第十六話 その銘は、聖なる誓約 ~DEVINE-OATH~

 虚夢界ドリームランドは、時間や空間に束縛されない。

 俺の生み出した仮想神格である生徒会長の部屋もまた、その次元に存在する。

 身に着けた黒衣の力で、そこへと精神と肉体を転送した俺は、さらに座標軸を固定し、目的の場所へと飛翔する。

 いま、流星学園へと突っ込んでくる、音速をはるかに超えた飛翔体――ミサイル。

 その弾頭におさめられた、巨大な刃金の中心に。


 ――夢幻の心臓により権能を蛮名化

 ――肉体と精神をエーテルへ変換

 ――エーテル化完了

 ――転送座標軸固定

 ――転送開始

 ――――

 ――情報の転送を完了

 ――受肉をはじめる

 ――肉体と精神の結晶化を確認


 あまたのプロセスを刹那で経て、そして俺は、そこに現れる。

 あまりに懐かしいその場所に――コックピットに、エーテルの揺らぎから肉体をもって具現化する。

 まず感じたのは、とんでもないG。凄まじいまでの圧力が、過重が、コックピットにはかかっていた。

 それは常人なら即死するような殺人的な加速だ。

 だけれど、俺ならばたえられる!

 真っ暗なコックピット。

 なにも見えないその場所で、しかし、俺にはすべてが明瞭に感じ取れた。

 思いっきり息を吸い込むと、肺腑に満ちるのは、46億年前のあの大気の香りだった。大気が存在しなかったころの、その匂いだった!

 ああ、間違いない。

 ここは、この場所は――


『ミスター・アカリ。残念ながら超越天才のボクであっても、骨格フレームと炉心以外が化石のように劣化したその機体を、完全に復元するには時間と素材が足りなかった。とくに右手の損壊は激しく、代用品で済ませている。これはとっても悔しいことであるが、しかし、最低限の装甲だけはサービスしておいたので、あとは勇気とか時代遅れの根性論で補うとモアベターなのであーるがして!』

「――充分だッ!」


 ミサイル弾頭の防御壁を廃棄パージ

 機体が、いまこそ外気にさらされる。

 時間がない。

 俺は、通信機を用いてキリヤくんへ指示を飛ばす。

 

「――60秒だ」


 そう、60秒。


「60秒、生き抜け」


 答えは。


『はい、了解、です。先輩』


 普段通りの、キリヤくんの声音だった。

 その声に、冷静さをまた一つ取り戻しながら、俺は闇の中で計器を操っていく。

 トラスクめ、随分と弄ってくれたものだ。

 随分――使

 本来なにも存在しないはずのその場所は、操縦機器で埋め尽くされている。人間が一人でも操れるように――

 高々度からの落下に、機体がゆっくりと熱を帯びていく。コックピットまで熱くなる。

 まるで墜落のような落下。失墜するような墜落。

 ロケットの推進部分が脱落。

 機体が宙空に、音速を超えて排出される。


 20秒経過。


 コンソールパネルを叩くと、操作の結果、視界がクリアーになる。形成される全天球視野。

 見えるのは豆粒のような街並み。

 その、荒廃した曠野の中心に、瘴気が渦巻いている。

 倍率を操作。

 拡大されたのは、四体の獣を従える、不定形のバケモノ。

 それが、円形の防御陣形を展開する4体のセブンスへと、いまにも毒牙をかけようとしていた。

 邪悪。

 邪悪極まりないバケモノだ。

 だが。


 ――いる。


 その巨大な化け物の中心から、その邪悪の中枢から、確かに感じる。

 清廉な、凄烈な気配。

 


 ゆるしてはならない。


 ドクンと、俺の心臓が、夢幻むげんの心臓が脈を打つ。

 あらゆる邪悪を許してはならないと、彼女が傷つくことを許してはならないと、憎悪が熱く熱く燃えたぎる。

 脳裏は一瞬にして狂気に席巻され、俺はまた、正気を失っていく。

 俺の全身から不形の圧力が噴き出しコックピットを軋ませる。

 

 40秒経過。


 身を発条のように撓ませていたケダモノが、それを解放するように音速を超えて跳躍する。

 稲妻のごとき起動で、キリヤくんたちを鏖殺おうさつせんと迫る。


「させは、しない!」


 操縦桿を即座に引き倒し、腰部装甲に収納されていた武器――推進装置付きジェット・ダガーを引き抜いて、投擲!

 それは、機体のマニュピレーターを離れると同時に、凄まじい速度に加速。一瞬後地面へと到達し、高速で蠢く化け物を、串刺しにして地面へと縫いつけてみせた。


『URGUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 まったくの意識外からの攻撃だったからか、避けることもできず驚愕の声をあげる青黒いケダモノ。


 そして、60秒が経過する。


 俺はスラスターを全開!

 弾丸すら超える速度で降下する機体を押しとどめるため、慣性断絶装置イナーシャルキャンセラーを発動し、可能な限り減速する。

 そのまま、邪悪とセブンスの部隊の間隙に突っ込む。

 鉄球で殴りつけられたような衝撃とともに、脚部が地面に接触。サスペンションが最大で衝撃を吸収するが、その膨大な質量に悲鳴を上げる!

 いや、大丈夫だ。

 おまえは、この機体は、この程度で屈することはない。

 地面を抉り、長大な着地跡を背後に残しながら、塵灰じんぱいを巻き上げ、しかして機体は静止する。

 もうもうと立ち込める土煙と、吹き上がる蒸気。

 赤熱した装甲は陽炎を立ち上らせ、各部が勢いよく排熱を行って、その勢いで、煤煙ばいえんをあまさず吹き散らす。


『――先輩?』


 キリヤくんの言葉に、俺は答えない。

 だが、彼の――彼女の瞳には、間違いなくこの機体が映っているだろう。


 赤く燃える、焦げ付いたような黒金に、青い燐光を纏う、全高45mの巨人。

 右に三枚。半円形の基部に、それだけの偏った、がれた黄金にして青き燐光を放つ翼。

 大腿部の側面には、強固なシールドとなる流線型の装甲が展開。

 胸部の中心には青碧玉ホシノカケラがおさまり、清らかな輝きを放つ。

 頭部は鋭く、三本の飾りヅノの下部に、二つの瞳が閉じている。

 ほとんどの部分が応急の装甲であり、つぎはぎのパッチワークでありながら、中央炉心――永劫輪廻機関アイオーン・サムサーラに直結する左腕だけは、ひとつながりの流麗な金属によって、複雑な紋様を描いて圧着されている。

 右腕は逆に、スローンズの装甲がちぐはぐに連結されているだけだった。

 巨人。

 すべてのセブンス、そのどれともにつかない、どれにもよく似た、黒と青の巨人。

 その名は。


「――その名は」


 その名は!


「神が誓いし聖約――ディバイオス《DEVINE-OATH》・パッチワーク!」


 ヴゥンと音を立てて、巨人が青い瞳を開く。

 迸る凄光!

 その炉心が破邪を叫ぶ!

 いま――古の巨人が、目を覚ます――

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