第十一話 試験機と天才の来日 ~屋上でお弁当~

 流星学園の生徒にとって日常というのは、アグレッサーと戦うことでも青春を謳歌してショッピングに繰り出すことでもない。

 人類の盾として、人類の剣として、日々セブンスやプロウトビット・オーパーツの扱いについて学び、己を高めることだ。

 それが彼らの日常であり、俺の日常でもある。


 ……だから、これは日常からいささか逸脱した行為であると、まあ、そういうこともできた。


 ぬるい風が吹く、急増の第三校舎屋上。

 俺はひとりの人物と向き合い、お弁当をつついている。

 ちなみにお弁当を作ったのは俺である。


「玖星先輩……あーん」


 ……はたしてお弁当を作ったのは俺であるが、それを無表情で俺につきだし食べさせようとしているのは、もう文脈的に意味不明だが俺ではなかった。

 生徒会書記、十六夜キリヤ。

 その小っちゃい手に可愛らしいピンク色のはし(MY箸だ)を持ったキリヤくんは、俺に、執拗にタコさんウインナーをすすめてくる。


「えーっと……キリヤくん」

「……はい、先輩。……あーん」


 いや、あーん? じゃなくってね?

 俺ね、きみが生徒会の情報を横流ししてくれるっていうから、わざわざお弁当まで作って進入禁止の屋上なんかにやってきたわけなんですよ。ここに出入りするのに結構な賄賂わいろを払ってるんですよ。

 でね、しかもそのお弁当作ったの、俺なんですよ。

 ……これ、おかしくない?


「おかしく、ないです。食べて、ください。食べて、くれたら……教えます」


 そう言ってまた、あーんと迫るキリヤくん。

 なにこの子? こんなアグレッシブだった? いや、行動的でいてくれるのは嬉しいのだけど、どこで覚えてくるんだよ、こういうの……


「むぅ……」


 俺は形容しがたい表情で顔を唸り声をあげ、いま必要な情報と、自分の中のちっぽけな自尊心や羞恥心、それらを天秤にかけ。

 ……けっきょく、仕方なく口を開けた。


「あーん」

「はい、あーん、です」


 押し込まれるタコさんウインナー。

 咀嚼する俺。

 もぐもぐ。


「美味しい、ですか……?」


 うん、いや。美味しいよ? 俺が作ったんだから、そりゃあ美味しいよ? きみに食べさせるのに、まずいものとか作らないし。

 あ、でもね、なんでそんな上目使いで、頬だけ薄紅色に染めたりするのかなきみは?

 ……ちくしょう!

 こんな場面ステラに見られたらいい訳もできねぇ!

 生徒会の一員に手を出したとか誤解されて半殺しに……いや、七割は殺されてしまう!


「ヤッベーよ、マジヤッベーよ……」


 と、そんなふうに未来予想図@地獄絵図に想いを馳せて震えている俺の横で、なんだか満足した様子のキリヤくんは、平然と自分の食事を開始したのだった。

 そうして、もちろんキリヤくんの性質上、約束をたがえるわけもあらず、生徒会の内情を喋ってくれた。

 それは、曰くこういうものだった。


「生徒会は、万能博士、エグザム・トラスク、ミスカトニック名誉教授の来訪に際して、いくつかのプランを同時進行しています」

「プラン?」

「はい。ただしくは、生徒会ではなくさらに上位の、D.E.M.が、雨宮理事長代理を促して、です」

「それで、その計画ってのは?」

「はい」


 キリヤくんは、表情を変えないまま、言った。


「ひとつは、先日先輩が体験した、都市部での突発的アグレッサー現出に対する、調査、です」

「……それについては、もうあたりがついてるんじゃないかな?」

「はい、その通り、です。件の神話型アグレッサー。その残滓――あるいは、この学園への干渉の残り香と、推察されて、います」

「物理的にも概念的にもから隠蔽していたこの場所が、図らずしもそれを原因として、アグレッサーが出現しやすい環境に変異してしまったと、そういうことか……他には?」

「はい。こちらこそが、主要プラン、なのですが」


 キリヤくんは語る。

 上の考えている、ひとつの計画を。


「七型汎用決戦兵器……その、無人運用テストを、行うことになって、います」

「…………」


 閉口し、思わず口元を撫でる。

 それは俺のいくつかある癖の中で、思案と困憊こんぱいを意味するものだった。

 七型汎用決戦兵器――通称セブンス。

 これは基本、有人戦闘および有視界戦闘を念頭に置いて開発・設計がなされている。

 というのも、アグレッサーの周囲では多くの観測機器がしてしまうためだ。

 セブンスには全天球視視野システムのほか、各種センサー系が搭載されているが、これはあくまで戦闘〝まで〟の運用を見越してのものである。

 実際にアグレッサーの周囲でセンサーの類を展開してみれば自明だが、あれは光学機器以外の観測をまったく受け付けない。

 熱量は存在しない。

 質量は存在しない。

 外見すらも、人の目で観測するまで不確定。

 そんな埒外らちがいの獣こそ、アグレッサーと呼ばれる超存在だ。

 そして、センサー系が狂うということは、戦闘に際し絶対不可欠の精密機器を、常に補正し、修正し続けないといけないわけである。

 それも、機械に頼らない人力で、だ。

 セブンス乗りとは、それだけのことをこなしながら戦闘を行えるプロフェッショナルでなければならない。

 ……もっとも、オカルトの塊であるセブンスに精密機器がどうのということが間違っているし、また、人が動かさなければ、プロウトビット・オーパーツは本来の機能を発揮し切れないという弱点を抱えているのだが。

 だから、結局のところ、アグレッサーに対して無人兵器で戦闘を行うというのは、非常に難しいことなのだ。

 まだミサイルぐらいであれば、搭載された光学機器で狙いを定めることはできるだろう。

 だが無線で操作することはできない。半数必中界にすら至らない位置にばらまくのが関の山だ。

 故に、従来のセブンスは有人でなくてはならなかった。

 ひとが、ひとの手でケモノを殺さねばならなかった。

 しかし――


「XO-NK4.0-β、試作型ヘルヴィムは、最大四機の随伴機体を、で操作する――そんなコンセプトに、なっています」


 つまり、簡単な理屈だ。

 無線が役に立たず、常に人力の補正が必要ならば――機体同士をケーブルでつないでひとりのパイロットに操縦させればいい、と。


「確かにそれが実用化されれば戦力は増強され、そして死ぬ人間は減るだろうな。人類はさらに大きな力を手にすることになる」

「はい。でも……」

「そうだな」


 なにか言いたげなキリヤくんに先んじて、俺はそれを口にする。


「四つの機体――自機も含めれば五つの機体を同時に操縦するなんて離れ業が……いや不可能事が、ただの人間に出来るかってはなしだ」

「……はい」


 キリヤくんの表情は変らなかった。

 ただし、いくぶん俯いてしまい、その顔に影がかかる。

 声音も、心なし弱っているように聞こえた。

 キリヤくんは、続ける。


「その通りです、先輩。セブンスの操縦は、僕たちでも、困難を極め、ます。それを複数台同時に行えるのは、ほんの一握り、です。だから、その検討も含めて、ドクター・トラスクの来訪を、待っているというのが、生徒会と、上層部の現状です」

「トラスクがなにか、ブレイクスルーを有していると?」

「はい。先輩は、その」


 ……なんだよ、言いづらそうにするなよ。

 俺は、大丈夫だからさ。


「…………。はい。パイロットについては、既に、適任者が上がっています。。そして、機体については――」


 …………。


「機体は――南極で発掘されたディバイオス。その修復時のデータから、学習型AI、と神経伝達系操縦回路が、新たに設計されて、います。主導権は、地球連合。その開発者が」

「発掘に携わった天才、地球連合に拘束される自由人、真実最初にディバイオスを見つけた男、叡智の火をともす人類最高の知性――エグザム・トラスクってわけか」

「はい……」


 そこまで話すと、キリヤくんは今度こそ俯いてしまった。

 表情だけは変らないが、顔色は悪い。

 

 俺は、頭をバリボリと掻く。

 まったく、この子は気にしすぎなのだ。

 俺なんかのために、心を砕く必要なんてないのに。

 優しいから、やさしい子だから、だからそんな思いをする。

 それが、俺には愛おしくて――


「……ん」


 そっと右手を伸ばし、キリヤくんの小さな頭を撫でる。まるで己を塗り付けるように、その黒髪に指を通していく。

 キリヤくんはされるがままになっている。なっていてくれる。


「だいじょうぶだよ」

「でも、先輩」

「だいじょうぶ。俺は、いつまでも人間の味方さ」

「…………」


 キュッと唇を噛むキリヤくん。この子にしては珍しい感情をむき出しにした表情に、思わず俺の相合そうごうが崩れる。そんな場面でもないだろうに、嬉しくなる。

 大丈夫だ。

 大丈夫さ。

 これまでもうまくやってきただろう?

 これからも、上手くやっていくさ。


「さて、と」


 お弁当も食べ終え、生徒会が独占していただろう情報のほとんど――彼ら彼女らに与えられているレベルの情報を確認したところで、俺はゆっくりと立ち上がった。


「昼休みも終わるし、そろそろ帰ろうか、キリヤくん」

「はい、先輩」


 いつも通り、なにも変わらないキリヤくんの表情。

 立ち直ったわけではないだろうけど、もう揺れてはいない。

 なんだかそれが惜しいような気がしたから。

 だから俺は、少しだけ意地悪をすることにした。

 もう少しだけ、成長して欲しいと、そう願って。


「ねぇ、キリヤくん」


 キリヤくん、俺はいつまできみを。


「きみを、男性だと定義し続ければいいんだい?」


「――――」


 その問いかけに、彼は。

 或いは、


「……もうちょっとだけ。もうちょっとだけ、許して、ください」


 甘えるように、そう言ったのだった。

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