第十二話 試験機と天才の来日 ~その獣の顔を持つ天使の名は~
◎◎
ドクター・トラスク。
天才トラスク。
知恵の火の使徒トラスク。
現代科学の到達点トラスク。
彼の呼び名はいくつもあって、そしてそのすべてが彼を褒め称えるものではあるが、しかし、トラスク自身の人格について、言及されることはめったにない。
それは彼の天才性が、人類に対する有用性が、貢献度が、人格を無視できるほど、できてしまうレベルで高すぎるためだ。
だから、例えば彼が俺の秘密を知っていて、実は俺の身体の調査のために今回来日するようなやつなのだとしても、それはなんら問題にならないし、問題にするものもいない。
玖星アカリの真実を知る人間など、それこそ一握りしかいないし、そしてそいつらは半歩、人間であることを辞めている。
ようするに、エグザム・トラスクという人間は、そういった埒外の男なのである。
故に、彼は人をひきつけてやまない。
たとえば――こいつのように。
「知っているか、玖星クン! かの有名なるトラスク博士が、明日の朝には日本にやってくるらしいぞ!」
うん、知ってる。
だからこうして、眞火炉の西端、曠野13特区に、流星学園の敷地が一時壊滅したため急造された
んで、その運搬チームと実験準備チームの長を務めているのが、この自称天才エンジニア、風間ショウコだったわけである。
彼女は現場に漂うピリピリとした雰囲気など意にも介さず、その眼鏡の下の瞳をきらきらと子供のように輝かせながら、幾つもの運び込まれた機器をチェックし組立て、同時に何故かトラスクへの賛美を捧げる。
「トラスク博士はいいぞ、最高だ」
「なんで?」
「彼の頭脳なくして七型汎用決戦兵器は存在しなかったからだとも、玖星クン」
いやぁ、きみは実に無知だなぁといい笑顔で言うショウコ。
……なんか無性に殴りたくなったが、ちょっと我慢して話の先を促す。
ちなみに手は止めていないので、彼女のもとには未だに大量の物資が送り付けられているのだが、その手は休むこともなく整備を続けていく。
この辺を見るに、案外本当に、彼女はいっぱしのエンジニアなのかもしれない。
……ふむ、少し見る目を変えておくか。
「いいか、玖星クン。この世で最初に誕生したセブンス。その雛形を産みだしたのは、なにを隠そうトラスク博士だ。無論、これは周知の事実だから、いまさら語ることでもないがな!」
「じゃあ、なぜ語る」
「それだけじゃないぞ。今日まで作られてきた無数のセブンスのヴァリエーションも、その多くは彼のデザインによるものなのだ! そして、現代理工学、生物学、物理学その他もろもろの分野を2世代は進歩させたのもまた、かの博士なのだぞ、玖星クン!」
ショウコが熱く語るそれは、確かに事実である。
あの男の異名は、決して過分なものではない。
すべてが事実に即したものだ。
どれだけその性格に難があろうとも、その偉業までは覆せない。
だから、ショウコが彼を崇拝する気持ちはなんとなく理解できたし、俺も彼を褒め称えることに異議を唱えるつもりなんてなかった。
問題なのは――
「なあ、ショウコ」
「なんだ、玖星クン?」
「……本当にこいつが、その……新型セブンスって、やつなのか?」
「――――」
そこで初めてぴたりと、彼女は作業の手を止めた。
垣間見える険しい表情。
彼女はゆっくりと〝それ〟を見上げる。
一言でいうならば――異形。
セブンス自体、翼の生えたゴリラと揶揄される形状をしている。
が、あくまで天使、あくまで人型。
獣を打ち滅ぼす狩人が本質だ。
しかし、いま俺達の眼前にあるものがなにかといえば、それは決して人型ではなかった。
〝
人型でこそ十全の活性が見られるとするプロウトビット・オーパーツの原理を無視し、それは四足を有する。
四足歩行の獣。
狼に似て、狐に似て、ジャッカルに似て、なによりも狗に似る。
積層装甲は毛羽立ち、獣毛のようであり、その四足の先からは鋭く四つの刃が爪のように生えている。そのすべてがアグレッサーの結界を突破するBSコーティング済み。
万が一全休天視野が機能不全を起こしても、なお有視界戦闘を有利に進めるためにコックピットは頭部に配置されており、これはこの実験機特有のコンセプトである随伴機の操作にもいかされる。
透過装甲と防御装甲の二重の装甲板が、キャノピーとなってそこを覆っているため、まるで
背中には大口径速射砲が二門。
狗であれば尻尾がある部分からは太いケーブル――一見してはケーブルとわからないほど太く、昔語りに聴く九尾の狐のような有様のそれ――が、4つ伸びており、その先には本体を一回り小型化したような機体がそれぞれ一体ずつ、都合4機、存在していた。
XO-NK4.0-β。
試作型ヘルヴィム。
今回トラスクが来日する理由のひとつである、最新鋭のセブンス試作機が、そこに鎮座していた。
そして、その周囲を、地球連合の関係者と、不測の事態に備えてか数機のセブンスが警護している。無論、そのセブンスも地球連合のものだった。
流星学園の機体――十六夜キリヤちゃんたちを筆頭に組織された警備部隊は、場外に配置されている。
対立、と言えば少し違う。
だが、いま現場に漂う奇妙な雰囲気は、つまり摩擦のようなものだ。
地球連合と流星学園――D.E.M.の、その関係の摩擦。
この計画の主導権をどちらが撮るかということで起こる、現場レベルのいざこざ。
譲れぬ領域がお互いにあるからこそ、ピリピリと空気が張り詰めているのだった。
そんな二つの陣営のものたちが、ぎくしゃくと情報のやり取りをしながら、なんとか新型セブンスの整備を進めていく様子を観察しながら、俺は正直な感想を呟く。
「旧来機と比べると、随分小さいな」
「そうだ、全高は20メートルを切る。だが、それは技術革新の本懐だ。すべからくすぐれた機械というものは進歩するたびに小型化する」
「それがオカルトに類するものでも?」
「それがオカルトに類するものでも、だ。玖星クン」
軽口を交わしながらも、依然彼女の表情は厳しい。
その口唇が、唸るように言葉を零す。
「これのデザイナーは、噂ではドクター・トラスク――ではない」
「……だろうな。ありえないもの。なら、誰だ」
「解らない。D.E.M.でもないという。主導は、地球連合らしいのだ。だからスタッフにそれが混じっている」
「…………」
……地連が、か。
すべての人類の総意であるとする、地球連合。
その膨大な権力の集積は、ある種の傲慢を招き、そのひとつの結果として彼らは、ドクター・トラスクを拘束している。
知識の占有と揶揄される行為だが、あいつほどの飛び抜けた才人が、どこかひとつの勢力に肩入れするのは巧くないという事情も解る。
だからこそ、地球連合が管理するという理屈も、呑み込める。
現在、地球連合を率いているのは、大国の大統領であるジョセフ・N・ケイネードである。
彼は優秀な指導者であり、賢明で正気を維持する数少ない為政者だ。
正気、正気なのだ。
だから、いかに地球連合が主導しているとはいえ、今回なにかがあるとは、とても思えないのだが……
「いや……そもそも結局、この機体のテストをトラスク博士がやる以上、その利益のすべては人類に還元される。俺達が案じることじゃない。嫌な予感がしているとしてもだ」
「そうだな。うむ、確かにそうだ。だから、玖星クン」
ショウコは口元をひきつらせ、ムリヤリな笑みを浮かべる。
トラスク博士が同行よりも、よほど懸念すべき事態が目の前にあるだろうと、彼女の眼差しは雄弁に語っていた。
解っている、解っているんだ、風間ショウコ。
俺は案じるべきなのだ、できれば今すぐにでも、この漠然とした予感に従って行動を起こすべきなのだ。
だって、なぜなら。
そう、なにせこの機体のテストパイロットに選ばれたのは――
「――待たせたわね!」
急ごしらえの試験場に響く、凛とした声音。
パイロットスーツに身を包み、星色の髪の彼女がまるで凱旋のように歩を進めてくる。
織守ステラ。
天下無敵の副会長は、此度も生徒会長からの表彰を得るべく志願した。
――試作型セブンス・ヘルヴィムの、そのテストパイロットに。
「今日中に動かせるまで持っていくわよ、みんな気合を入れなさい!」
彼女の号令一下、応! と答えてすべての整備員たちが忙しく動き出す。流星学園の生徒だけではない。地球連合の所属員たちも、顔色を変えて動き出す。
それは彼女のカリスマがなせる技だった。
エース・オブ・エース。
戦場にて、幾体もの獣を屠ってきた歴戦の狩人の身にゆるされる歴然たる威厳。
その様ををまざまざと見せつけられて。
俺は、そっとショウコと顔を見合わせて。
そうして、深々とため息をついた。
まったく――この世に善き神はいない。
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