第二十六話 夜の海岸にて

「この周囲で、最近眠り病ともいえる病が多発していましてね。発症したものは次第に衰弱死、目覚めなくなる。その特効薬として、スペース・ミードは注目されているのです」


 日中、さんざん海ではしゃいだ俺たちは、日が暮れるとともに滋由所長が用意してくれたBBQに参加した。

 あのあとも、ビーチバレーだの、ビーチフラッグだの、遠泳からの潜水だの。

 身体を極限まで酷使し、ほとんどフルマラソンを2回走り終えたような運動量を経験した俺たちは、しかし依然として元気なままだった。

 スペース・ミードは、確かに強壮薬として高いスペックを発揮したのである。

 そうして、それだけのデータが出そろったところで、滋由所長はそんな話を口にしたのだった。


「現段階でも、発症者には限定的な投与がなされ、結果として一時的に意識を取り戻すことができています。しかし、またすぐに眠り病へと落ちていく……私は、なんとかそれを改善したいと思い、あなた方に来ていただいたのです」

「そんなもん、ワイらでなくてもよかったやろ」


 骨付き肉へ豪快にかぶりつきながら、シリュウはそんな、全員が思ったであろうことを代弁して見せた。

 すると所長は困ったような表情になって、


「地球連合からの指示でして……」


 と、口を濁した。


「流星学園の学生は、DR耐性が先天的に高い方ばかりです。だから、今回の投薬試験にも耐えられるだろうと」

「はーん、いつものモルモットってわけや」


 あほらしいとばかりに食事に戻るシリュウ。

 ほかのメンツも、呆れたように意識を散らしていく。

 DR耐性は、プロウトビット・オーパーツに対する免疫のようなものだ。

 科学的な説明が困難なオカルトであるPO。

 それを使用したとき、精神と肉体へ影響がどれほど出るかの指標だ。

 おおよそ、常人を15とするなら、学園の生徒は68ぐらいだろう。

 POという遺物は、それだけの適性を示さなければ使いこなせないなのである。

 所長からの話はそれで終わりだったらしく、食事が再開された。

 ガーデンで促成栽培された各種野菜や、肥大化した家畜たちの肉を炭火で焼き、各自堪能していく。

 内臓系も運動量の割にはまったく陰りを見せず、シリュウはハンバーグにかじりついているし、キリヤくんは焼きトウモロコシを小動物のように齧っている。

 菜食主義のレンカちゃんたちは野菜を大量に食べているし、ネコ耳のバカは魚介類に舌鼓を打っている。

 ショウコだけが、量産される焼きおにぎりを黙々と食べていた。

 俺は焼きイカ──近海でとれた、奇妙に大きく、磯の風味がひどく強い代物だ──を齧りながら、そんな彼らを眺めていた。

 この間の飲料もすべてスペース・ミード。

 だれひとり疲れる様子はない。

 宴はどこまでも続く。

 ようやく皆の狂騒がおさまり、就寝したのは夜半を過ぎたころだった。

 やはり若さだけでない。

 POスペース・ミードは、人間ですらここまで活性化するのだ。


「…………」


 不敵にして無敵。

 天下最強の副会長ステラも、例外ではなかった。

 彼女はついさっきまで、俺とベッドの権利問題で喧々囂々、侃々諤々の議論を交わしていたのだけれども……しかし、いまは眠っている。

 ちょうど小さな地鳴りがしたころだっただろうか。

 所長に確認したところ、ここの数日は珍しくもない余震のようなものらしい。

 重要なのは、ステラが眠ってくれたことだ。

 ああいう甘酸っぱい話は、俺の領分ではないのだ。

 彼女がしっかりと夢の世界に旅立ったことを確認した俺は、そのまま外へでた。

 部屋の外に。

 そして、施設の外──夜の海岸に。

 いくつか、気になることがあったからである。

 海。

 暗い、暗い夜の海を眺めながら、日中のことを思い出す。

 確かステラと、スイカを食べていたときのことだ。

 彼女が俺に、こんなことを言った。


「なに見てるわけ?」


 ぼうっと遠くを見つめる俺への問いかけだ。

 俺は、正直にこたえた。


「キリヤくんやキキョウちゃん、ショウコたちを見てた」

「水着に欲情とかしてるわけ? うわぁ、変態だ……」


 割と本気で引いた表情を見せるステラ。

 違います。

 俺はそんな、幼いリビドーを抱えてません。


「で、でも、あたしのことはきれいだって……」

「そりゃあな」


 きれいなものは、きれいだと思うさ。

 だけれど、彼女たちは、少し違う。


「まぶしいなって、思ったんだ」

「まぶしい?」


 そう、まぶしい。

 日の光の中にあって、それでなお、彼はじつに生き生きしていた。

 とても、輝いていた。

 だから、まぶしい。


「まあ、確かに青春を謳歌してるわね」


 彼女の視線の先で、少年少女たちは水をかけあって遊んでいる。

 流星学園における、苦しい訓練のさなかには見出すことのできない表情だ。

 かけがえのない輝きだ。

 俺はそれを、美しいと思う。


「なくしちゃいけないものだと、俺は思うんだ」


 正直にそんなことを言えば、ステラはじっと俺を見つめ、それからシャクリと、スイカを齧る。

 そうして、言った。


「あんたって、まるで保護者みたいなこと、言うのね」

「…………」


 彼女の言葉に、俺は反論できなかったし、反論する気もなかった。

 ただ、いつもどおりへらりと笑って、彼女たちをいつまでも眺めていただけだ。

 まぶしさに、ずっと目を細めていた。

 ステラはなんだか、そんな俺を微妙な表情で眺めていた。


「……あいつは、知っているのだろうか」


 現実へと意識を戻した俺は、ポツリと呟く。

 かけがえのないといえば誰よりも。

 まぶしいというのなら、どんなひとよりも。


「俺は、おまえのことを──」


 言いかけた言葉は、そのまま夜気に解けていった。

 代わりに、また別の。

 あるいは、それこそ特別な。

 失ってしまった、かけがえのないもののことを、俺は思い出していた。


「……アカリ?」


 背後からかかる声。

 聞き知った、彼女の声。

 振り向けばそこに、浴衣姿の織守ステラが立っていた。


「えっと、なんだか……嫌な夢を見て、不安で……起きたらあんたがいなかったし……」

「そうか。そういうことか……なぁ、ステラ」


 俺は彼女に。

 不安げな表情を浮かべた少女に、こう言った。


「英雄の話を、聞いてくれないか」


 世界から忘れ去られた、一人の男の話を──

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