第二十三話 ウェルカムようこそ圦洲口
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。D.E.M.傘下、地球環境改善機構及び人類適応促進センター〝ガーデン〟所長の、
装甲列車を降りるなり、俺たちはそんな風に声を掛けられた。
見遣ると、波打つ髪に白衣という格好をした人物がそこに立っている。
一陣の風が吹き、その髪が踊った。観光地としての
彼の体型は、ダルマのようだった。
猫背でずんぐり、とくに腹が出ている。
この暑さだというのに、手には厚手のハンドグローブをはめ、首許にはマフラーを巻きつけており、変人みが強い。
マフラーが、半ば口元まで覆っているためか、若干言葉が不明瞭で、顔の輪郭も髪の毛と相まってわからないことも、それに拍車をかけていた。
苦虫をかみつぶしたような表情で、俺は彼を見詰めていたのだが、対する滋由所長は楽しげにこちらを一瞥するだけだった。
嫌な味の苦渋を飲み干していると、荷物を下ろし終えたらしいステラが一歩、前に出て口をひらいた。
「初めまして滋由所長。あたしは織守ステラ。流星学園生徒会副会長で、今回の現場責任者にあたるわ。つまり代表だと思ってちょうだい」
「おお、あなたが織守さん。噂はかねがね聞き及んでいます。なんでも、一年前の東北戦線では、単騎でアグレッサーを16体を屠り、さらなる増援を耐え抜いて生還したレコードホルダーだとか」
「あれは──」
ちらりと、ステラの揺れる瞳が俺を見る。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに彼女は滋由所長へと向き直った。
「生徒会長──国際コード〝N〟で識別されるひとの力添えがあったからだわ。残念だけど、あたし個人の力じゃない」
「それでも、あなたを英雄視するものはいます。ガーデンにも、シンパがいるぐらいですから。そう、あなたは重要人物だ」
声をあげて、ひとりで笑う滋由所長。
ステラは曖昧な表情でそれを受け流す。
所長も、その様子に何か思い当たるものがあったのか、表情をやや真面目なものへと変じた。
「それはそれとして……では、さっそくですが我が研究所──ガーデンへと案内させて頂こうかと思います。荷物などを置かれました、ブリーフィングルームへ来てください。いま、所内の地図を転送します」
言うが早いか、滋由所長は右手首の端末を弄る。すぐに俺たち全員の端末が電子音を奏で、データの着信を教えてくれた。
その内容を確認したステラはひとつ頷き、それから滋由所長へと問いかける。
「ところで、部屋割りのことなんだけど」
「あ。そうでした、こちらの空き部屋不足で、みなさま相部屋になってしまっているのでしたね。面目ない限りです。ですが、待機所としては十全な環境が揃っているはずです。ご安心ください」
「……部屋割りはこっちで勝手に決めたんだけど、構わないわよね?」
無論ですと頷く滋由所長。
よし、と小さくガッツポーズをとるステラ。
不平を垂れ流すその他一同。
「横暴や! なんでワイがショウコと同じ部屋やねん! 色気もヘッタクレモないわ! ないわー!」
「むかっぱらがたつ言い方だな、キミ! ショウコちゃんだってキミはまっぴらごめんだよ! この送り狼!」
「権力の無駄遣いね」
「お兄さんと一緒がよかったですね……でも、カレンちゃんとなら及第点」
「副会長……大人げない……ぼくなんて……」
「ミーは十六夜さんと一緒にゃし、構わないにゃ! いざ、ひと夏のあばんちゅーる!」
「《《うるさい」》」
めいめいが好き勝手喚きたてているところに響き渡る、ステラさんのドスの利いた一言。
外野は一瞬で凍りつき、一様に冷や汗をたらす。
「これは公平なゲームで決まったことよ。もし反故にしたいっていうなら、相手になるけど?」
「お、副会長と戦えるんか? やったらワイが──」
「問答無用で、蹴り潰す」
「────」
もはや、反論しようとするものなど、その場には皆無だった。
沈黙に支配されたその場に、ミスマッチな笑い声が響いた。
驚いて見遣ると、滋由所長が楽しそうに腹を抱えて笑い声をあげていた。その眼には、涙さえ浮かんでいるように見える。
「なんです?」
問いかけると、彼は「失敬、失敬」と手を振って、
「いやあ、若いというのはいいことだと、そう思いましてね」
と、目を細めて、そう言った。
「いやいや、話題がそれましたね。では、案内を再開します。各人部屋につきましたら、すぐに実験開始ということで集合を。なにぶん危険な土地で、地下ではクトーニアンとかいう神話型アグレッサーが過去に観測されたこともありまして……あ、ですが、少しぐらい施設を見回るのは構いませんよ。あ、いえいえ、どうかご安心を。なにせ第一の実験は──」
彼は、意味深な笑顔で、こう言った。
「疲れないため──そして眠らないための、テストなのですから」
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