第十八話 E・トラスク博士による提言 【第二章 最終話】
「天才を超えたハイパーデューテリオン天才! エグ☆ザム☆トラーーースク! つまりはボク! ボクこそ天才、大天才! ミジンコもすっぽんも、ボクの才気には劣るとは、なにぃぃい!? つまりこれは、太陽と月はランデブーということなのではと!?」
「……うん、すまんがトラスク。もうちょっとメートルを下げてくれ」
ぜんっぜん、なに言ってるのか解らん。
「しっかしミスター・アカリよ! ボクの傑作、ディバイオスをよくも酷使してくれたものだねぇ!」
白衣姿に、栗色の髪。
ドクター・エグザム・トラスクは、流星学園の整備ドックで、騒がしいほど賑やかにそう言い放った。
いや、ディバイオスつくったの、おまえじゃねーから。
「シャーラップ! 整備したのはボク! 装甲をつけたのもボク! つまりはボクこそ――これつまり創造主はボク!?」
「しねよー、超しねよおまえー」
段々やる気がなくなってきた俺だが、現状ディバイオス程の精密機器を修復できる人間など、トラスクしかいない。
また、この機体に関しては俺が出来うる限り立ち合わなくては、その仕組みを理解することすら難しいのだ。
なので、放置するというのは、今後も激しくなるだろうアグレッサーの攻勢を考えると、得策ではない。
「で、トラスク。こいつを完璧に使えるよう修復するのに、どのくらいの期間がかかる?」
「今回きみが、酷使に酷使を重ねてくれたからね……ズバリ! 一か月はドック入りしてオーバーホールが必要になるだろうね!」
「一ヶ月か……」
長い。
正直に言えば、長すぎる。
もしその間に、また今回のようなことが。
ステラが危険にさらされ、人類に危機が迫ったのなら、俺は躊躇わずリベリオスに乗るだろう。
例えその結果がなにが起こるとしても。
それが、俺が俺に課した、誓約なのだから。
「まあまあ、そう深刻にとらえることはないのであーる、ミスター・アカリ。きみの肉体は、この一週間綿密に精査したが、いまのところ通常の人間と変わらないのであーる。その心臓以外は、人類と見分けはつかないと言っても過言ではないぞなもし」
「……ディバイオスが、闘う時間をくれたからな」
破邪の祈りが込められた機械の神。
この機体は、俺の邪悪を少しだけ封じてくれる。
こいつがあるかぎり、俺はまだ、戦えるだろう。
戦いから逃げ出した俺は、生徒会長に凡てを投げ出して任せた俺は、それでもまだ、戦える。
だが。
もし。
最悪の最悪、地獄の門、混沌庭園が開いてしまうような事態が訪れたのなら。
そのときは――
「そのときは、この機体が自ら仕手を選ぶのである。39年前のあのとき、南極が消えたあの時から――それは決まっているのであると、ボクは断言するな、ウン」
「そう、だな」
珍しくトーンを落として、トラスクが真面目なことを言う。
あの日。
南極大陸が消し飛んだあの日。
宇宙の真理を、その裡に潜む邪悪を目撃したこの男は発狂することで理性を保った。
天才となんとかは紙一重というが、この男の場合、才能で狂気を屈服させているのだ。
そうして、その原因は俺にある。
俺が、この男をこうしてしまったのだ。
だから。
「ところでミスター・アカリ」
「なんだよ、トラスク」
「先程からあちらで、ボクらを睨んでいる三人組をどうするであるか?」
「…………」
ああ、そうだったね。
そういうイベント、まだ残ってたな……
えっと、じゃあ。
ひとりずつ。
というわけで、おまえからだ、風間ショウコ。
「玖星クン!」
「なんだ、ショウコ」
「と、とととと、トラ」
「虎?」
「ちが――トラスク博士と、きみは知り合いなのか!?」
……あー。
「まあ、知り合いというか、腐れ縁というか」
「是非とも紹介してくれたまえ! もし紹介してくれたら、僕は君のエロ奴隷になってもいい!」
「ならんでいい! ならんでいい!!」
やめろ、ただでさえ鋭い目つきで俺を睨みつけている控えのうち一名が、いまにもブチギレそうな顔をする問題発言をするな!
「解った、トラスクにおまえを紹介してやる。そのかわり」
「解っている。毎日履き終えたストッキングで煎れた紅茶を君に届ければいいんだな!」
「俺をどのレベルで変態だと思ってるんですかね、ショウコさんは!?」
あはは、やだなー。
俺、至って健全な男の子だよ……?
「違うよ。しっかり学べと、そう言いたかったんだ」
トラスクは人類最高の英知だ。
今回の件で――セブンスをアグレッサーに支配されるという、その不祥事を盾にとって――地球連合と交渉した結果、彼はしばらく流星学園へと留まることが許可された。
だからその間、彼の下で学べるのなら、きっとおまえには実りあるものになるだろうと。
そういうことを俺はショウコに告げた。
すると彼女は、なんだか驚いたような顔をして。
「……その、エロ奴隷は本気ではないからな!」
と、よく解らないことを真っ赤な顔で叫んだ。
うん、信じてないから。
「ありがとう、玖星クン。それでは、僕はトラスク博士のもとに行くので! アデュ!」
「おう、行ってこい行ってこい」
ということで、二人目。
こちらが大本命の、ステラさん。
「アカリ!」
「やめてください、開幕で襟首をつかむのと、三白眼で睨みまくるのやめてください。怖いです」
「うっさいわね! 目付きが悪いのは産まれつきよ!」
はいはい。
で、お前は俺に、なにを聞きたいんだよ?
「あれなに?」
そう言って彼女が指差すのは、現在絶賛修理中のディバイオスだった。
「……トラスク博士が作った新型セブンス」
「さっき違うって言ってたでしょ、ちゃんと聞いてたわよ!」
「…………」
参ったなぁ。
まだ言うべきときじゃないんだよなぁ、これ。
どうするかなぁ……
「それは、俺が説明してやろう!」
なんというべきか思案していると、思わぬところから助け舟が入った。
蒼い教官服を着た、右目に傷のある男。
景崎蒼真が、ドックの扉に片足を突き立てて体重は背中に預けるという高度なカッコイイポーズをとって、そこにいた。
「あ、あなたは景崎先生!」
「蒼真でいいぜ、織守ちゃん?」
「おまえ、俺にはセンセーってよべっつったじゃねーか」
それはともかくとニヒルに笑い、蒼真はステラに話しかける。
「この機体は大陸で製造された機密品だ。織守ちゃんがヘルヴィムのテストパイロットを任されたように、この男――玖星アカリもある理由があってテストパイロットの任務を帯びていた」
「その理由って、なんですか? あたしは生徒会長に会いたかっただけ。でも、こいつに理由なんて」
「罪滅ぼしさ」
蒼真は、酷く気軽に、その言葉を使った。
「こいつが大陸で問題を起こしたことを、織守ちゃんは知っているだろ? 知っているはずだ。雨宮理事長代理がそう言っていた」
「っ」
「その問題が起きたとき、こいつはたくさんの犠牲者を出した。その贖罪のため、この学園へ左遷された。そして、その贖罪は終わっていない。だから、D.E.M.本隊から命令があれば、こいつは刃向かえないってわけだ」
「それが、今回はテストパイロットとして戦うことだったと……?」
まあ、そういうことだなと、蒼真は笑う。
その説明を、ステラは当然納得できていないようだった。
ただ、俺と、そしてディバイオス。
そして蒼真を何度も見比べ、最終的には歯噛みして――それからため息をつき、首肯してくれた。
「解ったわ。いまは、そういうことにしといてあげる。でもね、アカリ。あたしは――」
「ああ、いままで通りで構わんさ。おまえはおまえの、好きなようにやれ」
それが、人類を守ることに繋がるのなら。
そう告げると、彼女は今度こそ納得したようにうなずき、ドックから去って行った。
去り際に、
「学食で一週間パフェを奢るのが条件」
と付けたしていったので、俺の財布はピンチなままだったが。
「えっと」
それじゃあ、最後になりましたが、きみの番だ。
「…………」
その子は、ずっとそこにいた。
黒い髪に、大きな瞳。
だぼついた学ランを着て、似合わない男装をして。
彼は。
彼女は。
十六夜キリヤは、そこに立っていて。
「先輩」
「……よくやった。君のおかげで、誰も死ななかった。十六夜キリヤ」
君は君を誇れ。
なにに臆することもない、悖ることもない。
胸を張れ。
「己を、否定するな。君は、なによりも尊いことをしたのだから」
「――――」
その言葉に彼は。
「――――」
彼女は。
「――――」
十六夜キリヤは。
「――はいっ!」
その、普段は無感情な顔をくしゃくしゃにして泣きだして、それでも確かに、頷いてくれたのだった。
俺はキリヤくんに歩み寄り、その髪を撫でる。
ほんの僅か金色が混じり始めているその髪を、俺の力で、黒色に染めながら。
「……キリヤくん。俺はいつまで、きみを君づけで呼べばいい?」
「もう少しだけ、待ってくだ、さい」
「それじゃあ交換条件だ。俺の権能を、きみも、もう少しだけ預かっていてくれ」
「…………」
その問いかけに、キリヤくんは少し迷ったようにして。
それから、弾けるような笑みで、こう答えた。
「もちのろん、です!」
◎◎
かくして、世界のどこかで、またアラベスク調の、ぬめりとした質感の表紙を持つ本の中に、いくつかの物語が描かれる。
こたび描き出されたのは、信頼の二文字。
そうして世界は、一歩を踏み出していくのだった――
玖星アカリの闘争――終わり
玖星アカリの現在混沌侵蝕率――122%
意味消滅まで、あと――
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