第十七話 猟犬は球体の中で朽ちる ~侵蝕率×××%~
「――っ」
降下時に投擲し、敵を縫いつけていたジェット・ダガーが、その刀身だけを残し大地につき立つ。
化け物5体の姿が霧散するように消える。
「十六夜キリヤ!」
『――ッ、はい!』
俺の厳命を、彼であり彼女である十六夜キリヤは即座に汲み取り、誰よりも早く応じた。
スローンズの携行武器の一つであるBSコーティング済み
左逆手で受け止めながら、飛燕の軌跡を描いて空間を撫で斬る!
『GURUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!』
交差する刃と爪牙。
あり得ない角度からディバイオスを強襲した三つの牙を刀が受け止める。
だが、残り二本の牙が俺へと肉薄。
ムリヤリに右腕を突き出し、それを防ぐ。
金属の拉げる酷い音を立て、右腕装甲が圧潰――だが、フレームは無傷であり、まだ動く。
俺は大きく刀を薙ぎ払って、牽制。
化け物たちは一足飛びに飛退き、またも地面やがれきの中に融けるようにして消える。
一呼吸もおかず襲撃がくる。
背面に損傷をうけ、ディバイオスが揺らぐ。
『援護、します!』
キリヤくんたちが一斉に速射砲を構え、発射。
俺の周囲に弾幕を張る。
地面が弾ける。
地面が裂ける。
増える傷痕。
その傷跡から、鋭角な角度から、奴らが飛びだしてくる!
無数の
間に合わせの装甲が、あっという間に引き裂かれ傷だらけになっていく。
キリヤくんの部隊が突撃体勢に入ろうとする。
俺はそれ、右手を掲げ静止した。
『なぜ!?』
「避難を優先するんだ、こいつは、いま俺が釘付けにする」
『!』
そう、まだ学生たちの避難は完了していない。
この状況では、打てる手も打てない。
なのに、彼らは手をこまねいたように立ち尽くす。
その間にも、アグレッサーの攻撃によって応急の装甲は剥落していく。
はやく、はやく、はやく。
「――決断しろ! 人を守るのが! 俺たちの務めだ、十六夜キリヤ!」
『――はい!』
俺の叱咤に、彼らは応えた。
俊敏に動き、まだ残りヘルヴィムの制御を取り戻そうと努める学生たちを強引に計器から引きはがし、その鋼の
『――――』
「――――」
一度だけ、副隊長機がこちらへと振り返り、俺は――ディバイオスはゆっくりと頷いた。
そうして、避難が終わる。
この場に、庇護の必要なものはいなくなる。
「――つまり、遠慮をする必要はなくなったということだ、邪悪どもが!」
激昂し、俺は自らの心臓――夢幻の心臓から無制限に力を引き出した!
いま、この機体は深い
目覚めていても、目醒めてはいない。
だから、こんなちっぽけな邪悪などではない――真に最悪な代物を見せつけ、その覚醒を促す!
つまりはこの俺の――ナイアルラトホテップの1端末という邪悪を!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」
地鳴りのような俺の叫びに応じ、この肉体から闇が噴き出す。
コックピットに律儀に備え付けられたDR侵蝕度および混沌侵蝕係数測定装置が、凄まじい勢いで数値を上昇/下降させていく。
DR侵蝕度マイナス
混沌侵蝕係数――663、664、665、66――
――ドクン!
その数値が、666%に達する寸前、機械の神の中心が大きく胎動した。
ドクン、ドクンと鼓動を刻む。
ドクン、ドクンと血脈を押し出す。
聖女の歌声のような響きをあげて、中央炉心――
――
「遅いぞ、寝坊助が!」
俺の軽口に答えるように、その機体は動きだす。
玖星アカリの全身から噴き出す闇を、暗黒を、そのすべてを吸収し、浄化し、昇華しながら、永劫の輪廻を司る第一種無限機関が咆哮する。
そう、この機体は邪悪を許さない。
本来ならば、
爪牙を持たず、毛皮の盾もない人類を、なおも守る、剣にして盾!
遥か悠久の昔、二柱の神が生命の明日を護ると誓い
それが、誓約神意ディバイオス!
故に、俺のいまの邪気程度は。
「たやすく、相殺される!」
混沌係数――120%!
「これでようやく、ひとの力が使える!」
この間も、化け物たちの攻撃は続いていた。
威力は尋常ではなく、連携はとても眼で追えるものではなく。
「だが、既にネタは上がっている。きさまらの名は、その天使に憑りつく神格の名は」
ディバイオスが、剣を右手に持ち替え、悠然と左手を突き上げる。
その一繋がりの装甲が音を立てて展開、幾つもの管楽器が折り重なったかのような内部機構が露出する!
「おまえたちは角度から出でる。鋭角よりにじみ出る。どこまでも獲物を追跡し、邪悪となって顕在する醜悪な猟犬。その名は――ティンダロス!」
故に、対策はひとつ。
その角度のすべてを、消し飛ばす!
「その音階は全てを統べる。その旋律は戦慄を招く。そのか細けき音色は、世界を揺るがす!」
アイオーン・サムサーラに直結した左腕が、無限のエネルギー供給を受けて紫電を帯びて明滅。
力場を一点に収束し、その内部機構のすべてから、一息に〝音〟を噴出する!
「共振破砕消滅機構――
振り下ろされる左手。
刹那、その波動の波涛が放たれた!
消滅の音色となって奏でられ、拡散する波紋は触れたものすべてを破砕し、この機体の周囲300m――そこに存在したすべてのものから角度を奪う!
なにもかもが、球体となって転がっていく。
奴が姿を現し奇襲できる範囲に、もはや角度は存在しない――そう、このディバイオスの砕けた装甲を除いては。
だから、次の攻撃は――!
『GYRUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
この機体の背面から来ると、解っていた!
先行した四体の随伴機、そのうち三体を、ディバイオス本体から分離した〝翼〟が刺し貫く!
半円形の基部から射出された
そう、人に出来ることは、俺にもできる。
「制約兵装第1号――時空相対加速支配〝レヴィアタン〟開放!」
脚部シールドが発光、複雑に展開し空間中に満ちるエーテルの流れを
時間というのは常に流動している。
もし、その一部に留め金を打つことができれば、時間はその場所で遅延され、そして解放されたとき、凄まじい速度で動きだす。
その原理を利用した一撃の名は!
「ティアマト・ペネトレイトー!!!!」
あらゆるものを刺し貫く回し蹴りが、四体目の眷属を貫通、内部で解放された時空流の奔流が、空間ごと、ぐちゃぐちゃにそいつを破壊する!
そして。
『GURUWUOOOOOOOOOOOOO!!!』
残るのは本体――ティンダロスの親玉のみ。
奴の鋭利極まりない
右手の刃を振り抜き、迎撃。
ガチンという音を立てて、牙が刃を噛みとめる。
だが、それは下の咢。
残る上の咢が、ディバオスの頭部を噛み砕かんと肉薄する!
ギャガン!!
繰り出した左の鉄拳が、その大質量が、ティンダロスの咢の中に、牙を折り砕いてめり込む!
そうだ、この左手はオリジナルだ! 鍛造され清廉され練磨された破邪の誓いそのものだ! おまえたち程度に、砕くことはできない!
左手を開き、右手は刃を手ばなしティンダロスの頭部へ。
「還してもらうぞ。俺の、俺達の英雄を!」
女神を!
永劫輪廻機関が唸りを上げ、発せられたエネルギーは全身を巡回し両手にて解放される。
メギリ、メギリと音を立てて、その気色の悪い肉が、上下に引き裂かれていく!
『WRURRRRRRRRRRRRRRR!?!?!?』
ティンダロスの絶叫!
上下のあごを引きちぎられた猟犬は、さらにその頭蓋までも引き開けられる!
ひとつめの装甲版を剥ぎ飛ばすと、橙色の被膜が、そこにはあって。
「――――」
いた。
そこにいた。
彼女が。
邪悪に決死で抗い続ける彼女が、俺を見上げ、その星のような瞳で――
ディバオスの面貌が跳ねあがり、コックピットが露出。
俺はそこから身を乗り出し、彼女の名を呼ぶ!
「ステラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「!」
「しゃがめええええええええええええええええええ!!」
懐から俺が抜き放ったのは、手甲と一体化した風変わりな銃――ペキュリアー!
その、アグレッサーの現出さえ妨げる事象干渉弾頭を、ありったけ連発する!
ガン、ギャガ、ガギャン!
砕け散るオレンジの被膜。
剥き出しになる彼女。
織守ステラは、
「まったく――いつだってあんたは遅いのよ、玖星アカリィィィィ!!」
俺の名を、呼んでくれた。
玖星アカリと、呼んでくれた。
だから。
「――――」
だから、俺は万感の思いとともに、機体をティンダロスに接触させ、飛び移る。
コックピットまで走り、彼女へと手を差しのばす。
「避難は?」
「終わってるさ、おまえが最後だ」
「あ、そ」
この手を取って、彼女は立ち上がってくれる。
俺は、彼女を抱き上げる。
「ちょ!? ちょっと!? なにこれ、おひ、お姫様抱っこじゃない!?」
「時間がない、ちょっとそうしてろ」
「はぁ!? あんた後でどうなるか覚えて――きゃっ!?」
跳躍。
一気にディバイオスの操縦席へと舞い戻り、俺は面貌を下ろす。
ディバイオスの瞳に、ふたたび破邪の光が戻る。
『GOUWOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
全身を振動させ、強引にティンダロスが拘束から逃れるが、だが、もはや遅い。
ステラを取り戻したのなら――なんの躊躇もなくキサマを俺は殺せる!
「状況を第二誓約に該当すると判断、第一級神格に対する〝昇華〟機構発動を提言――受諾。
左手の機構が組み変わる。
管楽器を組み重ねたようなそれから、まるで銃身のようなそれに。
「生命に徒為す邪悪よ、人類を脅かす諸悪よ。清廉なる聖女の祈りのまえに、その偽りの命を、虚無へと還せ」
その身を撓め、だが確かに畏れに震えながら、なお憎悪をむき出しにし挑みかかろうとする猟犬に、俺は、その銃口を向けて叫んだ。
邪悪が、地を蹴る!
「亜光速粒子砲ディバインド・ブラスター――マキシマム・シュート!」
光輝が。
その光の波が、邪悪を呑み込んで――
「終焉だ《Out of the Eons》……」
「訳が解んないわよ、説明しなさい!」
格好をつけて呟く俺は、ステラに頭をはたかれた。
……まったく、締まらないね、どーも。
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