第二十五話 スーパー水着大戦

 燦然、照り付ける太陽。

 どこまでも続く白い砂浜。

 限りなく青に近い、マリンブルーな海。

 海パンひとつで腕を組み、砂浜に立ち尽くしながら、俺は複雑極まりない心中で瞑目を続けていた。

 となりでは、サイケデリックな水着にグラサンというどうしようもない格好のシリュウが、同じように太陽をにらんでいる。

 俺たちのこめかみからは、汗が流れ始めていた。


「シリュウ」

「なんや、コッコノホシ」

「……生きろよ」

「善処するわ……」


 そんな不毛な会話を交わした時だった。


「おまたせなのですー!」


 はつらつとした声が、背後から響き渡った。

 俺とシリュウが、同時に振り返る。

 そこには、ガーデンの施設の出口から、手を振りながらこちらへかけてくるいくつかの影があった。

 先頭を走っているのは、フリルがやたらついた白い水着(?)という感じのキキョウちゃん。胸やお尻の発育こそあまりないが、くびれはなかなかのものである。

 その後ろをゆっくりついてくるレンカちゃんは、緑色のやはりフリル過多な水着を着用し、あでやかな笑みを浮かべている。


「どーですか、おにーさん! キキョウちゃんとレンカちゃんのサービスシーンですよ!」


 フンス!

 と、鼻息荒く俺の前で立ち止まり、ありもしない刃を交差で切り付けるようなポージングを決めるふたり。

 キキョウちゃんに至っては、即座にそのポーズを解いて、露骨に腕に絡みついてこようとする。


「待て、待て待て待て!」

「むー……お兄様、いけず」

「キャラが変わってるよね、レンカちゃん!?」

「夏の浜辺は……乙女を大人にするものなんだよ、お兄様……」


 突っ込みを入れれば、意味が分からない返答が返ってきた。

 頭を抱えそうになっていると、残りのメンツもやってきた。


「どーにゃ! このダイナマイツなミーのボデーで悩殺覿面雨霰!」

「いつにもまして意味がわからん……」


 ビキニの、その豊満な胸を寄せて見せながら、ずいぶんと古いポーズをとる呉羽マイ。

 メガネの縁も赤色になっており、そこはかとなくエキゾチックである。


「や、あんまり……見ないでくれるかな、玖星クン! 自分的には、これはちょっとないからな!」


 もじもじと体をくねらせ、格好を隠そうとするショウコだが、その出るものが出ている体を隠すのはかなり難しい。

 しかもなにを思ったか競泳水着なんて着込んでいるものだから、体のラインが顕著であり、ええ、控えめに言ってエロかったです。


「…………」


 そして、無言でない胸を張る学園指定水着スクミズを着用したキリヤくん。

 あまりのフェティシズムの塊に、脳を持っていかれそうになるが、耐える。

 本人が恥ずかしがっているようなそぶりもないので、余計にあれである。

 ベネ、ディ・モールト・ベネ。

 というわけで、その他数名も水着で浜辺へと集合した。

 誰かを忘れているような気もするが、気のせいだろう。


「えっと、じゃあ、滋由所長の指示通り、それぞれ好きにレクリエーションを……」

「……玖星先輩」

「なんだい、キリヤくん?」

「いっしょに、砂のお城、作りたいです……」

「…………」


 ふむ。


「よし、俺はこれからキリヤくんと遊ぶから邪魔をしな──」

「お兄さんはキキョウちゃんとレンカちゃんと一緒に釣りをするのですよー!」

「にゃにゃ! ミーと一緒に素潜り潜水耐久レースをやるのでは!?」

「まてまてまて! わたしと水上バイクをつくる約束だろう!?」

「なんやこれ不公平やろ! なんでコッコノホシだけ引っ張りだこやねん! そりゃこんなイロモンどもいらへんけど、ワイも、ワイらもモテたいで!」


「「「「誰がイロモンだもういっぺんいってみろ」」」


「…………」


 女性陣の一糸乱れぬつっこっみに、冷や汗を垂らし黙り込むシリュウ。

 次の瞬間、彼は、


「あー! そういえばワイ、遠泳の一人レコード更新をするんやったー! ……ほな、さいなら」


 明後日の方向へそう宣言すると、熱された砂浜を走り、一人海へと飛び込んでいった。

 ……その両の眼から、ちょちょぎれんばかりに涙が零れ落ちていたことを俺は忘れない。

 さらば、水之江。フォエヴァー、シリュウ。

 君のことは忘れないよ……


「えー、冗談はともかく、各自に専念してくれ。できるだけ疲れて、寝つきが良くなるような内容が望ましい」

「……はーい」


 俺がそう言うと、しぶしぶといった様子で全員が解散していく。

 そうして、各々、レジャーを始めた。

 数人の生徒会役員が困惑した表情で残っていたため、走り込みと水泳をするようにと明確な指示を出す。すると彼らは、安堵の表情で行動を開始した。

 ……キキョウちゃんたちのように、灰汁が強くなれとは言わない。

 だけれど、自主的な判断力ぐらい身に着けてほしいと、そう思う俺だった。

 突発的な指導役としての役目を果たした俺は、木陰へと移動する。

 そうして、少し休もうかと横になった。

 ヤシの木の下にできた影は、砂をひんやりと冷やしてくれており、なんとも心地が良い。

 目を閉じる。

 滋由所長は、こういったのだ。

 超栄養剤であるスペース・ミード。

 それを人体に使用した場合のデータがほしいから、俺たちに服用しろと。

 服用し、多くのデータをとれと。

 そのための、海での遊戯だった。

 砂浜を走れば足腰を使う。

 泳ぎ始めれば全身を使う。

 砂のお城を作るにしても、釣りをするにしても、潜水を極めるにしても、持久力や集中力は必要となってくる。

 スペース・ミードはそれらすべてを活性化させ、いつまでも持続させる。

 だから、いくつものをする必要があった。

 くたくたに疲れるまで。

 あるいは、疲れないのかもしれないが。

 


『──それでいいのか』


 誰かが脳髄の中でつぶやく。

 人体実験を許容していいのかと、正しいことを言う。

 反論はできない。

 それでも、これが必要なら──


「──ずいぶん、辛気臭い顔してるじゃない」


 せっかくのビーチなんだから、楽しんだらどうよ?

 そんな、凛とした声が降ってきた。

 ゆっくりと、目を開ける。

 俺は、目を瞠った。


 惜しげもなくさらされる、健康的な肌の色。

 均整の取れたバストを包む水着は、海よりも鮮やかな水色で。

 腰には、黄色のパレオがまかれている。

 腰と、胸、それをつなぐクビレのラインは、もはや神の造形によるものとしか思えないほど美しく。

 アップにまとめられた星色の髪の毛と、そしてそれによって覗くうなじは、俺の視線は吸い寄せて離さなかった。

 どこか戸惑ったような表情で、彼女──織守ステラは、頬を薄く染めている。

 普段は強い意志が宿っている瞳は、心持ちうるんでいるようにさえ思えた。


「……きれいだ」


 我知らずそう呟けば、


「ばっ!?」


 真っ赤になかった彼女が、俺を踏みつけてこようとする。

 なんとか身を翻しかわすが、追撃でこぶし。

 それは鼻先に激突する寸前で止まり──ゆっくりと引っ込んだ。

 口元をわなわなと震わした彼女は、なにかを言いかけて……やがて、ため息をつく。


「はぁ……あんたって、そういうやつよね」

「……褒められてないのは、わかった」

「そのとおりよ。それより、誰かと組まなかったの? あんたはおまけ扱いだから、別になにしてもよかったのに?」


 書類的な手続きを済ませてきたため遅れてきた彼女は、そういって首をかしげるが、俺としても返答はしにくい。

 ただ、ちりちりと首筋を焼くが気になって、それでころではなかっただけの話だ。


「人見知りがするもんでね、ふたりぐみをつくてーだとだいたいあぶれるのが俺なの」

「ほっんと、作戦立案以外、ダメ人間なのね、あんた……」


 ありありと失望した様子で俺を見つめてくるステラさん。

 あ、痛いです。その視線は痛いです。

 一方的に俺が打ちのめされていると、彼女は何度目とも知らないため息をつき、やがて笑ってみせた。


「まったく、仕方ないわねぇ……仕方がないから」


 彼女は、言った。


「あたしが、一緒に遊んであげるわよ」


 差し伸べられる彼女の右手。

 俺は。

 玖星アカリは。


「……お手柔らかに」

「むり。ビシバシ行くわ」


 そうして、ひと夏のアバンチュールに、身を投じたのだった。

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