第三十二話 混沌浸食係数666の、そのさきへ
「ふっざけんじゃねぇえええええええええええええ!」
脳髄が沸騰する。
魂が赤熱する。
怒りがすべてを朱に染める!
叫んだ瞬間。
俺という存在を、超暴力の化身をつなぎとめる拘束具が。
人を殺してしまったことで戦えなくなった愚かな神が、もう一度戦うために手にした仮想人格が崩壊する。
生徒会長。
大十字ナコト。
今日という日まで、俺の暴走を阻んできた偉大なる英雄が。
盟約のあの日、俺の代わりにこの神力を使ってくれると約束してくれた優しい男の魂が。
彼という存在が、その刹那、消滅する。
俺が人間でいられなくなる。
当然だ。
本来、玖星アカリとは邪神ナイアルラトホテップの一側面に過ぎない。
おおよそ人間とは相いれない邪悪の塊が、俺なのだ。
それをこの世に仮につなぎとめるため、肉体を差し出していたのが──誓約を結んでいたのが、直轄者・大十字ナコトだったのである。
では、彼がいなくなればどうなるか。
俺という存在は消滅するのか。
──違う。
混沌浸食係数
378
469
514
600
そんなもの、決まっている。
629
645
663
リベリオスが悲鳴を上げる。
その無貌が、苦しげに身をひねる。
胎動だ。
神話型アグレッサー、直轄者変異体。
あの劣化クトゥルフ──仮にクトゥルフ・イマージュとしようか──は、いまだ気が付かない。
もはやそんな位階に俺はいないのだから。
クトゥルフ・イマージュは暗い愉悦を持って、その触手の先に番えた破滅の矢を、今まさに。
織守ステラたちがいるはずの場所へと、射出した。
大気がゆがむ。
空が割ける。
海が割れる。
戦略核の7千倍もの熱量が放たれて──
664
665
「──俺は、おまえを許さない!」
俺は、深紅に染まる脳裏に。
怒りに、すべてを明け渡した。
混沌浸食係数666%突破
混沌庭園の最大開放条件に合致
その刹那。
この世界に、救いようのない邪悪が、降臨する。
『IRUUUUUUUUUUUUUUUUUGAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
はじける光。
驚愕の咆哮を上げるイマージュ。
当たり前だろう。
今しがたすべてを滅ぼすという確信をもって放たれた光が、神が確信した破滅が、俺のかざした右手ひとつに握りつぶされたのだから。
この全身を拘束していた触手はもはやない。
すべてを引きちぎり、俺は空間を跳んだ。
そして──
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA──』
歌う、謳う、詠う。
リベリオスの中核に備えられた疑似・輝く多面体が、狂ったようにすべてを吐き出す。
それは闇──闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇──
それは光──光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光──
圧倒的に正逆で、圧倒的に同一な、正しく/間違った、混沌のるつぼ。
開かれるのは地獄。
世界の終わり、この世の最果て。
終わりの始まり──混沌庭園。
恐怖を覚えたのだろう。
哀れな邪悪が、俺へと無数の触手を投射する。
それはリベリオスの肉体を貫き、破壊し、完全に崩壊させ──
『なぜだ』
邪悪が、人の言葉を口にした。
『なぜだ? なぜだ、なぜ? なぜなぜなぜなぜなぜ──なぜだああああああああああああああああああ!?』
それは絶叫する。
この身を破壊せんと無数の破滅をほとばしらせながら。
だが、それはあまりに無意味だ。
なぜならすでにこの身は。
邪神にして/混沌の渦なれば。
「──制約兵装
俺の全身を、触手は砕く。
だが、その瞬間にはその部分が、もとよりそうであったかのように復元し、また霧けぶる。
俺は、煙か雲霞の大群の如くなって、いかなる攻撃を前にしても崩壊しない、形を持たない霧となったのだ。
俺が人類を守るうえで課した制約は3つ。誓約と同じく、3つ。
混沌庭園を完全には開かない。
邪神としてふるまわない。
そして──人を殺さない。
この3つの枷を、俺は自らの意志で、灼熱の怒りをもって、引きちぎる。
……連続する重たい刺突音。
真っ暗闇のリベリオスのコックピットの中。
暗黒の中におさめられた俺の全身に、まるで血管のような、赤い、赤いいくつもの胎動するケーブルが突き刺さる。
それは俺の魂を、人格を、肉体を砕き、すりつぶし、ただ無秩序に栄養源として吸い上げていく。
それによって俺が、玖星アカリがどれほど損なわれたとしても。
大十字ナコトが消えてしまったとしても。
もはやそれは、躊躇しない。
同時に、リベリオスが変貌する。
背後の12対24枚の翼が溶け合い、巨大な一対の鶴翼を展開。
それは羽の代わりに無数の目玉をはやす、異形の翼。
四肢が混沌にほどけ、溶けあい、元の3倍ほどもある獣のようなそれに変性。
無貌の巨神。
その頭部を横断する三つの赤い飾り角。
それがすべて。
縦に裂けた。
ぎょろりと覗く、巨大な、邪悪な、紅蓮の瞳。
それは三つの瞳。
燃え上がる三眼。
同時に俺の額にも、仮面が消えたそこに、王冠が形成される。
赤い宝玉が、血の塊のような不吉の象徴が埋め込まれた王冠が現れる。
目覚める、これは闇を狩り立てるものなどではない。
これは、邪悪をもって邪悪を駆逐する暴虐の魔王。
邪神──
「
『なぜだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
俺は。
哀れな直轄者の。
恐怖と絶望の叫びに、昏い愉悦の笑みを浮かべた。
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