第十三話 異形の猟犬~The・Hound~
「……おや? もうこちらに来てよろしいのですか、玖星アカリくん?」
急造の機動試験場をモニタできる、地球連合が設置したベースキャンプへ移動すると、カーキー色の制服を着た地連職員に混じって、空色のスーツの女性が仕事をしていた。
俺に気がついたらしい彼女は、職員が差し出す幾つもの書類にサインする手を止め、小さく微笑む。
流星学園理事長代理、雨宮リリスがそこにいた。
俺は手の平を空へ向けながら、あえて
「ええ、雨宮女史。俺はこれでも、今回の実験、その学園側警備部隊の隊長なもんでね。なので、こっちの方々と」
地球連合の職員たちを見ながら(そしてかなり軽視した眼差しで見つめ返されながら)、リリスに答える。
「連携を図る義務があるわけです」
「なるほど、連携ですか。そうですね、ここは指令指揮所としても機能しますから、玖星くんが駐在するのにはとても良いでしょう、許可します」
「……元から、許可を求めていたわけじゃないんですけどね」
ただ、彼女がここでGOサインを出さなかったのなら、俺はこのテントから、たぶんつまみ出されていたことだろう。いまの俺は、そのぐらい地球連合の職員からみれば下っ端でしかない。
すすめられるまま、リリスの隣、試験場の様子を判断することができるディスプレイの前に腰掛ける。
「失礼。君が――君のような年端の行かない少年が、今回の部隊長、警備主任なのかな?」
背後からかけられた声に、わずかに視線を向けると、背の高い少し鉤鼻の男が、俺を見下ろしていた。
カーキーの制服。
幾つかの勲章。
地球連合の、高級士官。
「ええ、ええ、そうです。俺みたいな若造が、今回あなたらと協力して新型セブンスの機動実験にあたります。ここは情報の中枢だ、指示を出すのにちょうどいい。雨宮女史からも聴いているでしょう? だから少し間借りさせてもらいますよ」
「ふん」
その男は、つまらなさそうに、侮蔑するように鼻を鳴らした。
大の大人からすれば、子どもでしかない学生たちが、自分たちと同じような立場で働くなどたえられないことなのかもしれない。
だが、次世代の力を育てるためにも、これは必要なことなのだ。
セブンス乗り、そしてプロウトビット・オーパーツを扱えるもの。
その数は、第三次アグレッサー大強襲により激減している。
大人は少ない。
子どもが、戦うしかないのだ。
その、高級士官が言う。
「ところで、きみの名前は? 階級は?」
階級?
「そんなものが、なにか役に立ちますか? 流星学園の生徒というだけで十分じゃないですか? ……まあ、玖星アカリという名前は、覚えておいてもらって構いませんが」
「ふん、これだからガキは……序列というものは大事だ、どちらがどちらに命じるかという意味ではね」
…………。
どうしようか? 今回はステラが実験を行うというのもある。少しは、発言権を増しておく方がいいかもしれない。玖星アカリという名前がどういう意味を持つのか、臭わせるぐらいなら悪くはない。
そんな思いで、なにか適当なエピソードを口にしようとした。そのタイミングで、
ポケットの端末が、着信を告げた。
リリスと、そしていままで話していた高級士官に伺いを立てる。
応えはどちらも了承。
俺は、通信を疎通にする。
聞こえてきたのは、よく知る、そして最近再会したばかりの人物の声だった。
『あー、俺だ、オレオレ』
「……悪趣味だぞ、おまえ」
『センセーって呼べよー、玖星アカリー』
低い笑い声、背後で士官が笑っている。
俺は短く溜息をつき、相手の名前を呼んだ。
「景崎蒼真センセー」
『愛がないね、愛が。センセー♡ みたいな。まあ、男に言われても気色悪いだけだが』
「どっちだよ」
『ああ、それよりもだ、いま俺は』
「知っている。ドクター・トラスクを迎えに行くため、ついでにいえば護衛をするため、空港だろうが」
ちらりと、地球連合職員らの様子を、今度は俺が伺う。
トラスクの名前に反応し、数人が俺へと視線を向けるようになったが、それはお世辞にも好意的な眼差しではなかった。
苛立たしげで、憎むものを見るような視線。
独占していたものを奪われた、まるで子供の顔。
……しかし、逆にいえばそれはそれだけの意味しかない視線だった。不穏なものは一切ない、ただの嫌な奴を見るような、それだけの。
蒼真が続ける。
『そうそう。地球連合のやつらにな、またあの野郎を押さえられないようにわざわざ
「トラスクの到着は予定通りか?」
『いや、遅くなるらしい。なにかあちらで、重要な案件が出来たとかで……だから、先に初めてろって話だ』
……なんだと?
『だから――もうすでに地球連合のほうには、連絡が先にいっているはずだ。起動試験だけでも前倒しでやってくれってことらしい。OSやAIの改善は、その結果を受けてからトラスクの野郎が直々に行うとか――』
それ以上を聴いている余裕は無かった。
反射的にディスプレイを見て、次に職員たちを睨む。
彼らは既に俺を見ていない。
忙しげに、幾つもの指示を出し始めている。
外部命令による停止サジェストの中断
状態を
ホールバーグ炉心の可動を認可す
システム、一斉起動――
それは、慣れ親しんだセブンスの起動シーケンスであり。
「雨宮女史!」
「聞いていません。みなさん、即刻作業を中断してください」
俺の叫びに応じ、リリスが流星学園サイドに中止命令を出す。
だが――
「XO-NK4.0-β‐試作型ヘルヴィム――起動試験を開始する!」
その場の指揮官と思われる地球連合の高官が、そう、命令をくだした。
グルルルウウォヲオオオオオオン――
ホールバーグ炉心特有の、唸るような音を上げてその炉心に火が入る。
画面の向うでは、ひらかれた操縦席にあいつが、彼女が――ステラが座り、コンソールの操作を始めている。
キャノピーが閉じる。
二重の装甲板が閉じる。
彼女の姿が見えなくなる。
そして――
『GIRUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
猟犬は、吠えた。
ただの機械に過ぎないそれが、無形の、有形の、極彩色の、悪魔的な雄たけびを上げたのだ。
それが――公式記録に刻まれる二度目の神話型アグレッサー――ティンダロスの猟犬の、その、現出の瞬間だった。
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