第18話 幻惑
「イカれてる、性格悪すぎ、ぶりっ子、ぶっ壊れ、あと」
「うん、わかった。大方理解したからそろそろやめてくれないか」
指をおりおり一応幼なじみだという先程の天使ラナの性格を並べ立てていたセレナにそういう。
セレナに聞いたことなんて間に受けてはいけないとも思うが、実際に姿を見たこともあり、セレナの話はかなり信ぴょう性を帯びているものだと感じる。
それぐらいにあの天使にはマイナスのイメージしかない。
「あら、そう?なんならあと100個はいえるわよ」
ねっとりとした口調でそういってくるセレナにはゾッとする。
「頼むからやめてくれ」
そういうと改めてじゅうたんの進路を確認する。
セレナの言う通りの方向に向かっていることを確認すると少し安堵してため息をつく。
「あんたはさしずめ、ため息魔ね」
ふふん、といった口調でそういうセレナにはまたも意図せずにため息がでる。
「あー、そうだね」
なんて適当に相槌をうつと耳をつかまれ思いっきり引っ張られる。
「いっ!何するんだよ」
そんな僕の言葉にセレナはニヤリと口角をあげてみせる。
……あー、ほんと、なんていうか、気が合わないよな。僕ら。
……でもまあ、仲間だから、な。少しは我慢しなくては。
なんて心の中で誰にでもなく言い訳する。
「あいつはさ、横取り魔」
セレナは誰にでもなくいうようにそういう。
「ふ〜ん、横取りね……。三時のおやつでもとられたのか?」
少し冗談めかしてそういうもセレナはクスリとも笑わないどころか眉間にしわをよせる。
柄にもなく冗談めかして言うんじゃなかった。
……恥ずかしい。
「……そんな生温いもんじゃないわよ。あいつの横取りは」
「?それってどういう」
「ほら、あそこ!はやく降りて!!」
「あ、ああ!」
首元をおさえて大人しく座っていたセレナが身を乗り出しじゅうたん下を指差す。
慌ててじゅうたんを急降下させながら改めてセレナはひどく辛い人生を送ってきたのだろうと考えていた。
永遠の命を持ち、仲間を失ってもなお生き続けるのは、そんなのは生き地獄のようなもので、そんな中で彼女は途方も無い時間を懸命に生きてきたんだ。
なのに、それにプラスしてあんな幼なじみまで……。
気づいたらセレナの肩にポンっと手を置いていた。
「は?」
いつもの不敵な笑みとも余裕こいた笑みとも違う、本気で命の危機を感じ取るような恐ろしい笑みとともに振り返るセレナ。
そんなセレナから何事もなかったように手を引っ込め見え見えの苦笑を浮かべる僕。
「ほら、あそこはいんなさい!」
そんな僕を一瞥するとまたじゅうたん下を覗き込んだセレナが相変わらずの上から目線で指示をだしてくる。
「はいはい」
そうどこか適当に返事をしてセレナが指差した谷底に向かって下降していく。
鋭利に尖った岩岩を避けながらひたすら下に向かいじゅうたんを動かす。
「本当にこの先にいるのか?……」
進めば進むほど肌がジンジンと痛くなるような冷たい風が顔に吹き付ける。
それに加えあちこちに鋭利な岩岩がありそれを避けて飛行するのも一苦労だ。
必死に前方を見つめながら振り落とされまいとギュッとじゅうたんを握る。
「この先に例の伝説の力について書かれた石板があるわけ。あいつの生息地はそこ」
色々と突っ込みたいことはあるがこの状況下で無闇に口を開くのは得策ではないだろう。
黙ってひたすら下降する。
するとやがて開けた場所が見えてくる。
そこには大きな石板がありその手前にベジとラナの姿が見える。
近づけば近づくほど見えてきた二人の姿に目を凝らす。
一見仲よさげに座っている二人だがよく見てみると寝ているベジの肩にラナが爪を突き立てていた。
血ーー。
鮮血が垣間見えて頭が一瞬真っ白になる。
血だけはどうにもダメなのだ。
「ベジ!!!」
そう叫ぶと共に血を見て動揺したのもあってじゅうたんから転げ落ちる僕。
「坊主!」
セレナが差しのばした手を取ろうとするが、その手は虚しく空をつかむだけ。
ゴツゴツとした岩の上へ真っ逆さまに落ちていく。
こんな時魔法が使えれば良かったのに、それすらできないなんてやっぱり僕は出来損ないだな。
なんて、そんなことを思いながら落ちていく。
あの日。
僕がこの傷みに満ちた世界から消えようとした日。
冷たく暗いなんてものじゃなく、ただただ何もない無の空間へいくような気がしていた。
なんとなく意識はあるのに、何もないからなにも感じられない。
そんなただただぼんやりとした地獄のような時間がそこでまってるような気がした。けど、それでもいいと思えた。
逃げられるんなら、それでーー。
そしたら、僕におとずれたのは暖かで柔らかな場所で、目を覚ましたらベジがいたんだ。
よく死ぬ前には走馬灯を見るなんていうけど、本当にその通りだな。
あいつの顔や声も鮮明に思い出される。
こんな形でごめん。
色んな人への謝罪の言葉を思い浮かべながら目を閉じる。
体に強い衝撃がきて、そして意識が途切れる。
そう、思ったのにーー。
「タグ!!!」
寝ていたはずのベジの声がして、そしてーー。
ドスンっ。
僕はどうやらベジの上に落ちたようで、ベジは落ちてきた僕を抱えるようにして思い切り尻餅をついた。
「良かったぁ、無事で」
そんなベジの言葉に驚きと動揺を隠せないままベジの顔を見やる。
柔らかで素朴な優しい顔に暖かな笑顔を浮かべながらこちらを見やるその人。
なんだかもうどうしようもないくらい感情の波が押し寄せてきて、気づいたらホロリと涙がこぼれ落ちた。
「痛かった?ごめんね」
「な……謝るのはこっちのほうだよ。それにそれ」
ふと視線をやったベジの首筋からは一筋の鮮血が流れ落ちている。
血がダメだとか気分が悪くなるとか関係なくなった。
その人が大切な人なら。
気づいたら懸命に自分のローブの裾でベジの首筋をなぞっていた。
「あ、いいよ、別に。舐めたら治ると思うし」
そういうベジはいつこんな怪我したんだっけ、といった体で、僕はそんな彼女に傷を負わせた奴をやはり許すことなどできないと、彼女の背後で指についた血をペロリと舐め上げた天使をみた。
「坊主」
そんな声に振り返るとじゅうたんから降りたセレナがいた。
じゅうたんから真っ逆さまに落ちていくなんてどんなドジだ、と笑われると思った。けど、
「気をつけなさいよ。危ないじゃない。」
かけらたのはそんな言葉だった。
「あと少しで届きそうだったんだけどねぇ。館で半分隠居生活送ってたようなもんだから体が鈍ってしょうがないのよね」
そう続けるセレナ。
本当は、ベジと契約したから。だからベジの力量によって制限がかかってそれで本来の力がだせないだけなのに。
なのにこいつは平気な顔をして嘘をつく。
仲間のためなら。仲間を傷つけない為に。
「……なんだか薄気味悪いな」
つい口をでたその言葉にセレナはすぐに反応する。
「はあいぃ?なんか言ったかしらぁ、タグの坊やぁ」
わざとらしい口調でそういうセレナに反撃しようとするも、
「っていうか、いつまでベジの膝の上にいるつもり?坊や」
そう切り出すセレナ。
「え?」
言われて改めて自分を見やればまだベジの膝の上にいて、慌てて「ごめん!」そう言って立ち上がる。
「大丈夫だよ。もっと居ても全然大丈夫だよ」
そういって柔らかな笑みで膝をポンポンするベジはやはり抜けてるというかどこかズレているように思う。
「良かったわねえ、坊や」
そういってあからさまにニヤニヤした表情をこちらに向けてくるセレナ。そんなセレナに
「いたいちからかわないでくれ」
僕がそう返し直後。
「仲良いね……」
そんなつぶやき声が聞こえてくる。
ハッとして前をみやるといつまでも血がついな指をぺろぺろと舐め続けているラナがいた。
正直いって気が狂ってるとしか思えない。
「ベジを傷つけたのはお前か」
僕を受け止めた衝撃もあってかまだ立ち上がれずにいるベジを庇うようにしながらそいつの光を宿さない瞳を睨みつける。
「そうだね。そう……なるかな……」
「……おいセレナ、こいつ石板の近くじゃ正気を保てるんじゃなかったのか?」
気づけば僕の横に来ていたセレナに囁き声でそうたずねる。
するとセレナは真っ直ぐ前を見据えながら少し口の端をあげてみせた。
「あれがあいつの正気よ」
「……正気の状態であれなのか……」
「血が好きなのよ。あんたと違って」
「あー、そうかい」
「ああ、そうだ。あとあいつは」
そこでブツリと不自然に途切れる言葉。
気づけば辺りは一寸先も霧、という状態になっていた。
そういえば、岩場にいた時もあいつが来る直前霧が濃くなったっけ。
自然と、でも、どこか不自然に、急速に増していった霧。
その中から突如あいつは現れた。
そのことを考えれば今起ころうとしていることも明白だ。
セレナはきっと自力でなんとかできるだろう。なにせ僕の精霊まで持ってったんだから。
けど怪我を負っているベジは?
慌てて振り返り、ベジがいた辺りに手をの伸ばす。
すると僕の手をギュッと握りしめてくるベジの手。
良かった。ここにいる。
「ベジ、動かないでいて」
そう声をかけるとベジの近くへよりベジの肩をそっと抱き寄せる。
……仕方ないじゃないか。別に故意にやってるわけじゃないし、奴から守るためにはこうするしかないんだから。
なんて心の中でおかしな言い訳をしながら辺りを見回す。
「タッくん……」
「……え?……」
なんで……なんでここにあいつがいるんだよ。
「タッくん、会いたかったよ」
そういって勢いよく抱きついてきたその人に僕の手はどうしたら良いのかわからずに空をさまよう。
フワフワした金髪が、懐かしい春の香りが鼻腔をくすぐる。
「…………ティアナ」
幼なじみで、僕を唯一理解してくれて、寄り添ってくれた、大切な人。
けど、暗闇に囚われた僕は彼女を置き去りにした。それどころかこの世界で生きると決めた後も僕は彼女の記憶から逃げてばかりいたんだ。
ほんと、酷いやつだよな。
「タッくん」
なのにティアナは昔となんら変わらない明るい声音で僕の名前をよんでくれる。
ただ名前を呼ばれただけで涙が溢れ出そうになる。
もう、二度と会えないと思った。
幻想かもしれない。なんてこともちろん分かっていた。むしろ幻想じゃない方がおかしい。けれど、それでもーー。
「ごめん、ティアナ」
そういうと僕はティアナの肩にそっと手を回し、失くした光を失わないように強く強く彼女を抱きしめた。
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