第二十二話 楽しい(装甲)列車の旅

 ガタンゴトンという揺れを、身体すべてで感じながら、俺は覗き窓を開ける。

 鋼鉄で形作られた防御壁に、一文字の隙間がひらく。

 そこからみえるのは、外の世界だ。

 高速で流れていく景色は、風情豊かな緑の田園──とはいかなかった。

 どこまでも続く、荒れ果てた世界。

 建造物も、森も、動物も、あらゆる命が灰燼とかした無限の曠野こうや

 それが、いまの世界の実態だ。

 アグレッサーが襲うのは、人間だけではない。

 あれはまるで憎悪に狂ったかのように、あらゆる生命を貪り、殺す。

 文明もまた、同様に。

 その結果として、地球環境は激変してしまっているのだった。

 特にこの一帯──九州と本州の境にある、山口とかつて呼ばれた地方は、第2次アグレッサーの大攻勢によって、深刻な打撃を受けていた。

 見ての通り、草木一本生えていないというありさまだ。

 世界各国、そのいたるところで、このような曠野は見ることができる。

 ……もっとも、ひとがそのすべてを、手をこまねいてみてきたわけではないのだが。


「ふぅ……」


 小さなため息をつきながら、俺がに視線を戻すと、いきなり目の前に紙の束を突き付けられた。

 チェック模様で、名刺サイズの数枚の紙束──トランプだった。


「ちょっと! 次はアカリの番よ! はやく引きなさいよね」


 もうほんと使えないんだから―。

 そんな小言を零すのは、我らの副会長織守ステラだった。

 そうして俺たちの周囲には、ステラと同じようにトランプを構えた生徒会の面々……プラスアルファが、油断ならない目つきで並んでいる。

 そう、現実逃避はやめよう。

 ここは既に戦場。

 交わされるのは紙束のナイフと言葉ウソの銃弾……なんてのは、気取り過ぎかねぇ。


「お兄さん! これは大チャンスですよ! いまこそ勝利して、キキョウちゃんとラブラブ愛の巣コースをレッツ・ラ・チョイスですよー!」

「キキョウ、抜け駆けはダメよ。キキョウとレンカでスケコマシお兄様をふたり占めにするのが理想だわ」

 

 そんな不穏当な発言をするのは、ゴシックドレスに緑のリボンがトレンドマークの双子。藍色と紫色の瞳を持つ後輩、各務キキョウちゃんと、その姉で金銀妖眼ヘテロクラミアの女の子、各務レンカちゃん。生徒会の役員でもないのに今回の出向に同行してきた。


「ま、マママ待ちたまえそんな不謹慎な!? いいかね、玖星クンは、トラスク博士について語り明かすためわたしと相部屋がいいと思うぞ! その……そっちの淫乱双子だとBPOが黙っていないからな! その点わたしならベッドがひとつでも安全だ!」

「「どっちが淫乱なのか……」」


 あたふたと自分で失言し、各務姉妹に呆れられているのは、技術者の服装をした風間ショウコ。彼女は技術職としての見地を広めるべく、特別枠で参戦である。


「コッコノホシとかどーでもええんやん! そんなんより副会長と相部屋をゲットするのはワイやで! この流星学園不同のナンバーワン・スーパーエースパイロット! 水之江シリュウにきまりやで!」


 ひとり喧しいのが、何故か学生服ではなく、この暑い時期に頑なに脱がない紫のラメジャージを着用したシリュウ。一応は、その戦闘能力を買われて護衛役ということになっているが、このテンションでは怪しいものだ……


「…………」


 そして唯一の癒し要素であり、構ってあげたい系後輩ナンバーワンの十六夜キリヤくんは、何故か剣呑な視線を俺に向けてくる。

 あ、知ってる。

 これはあれだ、獲物を前にしたケモノの目だ……。


「にゃーはっはっは! つまりはカオス! イッツ・ラ。ケイオス! どうしたところでシリアスな展開にゃんて、ムリすじだワン! 日ごろの行いが悪いとしか言いようがニャイにゃんね!」


 カオスの権化こと呉羽マイはそんなことを口にする。

 その他数名、生徒会の役員が、命がけに近い顔つきでトランプゲームに興じていた。

 きっかえは、じつに些細なことだった。

 旅先の施設では相部屋になるという話が持ち上がり、では誰と誰が一緒に寝泊まりするかという当然の問題が噴出。

 ステラがいつもの調子でトランプによる勝負を吹っかけたのが、つい数分前。

 そしていま、事態は混迷の極致にあった。

 なにせ今回の旅先では、謎の奇病が蔓延している。

 数時間前に受け取った地質レポートによれば、地震が頻発しているというのも記載されていた。

 そうなれば、頼りになる相棒は必須。

 世界はいまだ、驚異のただなかにあるのだから。


「というよりも、単純に殺気立ってるやつが目の前にいるというのが一番の問題なんだろうけど……」

 

 そう、ステラその眼を、血走らせている。

 なぜならば、俺とステラ。

 このゲーム……ババ抜きにおいて、俺たち両名はまさに王手をかけているからだった。

 なにせ彼女、負けるということがこれ以上なく許せないたちであり……


「早くしなさいよ、バカアカリ!」


 そんな性急すぎる罵倒に、俺は溜め息を押し殺し、ステラの持つ3枚のカード。

 そのいちばん左側へと手をかけた──


◎◎


 流星学園は、旧都と呼ばれるこの国の中央に設立されている。

 そこから、場合に応じて予科練扱いの学生たちが、各地に派遣されていくことになるのだが、その移動手段は大きく分けて二つある。

 ひとつは空輸。

 人員の輸送としては、これはもっとも安全だ。アグレッサーは飛行能力を有するが、護衛にセブンスが付く状態ならば、そこまで懸念するほどではない。

 現状の輸送機でも、逃げ切ることは可能だ。

 ただし、この移動方法には問題がある。

 考えるまでもなく、大勢を一気に運べないことだ。

 輸送機の最大人員は240人。

 ジャンボジェット機並みとはいえ、これは多いとはいえない。

 何故ならそれは、人に限った数だからだ。

 食料や装備、なにより命を守るために必須ともいえるセブンス自体を輸送するとなれば、空輸は難しい。

 全高が最低でも18メートル。

 重量95トン。

 こんなものを空輸するのは、リスクが大きいどころか、技術的な難題を抱えることになる。

 ロケット──大陸間弾道ミサイルで強引に打ち上げることは理論上可能だ。

 だが、その予算は考えるまでもなく莫大だし、特殊な例を除いて安全性が担保できない。

 そこで考案されたのが、全国的に張り巡らされていた在来線──いわゆる列車の再利用であった。

 地球全体における、生命の被害は甚大だ。

 アグレッサーは無差別にいのちを襲う。

 だが、無機物となるとその限りではない。

 大規模な建造物であれば、文明を憎む彼らは破壊する。しかし列車の線路──レール程度であれば、進路上にさえなければ破壊されることもない。

 小さすぎて見逃される。

 そこを逆手にとって建造されたのが、全国各地を繋ぐ重装甲超大型貨物列車群──|装甲列車である。

 通常の列車、その6倍の横幅を持ち、最大積載量3600トンを可能にした、まさに動く要塞。

 第三車両には自衛火器として、800ミリメートル列車砲を備えている。

 アグレッサーであっても、その質量兵器を前にすればおいそれとは近づけない。

 これらの理由から、本土間の移動、とくに人員とセブンスの運用では、アームド・フォートレスが用いられる。

 その行く先が九州であっても、あるいは大陸であっても、第2次大攻勢の際に作られた避難用海底トンネルを使用すれば問題なく移動できるのである。

 そういう訳で、俺はいま、九州の支部へと向かう装甲列車の客室にいた。


「じゃあ、これな」

「あ」


 スッと手を横にスライドし、右端の札を取る俺。

 描かれていた役柄スートはスペード、そして一番エース

 俺は手持ちのハートのエースと一緒に、カードを場に捨てる。


「あ、ああ」


 わなわなと震え、顔を伏せるステラ。

 熾烈な争いに、いま決着がついた。

 その場にいたすべての人間が、天を仰ぎ神への罵倒を吐いた。

 そう、俺の勝利だった。


「あああ!」


 一拍を置いて、キッと跳ね上がるうつくしいかんばせ。しかしそこに宿るのは、鬼も裸足で逃げ出すような赫怒。

 睨みつけてくる星色の涙目で。

 そして、敗者ステラは叫んだのだった。


「アカリのバカあああああああああああああ!!!」


 俺は諸手をあげて勝利に酔う。

 俺だけが知っている。彼女の手元に残された札の片方こそ──いやらしく笑うジョーカーだったことを。


 ……よかった。

 どうやらステラと相部屋という事態だけは、避けられたようだった。


◎◎


「あたしが──2位よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうおうおうおうおう!!!」


 五分後。

 勝利の雄叫びを上げ、盛大なガッツポーズを決めるステラ。

 いったいあの状況からどうやって勝利に持ち込んだのか、彼女はまさかの勝者として君臨していた。

 装甲列車の内部は死屍累々。

 全員が倒れ臥し、その口元から魂が零れている。

 非常に酸っぱい顔で現状を見詰める俺へと振り返り、ステラは弾けるような笑みで。

 まるで、年相応の女の子みたいな表情で、告げたのだった。


「あたしと相部屋する勇気──あるわよね!」


 いえ、凡愚な俺には、ちっともございません……

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