第19話 また会えた

「ベジ……」


視界を拒むような濃霧の中私の名前を呼ぶ声と共にこちらに手が伸びてくる。


さっきタグを受け止めた拍子に腰を抜かして動けない私は藁にもすがる思いでその手を握った。

暖かで柔らかなその手を握りながら怖い気持ちを胸の奥底においやる。


ラナとお話ししてる時、天使の歌は安眠効果があってよく眠れるってそういわれてならやってみたいなって思った。

そこから私は眠りについたんだけど、その眠りは私の大好きな眠りとは全然違くて……。


頭を鈍器で殴られて意識をなくした直後深い暗闇に落ちていくような感覚。

思い出しただけでも恐怖が体中を駆け巡る。


首筋もズキズキと痛いし、それによってあの情景が鮮明に思い出される。


怖いーー。

その手をより強く握ったその時その人が私をそっと抱き寄せる。

その拍子に見えたその人の顔に目を疑う。

自然とタグ、と言おうとしていた口が形を変えていく。


「ソウくん……」

そう、そこにいたのは紛れも無いソウくんだった。

ソウくんは私の元へ来てくれるとはいっていたけど、セレナのいう伝説の力もないままあそこを抜け出すことなんてできないだろうな。そう心のどこかで思っていたから、ソウくんが目の前にいるんだってことが驚きなのと共にひどく嬉しくて気づいたらソウくんに抱きついていた。


「ソウくん、会いたかったよ」

そういって。

ソウくんは戸惑っているみたいで、言葉に詰まっている様子だった。

鼻先をかする柔らかでサラサラの薄茶の髪の毛。懐かしい草原の香り。ソウくんの温もり。


「………………ベジ」

暫くするとソウくんはそう私の名前を呼んで優しく抱きしめてくれた。

ソウくんに名前を呼んでもらうのすらなんだか懐かしいなあ。


「ソウくん」

その名前を呼ぶことが二度とできないかもしれないと思っていたけれど、今こうしてその人が私の目の前にいてくれることが何よりも嬉しくてもう一度名前を呼ぶ。

それからまた沈黙が流れる。



そういえば、ラナはどうしたんだろう?

タグとセレナは?

そんな疑問が喜びに満ちていた私の脳裏をふっとよぎって急に不安になってくる。


あれ?そもそもソウくんはーー。



「ゴメン、ベジ」

そんな思考の中、ソウくんがそんな言葉を紡ぐ。


「?どうして謝るの?」

そう問うとソウくんは少し間を空けてから

「沢山迷惑かけたし心配もさせた。本当にごめん」

という。


「そんなことないよ。私の方がソウくんにいつも沢山心配かけててゴメンね」

ソウくんが悲しそうな声でいうからなんだか私まで悲しい気持ちになる。


「ベジは……優しいな」


「そんなことないよ。優しいのはソウくんの方だよ」


「……元気にしてた?」

またポツリポツリと紡がれる言葉。


「うん。元気だったよ」

そんな言葉にどこかホッとした様子で

「そっか、良かった」

と答えるソウくん。


そんな風にソウくんと話していたら私は自然とこう口を開いていた。


「私ね……すごく不謹慎だけどもう、二度とソウくんに会えないのかと思った」


胸の奥がギュッとキツくなる。


いざ言葉という名の形にすると途端に重みを増す胸の奥に秘めた思い。


「ごめん」

そんな思いにソウくんはただ三文字の言葉を何度も紡いだ。


やがて涙を流しながら何度も何度もその言葉を繰り返した。

なんでソウくんが謝るの?ソウくんは何も悪くないのに。


確かに私も一時はソウくんと会えないかもしれないと思ってとても悲しくなったけれど、それはお互いが謝るようなことじゃない。


何かが可笑しい。

そんな気がして、でも明確に目の前にいるこの人がソウくんじゃないなんて言えなくて、だから……。


「ソウくん、私の好きな食べ物はなんでしょうか」


なんて、幼稚で単純な質問だけれど、私にはこれぐらいしか思いつかない。

ソウくんと私はずっと一緒に育ってきたからお互いの色々なこと、知らないはずがないんだ。

ましてや好きな食べ物のことなら尚更。


「スタルイトのパイ、だろ。いつも言ってたんだ。忘れるはずないじゃないか」


そういうソウくんにハッとする。

当たってる。

じゃあ、本物?っていっても好きな食べ物を当てられただけなんだけど。




心のどこかではここにソウくんがいるはずないってわかっていた。

でも、信じたかった。

もう二度と会えなくなってしまうかと思ったその人と昔を語らいたいって。

少しでも共に過ごしたいって。

そう、思ってしまう私がいたから。





「大当たり!流石ソウくんだね」


「当たり前だろ。」

なんていうソウくんはもう涙も乾いてきていてその顔には優しい笑みが浮かんでいる。

その笑みを見たらなんとなく分かった。

この不思議な出来事のカラクリが、なんとなく。

けれどそのカラクリが生み出してくれた幻を私はまだ手放したくないんだ。


あと少しだけでいいからーー。




それから私とソウくんは昔のことを沢山沢山話した。

ずっと当たり前に側にいたから、こうやってあの穏やかで優しい日々を改めて振り返る日が来るなんて思いもしてなかった。


すぐ近くにいるから気づかなかったものに、なんとなく気づけたような気がした。


ソウくんも優しく瞳を細めながら昔のことを沢山話しては笑っていた。


けれど、楽しそうにしているソウくんも気づいてはいるようだった。

この幻が生み出したカラクリにーー。


一頻り話し終えると暫くの沈黙が流れる。


それから一息おいて私とソウくんは同時に互いの名前を呼んだ。



「タグ」

「ベジ」




辺りを包んでいた濃霧が少しずつ薄れていきやがて視界がハッキリとしてくる。


すぐそばにいるのはずっと隣にいたあの人ではなく、新しい旅の新しい仲間。


「さあ、行こうか」

タグは先程のことに特に触れることなく、というか触れたくないようでそう言って立ち上がる。


お互いがお互いの大切な人に見えていたこと。

そして互いもまた大切であること。

それに気づいてそっと微笑む。


「うん」

私もさっきのことは、胸の奥にそっとしまっておきたくて特に何も言及せずに立ち上がる。


ずっと感じていた胸の奥のモヤモヤが晴れたような感じがする。

ラナは私とタグの心のモヤモヤを取り除くために私達に魔法をかけたの?

なんて疑問を浮かべる私の心境を見かねたようにタグが口を開く。


「恐らくさっきのあれは女天使がだした幻を生み出す濃霧の影響だろうね」


「そうなんだ……濃霧の幻……。?あれ……」


「どうかした?」


「セレナがどこにもいないよ」


私がそういうと改めて辺りを見回すタグ。


「やられた」


何かを悟ったようにそういうタグ。


「え?どういうこと?」


「僕達をここで足止めしている間にセレナをさらったんだろう」


苦虫を噛み潰したような顔でそういうタグにまた疑問が沸き起こる。


「でも、セレナならラナにさらわれたりはしないと思うな」


指をパチンと鳴らしただけで自由自在に魔法を使えてしまうセレナが誰かに捕まってしまうなんて想像し難い。

逆にセレナがラナをさらった、という方がしっくりくる気がする。

そんなことを考える能天気な私とは違い頭をフル回転させてるタグは厳しい声音で

「セレナは完全無欠の悪魔にとって天使が唯一の弱点だといった。それに加えあの女天使はやけにセレナに固執しているようだった。あと……」

それから少し言いづらそうに口ごもるタグ。

「?どうかしたの、タグ」


「……いや、その、契約した者っていうのは、契約主の力量によって力が制限されたり逆に倍の力なったりするんだ。」


「それって、私が弱ければセレナは弱く、私が強ければセレナは強くなれるってこと?……」


「うん、まあ、そういうことになる……かな。でも、気にしなくていいんだ。ベジはこれから力をつけてけばセレナの力を最大限活かせるようになるよ。それに力が制限されても普段からやってるような魔法はできるはずだし」

私が落ち込まないようにと沢山言葉をかけてくれるタグの温かな優しさに感謝の気持ちでいっぱいになる。

やっぱりタグはいい人だなあ。


「タグ、励ましてくれてありがとう。けど私、セレナが自由に力をふるえるような力を、困っている仲間を救えるような力を手に入れたいの」


「そうだよね……。でも、それならきっとセレナの言ってた伝説の力ってやつが」

「うん。私もそう思う」

そう言って私は先程から視界の端にうっていた石板の方に向かって歩いていく。


やがてどれだけ見上げても先の方は見えないような、大きな大きな石板の前に立つ。



「仲間を助けるための力、家族を救うための力」


誰にいうでもなく呟く。


資格のある者にのみ導きの力が授けられる。


そして、その資格のある者とは、魔王の血をひく者。


この石板が長年こうして放置されてきたのは何千年も前の光と闇の対戦で魔王の一族が途絶えたもしくは歴史の闇に葬り去られたと考えられていたから。

だから皆んな伝説を知っていても手をだそうとしなかった(悪魔の里の秘境にあると知っていても昔は訪問者が絶えなかったみたい)

つまりこの“伝説“は、資格のある者が現れないと始まりもしなかったんだ。


セレナはその伝説の力を手に入れれば家族を救えるといった。


だから私は今ここにいて、そして、資格のある者として力を授けられる為にこの石板に、光のある未来に手を伸ばすんだーー。

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