第14話 月光
「さてと、今日はとりあえずここらで休むわよ」
暫く魔法のじゅうたんを飛ばすと日も沈み始め、夕刻時、悪魔は道すがら見えた花畑に腰をおろした。
「さあてと、今日はここで寝ることになるけど」
「いや、待てよ」
楽しそうにそういう悪魔に疑問符を浮かべて改めて考えてみるとここで寝ることなんてできない。
そこら中に花が咲いているのだ。
寝転がればどれだけの花が潰されるかわかったものではない。
「仕方ないじゃない。他は泥沼とか森林とかしかなかったんだし」
さも楽しそうに意地悪い笑みを崩さずにそういう悪魔に僕は改めてため息をついた。
やっぱりこの悪魔はどこまでいっても性悪な悪魔だ。
「でも、あそことか、結構隙間あるし寝れるんじゃないかな。寝転がっては無理そうだけど体育座りとかなら」
柔らかな笑みを浮かべてそういうベジ。
そんなベジが指差す先には花が咲いていない、地面が丸見えの場所があった。確かにあそこなら寝ころぶことはできなくても、体育座りで眠ることくらいできそうだ。
それにしても、ベジは強いな。
柔らかであたたかく優しい。どんな辛く衝撃的なことがあってもそんな根底の部分がブレることがない。
もう一度ベジの柔らかな笑みを見やってやはり強い人だなと思った。
「見た感じ体育座りでも三人はキツそうじゃない。私は他の場所で時間つぶしてるからあんたら二人で寝なさいよ」
そういうと意味ありげな視線をこちらに向けてニヤリと赤い唇を歪める悪魔。
「なっ」
「でもセレナが……」
「大丈夫よ。悪魔ってあまり睡眠が必要ないの。まあ、本当はベジの指輪の中にいようかとも思ったけど」
そういってまたも意味ありげな目線をこちらに向けてくる悪魔。
いい加減腹がたってきたが、ここで怒鳴ってもいつもみたく口喧嘩がはじまってベジが困ってしまう。
我慢しよう。
そう思った矢先、ベジが不思議そうな声をあげる。
「?指輪にはいれないの?」
「やあねえ、だから、誰かさんはあんたと二人きり」
「わーーっ!わーーっ!!」
耳を塞ぎ声をあげる。我ながらバカみたいなんだけど、そうせずにはいられなかった。
どうしてこんな風になるのか。
理由は明白だ。
ーーそう、この女悪魔が執拗に僕とベジのことをイジってくるから!
だから、自然とそういう風に意識を持ってかれ、つい照れているような動作をしてしまうのだ。
つまり、マインドコントロールの一種なのだ、これは。
全く、してやられた。
今頃気付くなんて。
そんなことを思っているうちに悪魔は
「じゃあねえ、楽しんで」
などといって姿を消した。
「じゃあ、行こうか」
そういうベジに「うん」と答えて歩き出す。
そんな僕の頬はなんだかんだいって夕焼けと同じような色をしていたと思う。
漆黒の闇の中、ぼんやりと柔い光を放ちながら浮かぶ満月。
満月の光を受けて白っぽく見える周囲の花々。
隣でスヤスヤと寝音をたてるベジ。
こういう雰囲気弱いんだよな。
って前アイツにいったら意外って言われて笑われたっけ。
なんて、そんなことを思いながら頭をかく。
「はあ……」
いい加減寝よう。さっきから気づけばあいつのことや僕に親身になってくれた人達の顔が浮かんできてモヤモヤした気持ちがとめどなく溢れてくる。
ベジだってもう寝てしまったし、悪魔はどこかに行ったきり姿を見ないし。まあ、悪魔に関してはいつものごとく気づいたら帰ってきてるだろうからな。
問題はベジだ。
仮にも異性。隣で寝るなんてなんだか不埒な気がするのだ。
狭い空間だが、少し工夫すればベジに背を向けることもできるはずだ。
そう思って動こうとした、その時
「んっ……」
「…………っ!」
右肩にそっとかかるあたたかい重み。
フワッと香る野原のような香り。
身動きがとれずに固まる。
「…………」
ゆっくりと右側に視線をやる。
スースーと寝音をたてるその人は僕の肩に頭を預けて眠っていた。
ータッくんー
アイツの声が脳裏に響いて頭を左右に振る。
無邪気な笑みで、フワフワした金髪を風になびかせてーー。
「ソウくん…………」
その言葉にハッと現実に引き戻される。
「……っ」
ソウくん、そう呟いたベジの瞳から一粒の涙が流れ落ち頬を伝っていった。
衝撃の事実を突きつけられても涙ひとつ見せなかった。だから、ベジはやっぱり強いんだ。僕と違って弱くないんだと思ってた。
けれど、今、ベジは眠りにつきながら涙を流している。
ふと目の前に浮かぶ満月を見やる。
淡く優しい光でみんなを照らし暖かい気持ちをくれるそれはまるでベジのようだ。
満月はどこも欠けていないように見えるが、いつでも欠けていないわけではなくて、時が経てば欠けて姿を変えていく。
ベジも同じだ。いつも同じで変わらないブレない、強いって思っていても、本当は心が欠けたり満ち足りしていて、僕と寸分違わないんだ。
そのことに気付くとなんだか、胸の奥深くがじんわりとあたたかくなるようだった。
彼女はいつもこんなにもあたたかい。
彼女を見てると世界は傷みだけじゃないってただただそう思えるのだ。
あの時は自分のいる意味も存在意義も大切なひとの存在やあたたかな言葉すら見えなくなって冷たい海の底へ落ちていくようだった。
暗くて重くて息もできない、そんな場所。
大切なひとの声なんて聞こえるはずもない。
そんな場所からベジが僕を引き上げてくれた。だから、僕は、今ここにいて、アイツのこと、よくしてくれた友人のこと、思い出しては後悔したり悲しい気持ちになったりできるんだ。
もし、あの時ベジが救ってくれなかったら、僕は光があったことなんてなかったみたいに暗闇の奥深くへ落ちていっただろうな。
こんな感情、初めてだ。
これは、間違いなく悪魔が唆したからじゃなく、自分の中から自然にわいてでたものなのだ。
そう思うとその気持ちすらなんだか愛しくてあたたかく思えた。
だから言ったんだ。
こういう雰囲気弱いって。
ソウくん。それは多分前ベジがいっていたいとこのことだろう。
なんだか複雑な気分だ。
僕もそのうちそのソウくんとやらと同様に頼ってもらえるようになるんだろうか。
そんなことを期待してしまっている自分がなんだかおかしくて、フッと笑みがこぼれた。
翌日。
「はあい、おはよ、お二人さん。昨日はどうだった?」
そういってニヤニヤとこちらを見やってくる女悪魔を一瞥する。「別に普通だったよ」そう言おうとするとベジが、
「なんだかすごくあたたかくて優しい気持ちで寝れたよ。そのおかげで良い夢も見れたんだ〜」
という。
それって、前者の方って、僕のことなのかな、なんて、違うよな。
そんな風に思いつつも頬は自然と色づいていく。
「あら、坊やが真っ赤になってるわよ。そろそろ行きましょ。坊やが爆発しちゃう前に」
「爆発なんてしないからな!」
からかいおえて満足したというように僕のじゅうたんを懐から取り出し(なんだかもう抵抗するのにも疲れてしまったので悪魔に預けた。一回一回あの尻尾で刺されていてはたまらないからね)それを広げると早速乗り込む。
「はあ……」
深いため息をつくと僕は悪魔に続いてじゅうたんに乗り込んだ。
「さ、あと少しで私の故郷につくわよ」
そういってニヤリと笑う女悪魔に若干の、いやかなりの嫌な予感を感じながら……。
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