幕間 世界の真実と、神様と英雄

 我は、死んだ。

 ずいぶんと昔の話だ。

 が愛するものを守るために──あるいは、が愛したものを守るために。

 人間だったころの……いや、人間として未だあり続ける俺の名は、大十字ナコトという。

 ただの少年兵だ。

 どこにでもいる、ありきたりな、使えない人間。

 だけれど、俺は戦渦に巻き込まれる無辜の人々を救いたかった。

 空を覆い来襲する、黄金のバケモノの群れ。

 それに貪り食われ、踏みつぶされ、蹂躙されるだけの人々を、何とか守りたかった。

 だから、戦った。

 戦って、戦い続けて、死にかけて──


 そして大十字ナコトは、宇宙の真実を知った。


 この暗黒の世界の、真実を知った。

 絶望的な、最悪を刻み込まれた。

 すなわち──


 この世界には、邪神しかいないという現実を。


 神などいない。

 善き神などいないのだ。

 俺が知ったことはたった一つだ。

 それだけだ。

 この世界は邪神によって支配されており──、残っているのは、夢の狭間のようなうたかたのそれだということを。

 俺は死の瞬間知って、そして願った。

 なにを望んだのか。

 知れたこと。

 俺は望んだのだ、復讐を。

 恩讐を。

 この世に巣食うすべての邪神を殲滅する──

 一切合切、殺してころす。

 それが、それだけが、今際のきわに俺が覚えた願いだった。

 それを果たすためならば、なにを犠牲にしてもいいと、自分の何を差し出してもかまわないと、そう思った。

 心の底から、魂すら売り払って、俺は祈り、願ったんだ。

 そして──


 その願いは、悪魔によって、叶えられる。


 地面に倒れ伏し、血を流す俺を、その黒衣の男は見下ろしていた。

 化け物に砕かれ、下半身を喪失し、内臓と糞尿、血を垂れ流し、目には光もない死者たる俺を、その男はじっと見下ろしていた。

 烏羽玉うばたまの髪に、石化石膏アラバスターのように白い肌。

 そして、燃えるように赤い、真っ赤な三つの瞳。

 その男は、俺に言った。


『願いを、果たしたいか』──と。


 力が欲しいかとは聞かなかった。

 邪神が憎いかとも問わなかった。

 ただ、願いを遂げたいかと、その男は──彼は繰り返し俺に問うたのだ。

 俺は、答えた。


 もし願いが叶うなら、この世界からすべての邪神を駆逐できるなら、なんだってすると。

 なにを売り払ってもいいし、なにを代償にしてもいい。

 この肉体も、魂も、名前も、過去さえも明け渡して構わないと。

 そう、切に願った。


 男は、


『……我はその願いを、承認した』


 そして、俺の願いを聞き届けた。

 その瞬間から、俺は我になった。

 彼は俺になった。

 人間──大十字ナコトは、邪神──ナイアルラトホテップと契約し。

 ナイアルラトホテップは、そうして人間の肉体を得たのだ。

 のちに俺は──我は思い知る。

 その存在が、どれほどに邪悪であるのかを。

 この魂をむしばまれ、刻一刻と異形に変じ、すべてを失いながら、思う。

 ナイアルラトホテップよ。

 よ。

 おまえは、あまりにも。


「優しすぎる」


 だから。

 今この一瞬、我はおまえに。

 すべてを差し出すことにしよう。

 この──悪逆を憎む、恩讐さえも。

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