第3章 悪魔の郷 エンライナ・ドワーラ
第15話 セレナの故郷へ
「なんか…………」
「何よ、坊や」
「あの花畑以来草木をみないんだが」
「まあ、確かに殺風景かもね。けど、そこがいんじゃない」
そういってペロリと舌舐めずりをするセレナにタグが目に見えてウゲェっという顔をする。
そんな様子を眺めながら、昨晩みたあたたかで優しい夢を思い返す。
隣にソウくんがいて、周りにはいつもの見慣れた景色が広がっていて、私の大好きな場所がそこには変わらずあってーー。
「ソウくん、私、もう皆んなと会えないかもしれないんだ」
そういったらソウくんはいつもみたく顔をくしゃくしゃにして笑ってみせた。
「大丈夫。なんとかなるさ。今は会えないってだけで今生の別れでもないんだし、な」
そういうとソウくんは私の頭をくしゃくしゃにする。あたたかで大きな手。大好きな手。
「ソウくんはセレナと同じようなこと言うね」
クスリと笑ってそういうと、ソウくんは不思議そうな顔をする。
「セレナって誰だ?」
「ああ、ごめんね。セレナっていうのは私の新しいお友達で、とっても大人で綺麗な女の人なんだぁ。あとね、タグっていう男の子も私の新しいお友達でね、その子は魔法が使えてとても頭のいい子なの。あっ、セレナって子もいてね!パチンって指を鳴らすだけで魔法が使えちゃうの」
「ふーん、そうなんだ。ベジはすごい友達をつくったな。なんか羨ましいよ」
「へへっ。ソウくんもきっと気が合うよ」
「そうかな。じゃあさ、今度会った時には紹介してくれよな。」
「当たり前だよ」
「ありが10匹ありがとう、なんてな」
「ふふっ」
ソウくんはたまに私にはよくわからないダジャレや洒落を言うけどそれすらなんだか懐かしい。
ああ、なんだか眠くなってきちゃったや……。
眠気に身を任せ、瞳を閉じる。
頭が自然とソウくんの方に倒れてしまって、「ごめんね」そう言って頭を持ち上げようとしたら「いいよ、そのままで」と優しい声音で言われた。
それで私はその言葉に甘えるまま眠りについた。
そして、目を覚ましたらそこは現実の世界で隣にはタグがいた。
タグくんの姿をみて、私は不思議とそっかなるほどと思った。
タグのあたたかさが私にあの夢を見せてくれたんだなって。
そんな風に考えていると自然と笑みがこぼれてきた。
「なにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわよ」
「えへへ。ごめんね。」
険しい表情をこちらに投げかけるとすぐにまた前を向きじゅうたんの進路を確認するセレナ。
「良かった……」
そんな呟きのような小さな言葉に頭にハテナマークを浮かべながらタグの方を見やる。
「何が良かったの?」
「え?あ、ああ、別になんでもないよ。っていうか……」
そこまでいうとどこか照れ臭そうに言うか迷っているように頬をかくタグ。
「ベジが元気そうで良かったなってそういうこと」
そんな言葉に自然と笑みが零れ落ちる。
「ありがとう、タグ」
「べ、別に」
「あらあら、おあついこと。そんなところ申し訳ないけどもう着いたわよ。私の故郷に」
「そうなのかっ?!」
そういうと慌てた様子でじゅうたん下を見やるタグ。
「……なんというか、想像よりは禍々しくはないな」
「そうねぇ、確かに。失くなってしまったものが沢山あるからねぇ」
「それにしても随分はやく着いたな。悪魔の里はこんなにルミネスの近くにあったなんて」
どこかゾッとしたようにそういうタグの頭を容赦なく小突くと
「馬鹿ね。あたしら、館の扉通って大海原にでてそこからベジのとこへ行って今ここにいのよ。つまり、ここはベジの故郷から近いってこと。まあ近いっていっても2日は飛んだけどね。だいたいあいつらはまとめてんのよ、〝あたしら〟の場所を、ね」
といってさも忌々しいというような苦虫を噛み潰したような表情をするセレナ。
そんなセレナになんて言えばいいのかわからずに言葉を見繕っていると
「さ、あそこに着地するわよ。捕まって」
そういって魔法のじゅうたんを急降下させるセレナ。
慌ててじゅうたんを掴んで体にかかる負荷に耐えるが、危うく振り落とされるところだった。
眼下に広がる鋭利な岩岩が織りなす深い谷底を見やりゾッとする。
危なかった……。
「おい、いきなりこんな無茶なことするなよ!馬鹿なのか!!」
そう怒鳴るタグなんてお構いなしに、なんとか岩山のてっぺんに着地し、岩山に降り立つセレナ。
「ほら、ベジもはやく降りなさいよ」
「あ、うん」
そういって慌てて降りる。
目の前に広がるのは圧巻させられるような岩山の数々。その多くは先のほうが鋭利に尖っていてどこかセレナの長く鋭い爪を思わせる。あたりはどんよりとした暗い空気が漂い、薄っすら霧もでている。
ここが、セレナの故郷……。
「ああ、そうか。無視か。それならこっちだってな」
なんてブツブツいいながらも岩山に足を降ろすタグ。
タグが降りるとセレナは手慣れた様子でじゅうたんを懐にいれ、あたりを見やった。
「いいところでしょ」
「うん」
そういって頷くと続けて
「でも誰も居ないように見えるよ」
という私。
そう、なんだかどこかおかしいなと思っていたら、セレナの故郷であるここには、悪魔が一人もいないのだ。
セレナの故郷なら、綺麗な悪魔の人が沢山いるんだろうな、と思っていたのだけれど……。
セレナはひどく冷めた、なんの感情も宿さないような表情で口を開いた。
「皆殺されたからね。」
「なっ……」
私が驚いて声を上げるよりもはやくタグが驚きの声をあげた。
そのことを誤魔化すとかそういうこともなく、タグは
「それは……本当なのか?」
とたずねる。
「こんなところで嘘ついたってしょうがないでしょーよ。」
そこまでいうとセレナは深くため息をついた。
「あんたが罪の意識を感じても何の意味もないことよ」
そういうセレナの言葉にタグを見やると、タグはまるで自分が当事者かのように険しく苦しそうな表情をしていた。
タグは優しいんだな。
私もセレナの事情を知ってすごく胸が苦しいけど、タグ程セレナの心境をわかれてはいないようにおもう。
「旧長老会。今は世界連盟って言われてる各国……つまりは各種族の長やら王族やらがお決めになったことよ。」
セレナの枯れたような無の表情の中に切ない哀しみの感情が垣間見える。
「戦争も、虐殺も、呪いも……。全部、エルフの奴らが決めたのよ」
セレナの拳が固く握られる。
「なんでエルフってわかるの?その連盟はすべての種族の一番偉い人がいるんでしょう?」
私がそうたずねるとセレナは嘲笑を浮かべる。
「エルフは長老会でも連盟でもトップだった。そしていつだってあたしらを目の敵にしてた」
目の端にうつるタグの頭が少しずつ、でも確実に垂れていてくのがわかる。
俯いたタグは今なにを思っているんだろう。
私にはまだ、すぐには話が読み込めそうになくて、お話を聞くだけで精一杯だ。
「けど、その大嫌いなエルフの王族はあなたのお仲間もじゃなかった?セレナちゃん」
聞いたことのない声にハッとしてあたりを見やる。
けれどどこにも、誰の気配もない。
今のは空耳?けど……。
辺りの霧は気づかぬ間に先程よりずっと濃くなっていてかなり視界が悪い。
「あ〜あ。最悪だわ。」
セレナが自嘲気味の笑いをする。
「この世で一番大っ嫌いな奴がおでましみたい。あんたらは下がってて」
そう言われて慌てて、幅5メートルほどの岩場でジリジリと後ろにさがる私とタグ。
「あいつどんだけ大っ嫌いな奴がいるんだよ……」
タグが険しい表情をしながらそうつぶやく。
確かに言われてみればセレナは昔旅をしていた仲間のこと、エルフのこと、タグのこと、そして今の声の相手のこと、みんな大っ嫌いだといってる。それにどの大っ嫌いにも『この世で一番』とついていた気がする。
セレナの大っ嫌いって裏返しなだけで大好きなんじゃないかな。前例を見てみてもそんな気がして、だから私はどこか安心したように、その声の主が姿をあらわすのを待った。
セレナの大好きな人。どんな人なんだろう。
「そうね。でもあたしが嫌いなのは紛い物のエルフの方」
「ふ〜ん。じゃあ、その後ろにいるエルフ君はどういうことなのよ」
「だから嫌いだっていってんのよ」
「でも一緒にいるじゃない。本当に嫌いだったら一緒にはいられない。違うの?セレナ」
どこか狂気じみた声音でそういうその人は一向に姿を現さない。
しかしどこかから羽の羽ばたきのような音が聞こえる。
「あの日あなたはいったよね。私のことが嫌いで嫌いで仕方ないから一緒にいられないって」
「ええ、そうね」
「じゃあ、なんで、そいつといるの?嫌いなんでしょう?殺したくてしかたないでしょう?自分の家族を奪ったや」
「あんたにとやかく言われる筋合いはない。それにあんただって人のこと言えないでしょ」
「……ふふ」
すぐ後ろで笑い声がして、ハッとして振り返るも、そこにはただただ濃い霧があるだけ。
そのことにゾッとしていると今度は隣にいるタグが身を震わせた。
きっとタグの後ろにいったのだろう。
「ふふふふふふふふふふふふ」
クスクスと笑い続けるその声。
普段なら激昂しそうなセレナだけど、ただただ何も言わずに相手の出方を待っている。
「ああ、面白い、面白いね、セレナ。ああ、面白いよ、面白くてしかたないの。ふふふ。ああ、そうだ……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「…………」
「何故ここに帰ってきたの?私に会えると思った?」
「……あんたなんてどうでもいいわよ。私らの目的は石碑。ほら、教えたんだからさっさとどっか行きなさいよ」
その次の瞬間だった。
目ではとらえられないぐらいのすごいスピードでその人がセレナの目の前の霧の中から飛び出してきて……。
「……っ!」
気づけばセレナの白い首筋から赤い血がとめどなく溢れでていた。
「ふふふふふ、いいね、セレナ。無様で、それでいて、綺麗で、醜くくて、ああ、大好きよ、あたしのセレナ」
岩山の真ん中。そこに狂気じみた表情でいるその人。
「天使?……」
背中から生えた純白の翼や、全体的に白と金色で統一された服装から見るにそうとしか考えられない。
そんなことを思いながらその人の純白の羽を眺めているとあることに気づく。
濃い霧で最初はよく見えなかったけど、右の翼だけ、根元から折れているように見える。じゃあ、片方の翼だけで飛んでいたの?それであんなに素早く移動できるなんて……。
相手は思っている以上に強敵のようだ。
下がってて、とは言われたけどこんなの見てるだけなんてできないよ。
「セレナ!」
そう声を上げ駆け出そうとする。
「ちょっ、バっ……」
私の声に顔をあげそういったものの途中でガクンと膝をつくセレナ。
「ふふ、ふふふふふふふ。セレナ、ああ、可哀想に。怪我をしているのね。私が治してあげるわ」
「なっ……。その怪我はあなたがセレナにつけたものでしょう?!セレナに触れないで!」
セレナに近づこうとするその人に一瞬驚きで止まってしまっていた足を慌てて動かす。
「……大丈夫だっ……ての……あんたは黙ってな……さい……そいつは元々ぶっ壊れてる」
そんなセレナの辛そうな、絞り出すような声に思わず動きを止める。
本当に黙って何もしないほうがいいのかな。
このまま、何もせずに?
「ぶっ壊れてるだなんてヒドイじゃない、セレナ。ねえ、壊したのは誰か知ってる?あなただよ。ねえ、セレナ。ああ、私、あなたのこと大好きだったのよ。もちろん今も、これからも。なのに、ねえ」
狂気じみた口調でそう並べ立てると、膝 から崩れ落ちているセレナのもとへ行き、セレナの頭を容赦なく踏みつけるその人。
「ああ、セレナ。哀れで、無様で、可愛い、私のセレナ」
言葉を紡ぐほどにグリグリとセレナの頭を強く踏みつけるその人。
こんなの……!!
「やめて!!」
私は気付いたらその人に向かって走っていって思い切り体当たりをした。
倒れこんだ女の人を肩で息をしながら見つめているとセレナが少しだけ顔をあげて、漆黒の艶やかな黒髪の間から辛そうだけれどどこか嬉しそうな顔を見せた。
「ほんと、バカ」
そういって。
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