第二十八話 深海よりの使者

 彼女がその時どんな顔をしていたか、正直に言えば、俺は見ることができなかった。

 そもそも顔を上げることはできなかったし、


「あの、アカリ。あたし、夢を見たの。不穏な夢よ。この町がね、燃え尽きてしまう夢。そして、そこには黒衣の人物が立っているの。ねぇ、アカリ。いまのお話の人って、ひょっとして、その人って──生徒会ちょ──」

「ステラ」


 なにかを言いかけた彼女の言葉を、俺は遮る。

 頭を上げる。

 少女は困惑していた。

 あたりまえだろう、だから、告げる。


「いますぐガーデンに戻って、全員をたたき起こせ。緊急事態だ」

「は──はぁ? あんたなにを言ってんの?」


 頭でもおかしくなった?

 そんなことを、ステラは言う。

 否定する材料はない。

 おそらく、俺はずいぶんと昔から狂っている。

 それでも、俺は彼女に強く、言葉を投げるよりほかなかった。


「いいか、15分以内にガーデン職員をすべて避難させられる状態にしておくんだ。状況は劣悪だが……大丈夫だ。可能な限り、俺が状況を引き延ばす。必ず、おまえたちを守る」

「だから何を言って……守るって、あんたそれこそ保護者みたいに──って、冗談じゃ、ないみたいね?」


 俺の表情を見て取って、彼女は態度を変えた。

 目元を鋭くし、戦士としての織守ステラへと変性する。


「わかった。15分以内ね。任せない」

「できるのか」

「できるのかって……あたしを誰だと思ってんのよ?」


 天下無敵の副会長よ。

 不敵な笑みを浮かべ、そう告げた彼女は、即座に踵を返し、ガーデンの宿泊施設へと走り去った。

 俺はその背中を見送り。


──」


 背面へと、言葉を投げる。



 そこに立っていた男は。

 その、初夏だというのにマフラーに白衣姿の男は。

 滋由ジュウゴ所長は、醜悪な笑みを浮かべ、こういった。


「では、場所を改めましょうか──魔に連なるご同輩?」


 ふいに、視界がゆがんだ。

 地面が揺れる。

 地鳴り、地震、アースクエイク。

 俺の鼻先を、腐った潮の臭いがかすめて──

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