僕の胴程の大きさの大剣。

黒鉄で作られたそれはとても禍々しく強い力を放っている。


「うん、大丈夫だよ。迷惑かけてごめんね、タグ。これはね、大切なもの、だよ」


そういって柔らかく微笑むベジ。


「?うん」


大切なもの?つまりそれが力、とやらなのか?なんて頭に一杯のハテナマークを浮かべていたらベジがゆっくりと口を開く。


「ラナがね、いったの。『資格のある者にのみ、導きの光は授けられる』って。そしてその資格のある者は魔王の血をひく者だって」

そういえばセレナもそんなことを言っていたっけ。

伝説の力を手に入れる資格をもつのは魔王の血をひく者だと。


「それでね、導きの光ってなんなんだろうなあって思ってたらそれはね、綺麗な白い女の人だったの」


「?うん」


「それでその人が渡してくれたんだ、これを。大切な仲間を守るための力だよ」


そういって微笑むベジの笑顔はあたたかい。

けれど女の人がいたようにはとても見えなかった。


……資格のある者……。そうか。その女の人は魔王の血をひく者にしか見えないのかもしれない。そう勝手に納得すると妙に合点がいく。


しかし今はそれよりもーー。


「ベジ、その力でセレナを助けにいくことはできるのか?」


悲しいことに僕のじゅうたんは僕が勝手に落下して地に降り立った為に今現在セレナがもっているのだ。


それに加え(繰り返しいうようだが)僕が様々な試練を乗り越えた末に契約した精霊たちも皆んな今はセレナの元にいるから、僕は今実質ただのエルフの少年。なんの力も持っていない。


だからーー。


「えっとね、この剣六つの窪みがあって、そこに各地に散らばった宝石をはめ込まないと本来の力が発揮できないんだって」


「なっ……」


よく聞く空想上の物語のような話に絶句する。

それじゃあ、その宝石を手に入れければセレナを助けられないということか?そんなの遅すぎる。


なにかーーせめて居場所だけでも。


そう思った矢先、またあの青白い光が現れる。


それはベジのすぐ横で、ジワ〜ッと光の強さを増していくとまたゆっくりと少しずつ消えていった。


少し放心状態のような様子でいたベジがハッとしてこちらを見やる。


「今ねその導き手の女の人が力を貸してあげるって」


「力を?けど、えっと、どういうこと?」


あの光の中に見えるという女の人に一体何ができるのだろうかと思っているとベジが石板に触れた時のような青白い光がブワ〜ッとあたりに広がる。

その光におもわずギュッと目を閉じる。


やがてその光が消えたことをまぶたの裏で感じるとゆっくりと瞳を開いていく。

すると……。


「楽しいね、セレナ。何年ぶりかな、こうやって話すの」


「知らないわよ、そんなの」


そんな声がしてハッと振り返ると岩壁にもたれているラナとセレナを発見する。


どうやらその白い女の人は僕たちを包んでいたあの霧の効果を弱めてくれたみたいだ。

なにせまだあたりに靄がかかっているように見えるから。

でもその霧の効果を薄めてくれたおかげでセレナの居場所も確認できた。

霧のせいで見えてなかっただけでセレナもラナもすぐ近くにいたらしい。


特にひどいことはされていないみたいだけど、あの天使のことだ。いつどんな苛烈なことをしだすかわからない。


はやく行かなくては。


「ベジ、行こう」


「うん」

そういって立ち上がろうとするベジだけど、大剣の重さにフラついてすぐに膝をつく。

僕は慌ててベジに駆け寄ってその大剣に手をかけた。

これくらい僕にだって持てる。

そう意気込んで力を入れるがそれはビクともしない。

そんな僕を見かねて

「いいよ、タグ。自分で持つから」

なんてベジに朗らかに微笑まれカーッと頬が熱くなる。

男としてこれくらいもできなくてどうするんだよ……。


そうして結局、ベジが大剣を引きずりながら歩き、僕はそこに手を添えるようにな形になった(僕も一緒になって持ったって言いたいところだけど……)


その間もセレナとラナの会話が聞こえてくる。


「いい加減お話も飽きたでしょ。さっさとあの子らを解放してあげて。」


面倒くさそうにそういうセレナに女天使は特徴的な、あの狂気的な声音で

「あの子達もセレナの〝大切〟なの?」

という。そのどこか含みのある言い方に少し沈黙が生まれる。しかしやがて

「……まあね」

と受け答えるセレナ。


そんなセレナに女天使はどこか気味の悪い笑みを浮かべて見せる。


「ねえ、セレナ、覚えてる?ずーっと昔に私がセレナの一番大切なものを奪った時のこと」


女天使がその言葉を言い終わる前に、セレナの長く鋭い紅色の爪が女天使の首すれすれに突きつけられる。


しかしそれもなけなしの理性がそうさせているだけであって、あの女天使がまたセレナの気に触るような何かをいえば、その先端はためらうことなく突き刺されるのだろう。

想像するのすらゾッとしてゴクリと唾を飲み込む。


「…………それ以上しゃべったら殺す」


普段飄々としているセレナのどこか必死な姿に驚く。


普段のセレナならあそこまで怒らないだろう。


「ふふ。セレナ、そんなにあのことトラウマだったんだね。でもね、セレナ、仕方ないんだよ。私とセレナの間には何も必要ない。この世界には私とあなただけがいればいい。私、前からいってるよね?セレナ」


セレナの爪が女天使の首にジワジワと食い込んでいって透き通るような白い肌を赤い血が伝う。


しかしそんなことセレナしか眼中にない女天使にはどうでもいいことらしく、なんら気にすることなく狂信的な言葉を吐き続けている。


あと少しでセレナのもとへたどり着く。


近づけば近づくほどひしひしと感じる狂気に少し身じろぎしながらもそれに負けまいと必死に足を進める。


「私とセレナなら、世界中から私とセレナ以外の生き物を消すことだって容易だって、何回も言ってるよね。……ねえ、夢の世界の実現がすぐそこまで迫っているんだよ。……なのに、セレナは私から逃げてばかり。行方をくらましてはこうやって〝大切〟な人を作ってくるんだもん」


女天使の瞳からいよいよ光がなくなる。もともと生気のない瞳をしていたのだが、その瞳の影がより一層深まった、とでもいおうか。


「そんなの、〝そいつら〟を潰したくなるに決まってるじゃない!」


女天使がそう言った瞬間にセレナがこちらを向いて大きな声で叫ぶ。


「逃げて!!」

と。

その一瞬の出来事に身動きがとれずにいるうちにすぐ目の前にニイッと恐ろしい笑みを浮かべた女天使の姿が現れる。


怖い。殺される。嫌だ。

そんな思いがひたすらに体中を駆け回る。


「まずはあんたからよ、金のエルフっ!」


振りかざされる手。

べっとりと血のあとが付いた指先が一瞬でも視界に映って、体中にひしひしと感じる恐怖と相まって卒倒しそうになる。


もう終わりなんだ。

旅に出てから何回めかの命の危機に僕は絶望して瞳をギュッとつむった。


大切な人達へのお別れの言葉をまぶたの裏に思い浮かべながらーー。



体に強い衝撃がくる。その衝撃と共に倒れこみとめどなく流れる血をみておわりを悟って僕はまた目を閉じるんだ。



そう、思っていた。

なのに、その矢先に聞こえてきたのはーー。



キィィィンッ

そんな、金属が強くなにかを弾きかえすような音。

その音にハッとして、でもやはり恐ろしくてゆっくりと瞳を開いていく。

すると……。


「タグ、大丈夫?」

そういって振り向きざまに笑うベジがいた。

ひきずるのが精一杯だったはずのあの大剣を振りかざし、女天使の攻撃を弾き返してくれたその人は、ゼエハアと荒く肩で息をしながらもいつもの笑みを浮かべているのだった。


辛いだろうに。重いだろうに。

そんな状況下でも僕に笑みを向けてくれるこの人が、どうしてこんなに暖かいんだろうなんて思えてきて、僕はこんな状況下だというのにフッと笑みをこぼしていた。

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