第二十四話 モルモットに蜂蜜酒を
「…………」
「…………」
案内された部屋に入り、俺は言葉を失った。
恐る恐る隣を伺うと、ステラもなんとも言えない表情をしている。怒っているようにも見えるし、殺気立っているようにも見える。
眼をぎゅっと閉じ、口を固く結び、頬を薄紅に染めている様子から察するに、危険度はAAAといったところだろうか。
無論、最悪ということだ。
清潔な室内。
海の見える大きな部屋。
机や湯飲み、湯沸かし器、ユニットバス、クローゼット、テレビジョン、パソコン……必要だと思われるものは大概すべてあった。
そう、すべてだ。
たとえば──
「どうして」
俺とステラは、ほとんど同時に叫んでいた。
「「どうしてダブルベッドに枕が二つなんだ」のよおおおおおおおおおおおお!?!?」」
……かくして、壮絶な
◎◎
「そりゃ……あたしだって、アカリと相部屋がいいって言ったけど……」
「諦めろよ……どう考えても、これ、俺の罰ゲームだから……」
「ドーユー意味よ!」
やめてぇ、ひとさまの研究施設の廊下で胸倉掴みあげるのやめてぇ。
しかも、仮にもおまえは流星学園の代表なんだよ……
「まあ、それはいいわ」
「いいのかよ」
「よくないけどいいの! 後のことは後で考えるわよバーカ! それより……どう思う、アカリ?」
急激に真剣なトーンを取り戻し、俺へ訊ねてくるステラ。
俺も、真面目な表情を取って、答える。
「ああ、ここは聞いていたよりも……進んでいるようだな」
待機所として貸与された自室から出て、俺たちはブリーフィングルームへと向かっていた。
しかし、施設内を一通り見ておきたいというステラの言葉に従い、あちこちを見て回ることになった。
その過程で、多くのものを見た。
「南のエリアは植物園のようだったわ。南国の植物、果樹……そういったものが広大な温室で育てられていたもの」
「植物プラントもあった。食用の作物はだいたい揃っていたな。北側は動物だったか」
「ええ、まるで牧草地のように生い茂った餌用グラス。そして豚、牛、羊、鶏……家畜と呼べるものはほとんどいたわ」
他のエリアまで目を通す余裕はなかったが、その二つを見れば明らかだった。
ガーデン──地球環境改善機構は、現在大規模なリ・テラ計画を推進している。
それは、絶望的に荒れ果てたこの大地を、かつての姿に戻そうとする試みだ。
そのために、地球連合と共同で緑地化プロジェクトが動いている。
その一環として、植物種の増殖と、家畜の安定供給が高い優先度で施行されているのだが、この施設はどうやらそれだけではない。
家畜も、植物も、明らかに通常種とは異なる。
それは、一目見てわかることだった。
何故なら──
「アカリ、ついたわ」
ステラが小声で、俺の思惟を遮った。
いつのまにか、ブリーフィングルームの前までやってきてしまっていたのだ。
すまないと彼女に声を掛けつつ、扉の認証装置に左手の端末をかざす。
「……ああ、やっとお越しくださいましたか。それでは、実験の趣旨をお伝えしたいと思います」
既に集っていた流星学園生徒会プラスアルファと、そして滋由所長。
彼はにっこりと笑うと、話しを始めた。
「釈迦に説法でしょうが、PO──プロウトビット・オーパーツは、科学的な再現が困難な、オカルトの領域に一歩踏み込んだ場違いな遺物です。しかし、まったくアプローチができない訳ではありません。我がガーデンでは、現在みっつのPOについての研究が進んでいます」
そのうちのひとつは、ニトクリスの鏡。
もうひとつが、トゥルー金属。
そうして、さいごのひとつが、スペース・ミードだ。
「次元屈折現象の発生が確認されているニトクリスの鏡は、現在兵器に転用すべくプロジェクトチームが動いています。数日中には試験にこぎつけられるはずです。トゥルー金属は触媒としての効果が大きく、様々な薬品の効能を飛躍的に高めます。また撥水の性質があるのですが、何故かこの近くの海底から採掘できます。採掘場にも、機会があれば案内したいですね」
そうして、ここからが本題だと、彼は表情を改める。
「皆さんには、これの試験をして頂きます」
そう言って彼が取り出したのは、アンプルに入った液体だった。
「おー、ニャンであるか、その琥珀色からしてあからさまな黄金色の液体は? 袖の下なら、ミーは喜び勇んで庭かけまわるわけダガ?」
「呉羽マイさんでしたね、独特の話し方をされる。これこそがスペース・ミード。この施設で研究しているPOのひとつつであり、世界緑化計画──リ・テラ計画の要です」
「具体的にはなんなんや?」
ひとりパイプ椅子にふんぞり返っていたシリュウが、特に興味もなさそうに尋ねる。
所長はすこしだけ目を細め、答えた。
眩しいものでも見るかのような所作だった。
「簡単にいえば栄養剤です。焦土化した大地でも、このミードと水さえあれば、植物は立派に生育します。また、動物の食事に混ぜることで発育を促すこともできます。病やストレスにも強くなります」
「ふーん、意外にすごいわね」
「ですねー、キキョウちゃんもそう思います」
頷く各務姉妹に対し、ショウコの表情は芳しくなかった。
どうやら俺と同様、この後の展開が読めてしまったらしい。
スペース・ミードについて、俺よりよほど詳しい専門家が知り合いにいる。彼の言葉を借りれば、「凄まじいまでの精力剤」が、それの本質らしい。
だから、なにをやらされるのかは、考えるまでもなかった。
「で、あたしたちはなにをすればいいわけ?」
腰に手を当て、滋由所長に問いかけるステラも、たぶん薄々理解していたのだろう。
その表情はどことなく芳しくない。
そんな俺たちを勇気づけるかのように、所長は穏やかな表情を浮かべて、小さく頷いて見せた。
「はい。簡潔にいうと、モルモットになっていただきます」
そうして彼は、こう言ったのだった。
「この栄養剤を飲んで──そこのプライベートビーチで、思う存分遊んできてください」
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