第六話 我は神意なり ~I AM PROVIDENCE~

 気が付いた時にはその場所に居て――そして、嗚呼と痛感させられる。

 ほんの一瞬前までエクスシアの中にあった俺の精神と肉体は、エーテルの海を超えて暗闇の中にあった。

 漆黒の闇が落ちる空間の、その中央に、二つの存在がいた。


 ひとつは黒色。

 よいの闇を束ねたような長髪に、雪花石膏アラバスターの肌。作り物めいた造作の、空色のスーツに身を包んだ妙齢の女性。

 雨宮リリス。


 もうひとつは黄金。

 普段の黒髪は影も形もなく、おのずと光を放つ金糸の髪は短く、その瞳すらもまばゆく。矮躯を包む制服すら、いまは耀く。

 少年であり――少女。

 十六夜キリヤ。


 その二名が、全く同時に口を開く。


「行くのですね、玖星君」

「往くんですか、先輩?」


 ――く。

 短く応じれば、黒色はきつく目を閉じ、金色は表情を変えぬまま涙を流した。


「いまだ、制約に縛られているのですね」

「まだ、誓約に囚われている、のですか」


 違う。

 それは違うよ。

 縛られているとか、囚われているとかじゃない。

 制約は、俺の弱さから人を守るために。

 誓約は――俺の愛するすべてを護るために!

 その為にあるんだから、必要なんだ!


権能ちからを求めるのですか、玖星君。ならば、心することです」

神力ちからを望むんですね、先輩。なら、魂に、刻むしか、ない」


 宵闇と金色が、同時にその手を俺へと伸ばす。


「求めるならば、進むのなら聞いてください。これよりあなたが操る刃は、あなたをも屠る破滅の剣であると」

「望むのなら、聴いて、ください。あなたが、滅ぼさんとする邪悪と、〝彼の者〟は、同質で、あるのだと」


 金色の手が俺の胸を撫でる。

 宵闇の指が、俺の額を這う。


「それは混沌が内包する無窮の根源」

「それは死すらもしいする邪悪な永劫」


 学生服が光を帯び、一瞬にして漆黒に呑み込まれる。現れたのは、足元まで届く外套。無窮の黒衣。

 額にて弾けるのは熱量。それすらも極寒に凍え、燃え盛る。生じるのは白き仮面。俺の顔を、魂を覆い隠す、燃える三眼の仮面。口元だけが露出する。


なんじは破滅の先に揺蕩う瘴気の海」

「汝は崩滅の過去たる絶望の大空」


 俺は。


「原罪よりも悪しきモノ」

「尊ばれ敬われる悪行」


 玖星アカリは。


「彼は暗黒、彼は純白」

「彼は漆黒、彼は光輝」




 ――【】は!




「それは流動する悪意にして他を否定し尽くすモノ」

「それは傲慢なる善意にして他を肯定し尽くすモノ」

「その御名みなは」

「その忌名いみなは」


「「その神々しくも醜悪なる名は――The Haunter of the Darkness――【闇を狩り立てるモノ】!!」」












 我は、は、叫んだ。












我は、神意なりI AM PROVIDENCE!!」












 位階への扉が開く。



◎◎



 眼を開く。

 酷く虚ろな風が吹き、仮想空間が砕け散る。

 そして〝我〟は、そこにいる。


 ――異界。


 邪神が世界をおかすとき、そこには異界が形成される。

 虚夢界ドリームランドと呼称されるそれが、世界をどれほどおかしているのか、それを数値化したものがDR侵蝕度だ。

 通常のアグレッサーならば精々が50~200。

 現状の数値はマイナス【1971】。

 そして――この機体が現界アドベンドすることで、その数値はマイナス【99999999999イレブンナイン】まで跳ね上がる。


『YӲ※YYEYE異ヰヸヹÆYE※ЁЩЭ※G愚UU那N亞悪AII遺YY侵E餓!!?』


 突然空を裂いて現れた《我》を見て、その異形は、邪悪は、吃驚の――それを超えた憎悪の叫びをあげる。

 感情などない化け物が、まるで呪うようにをあげる。

 当然だった。

 この姿を見て、黙っている邪神眷属など存在しない。



 黒鉄くろがね

 鋼鉄くろがね

 鋼鐵くろがね

 【コレ】は人類が生み出した機械天使に似てまったく異なるモノ。

 鋼の肉を持ち、刃金の骨格を有し、破瓜音はかねの血を通わすバケモノ。

 光輝の獣に抗うべく生み堕とされた、闇色の巨人。

 機械仕掛けの兵士。


 


 全高70m。

 偉丈夫の巨人に何千枚もの薄いプレートを逆さに重ねたような装甲、その上で踊る、常に流動し明滅するマントは漆黒をたぎらせる。

 その背面には十二対二十四枚の鋭い剣翼ブレード・ウイングが開き、緋色の粒子をばらまきながら、邪悪の頭上に浮遊する。

 鋭く湾曲した腰には、一振りの巨大な、諸刃の剣が収められていた。

 鈍い煌めき。

 真紅の光。

 それは巨人の頭部より放たれている。

 烏羽根色ウバタマイロの頭部から延びる漆黒の髪。そして、その頭部を縦断するかのようにかける三本の燃えたつ血の色の飾り角。

 口も、鼻も、目すらない、無貌の巨人。

 このものこそ、破邪を為す邪悪。

 闇を狩り立てるモノ。




 叛逆機リベリオスREBELLI‐OATH




 最新にして最後の――無貌の神が1側面ナイアルラトホテップ・ワン

 漆黒の機神が、虹色の蝕まれた世界で、いま邪悪の眷属と相対する……!


『玖星――いえ、生徒会長! 現状あなたがリベリオスを稼働できる時間は99.9セコンドです! それ以上の稼動は認められません!! それ以上起動し続ければ、いえ、件の権能ちからを使えば一瞬でが――』


 誰にものを言っているのだと、雨宮リリスからの緊急通信を切断する。

 仮面から透かして見えるコックピット――をそう呼べば、人間はどんな反応を返すのかいささか気になるところだが――セブンスにおいてディスプレイに該当するそこでは、忙しなく神秘数字が回転していた。

 残り時間は、76.3セコンド。

 ……。

 思考時間は刹那。

 即座に腕と一体化した操縦桿を引き寄せる。機械の神が、無言の絶叫をあげて疾駆する!



『YYAAA※※※※※※※※※※※※※※AAAAAA※※※※※※※※※※※AAAEEEEEEEEEEEEEEEEEEE戮※※※※※※※※※※戮戮戮戮※※※※※※※※※※※!!!!』



 邪悪が絶叫を上げた。

 本能が理解したのだ。

 この漆黒が、絶対の敵対者であることを。生物が邪神に抱くように、これを邪神は――決してゆるしてはならいものだと!

 駆ける。

 リベリオスが、我が四肢が、地を駆ける!

 跳躍。


『YYσYY※※※※※Y£AAAш※※※※AAAAAДAAAAAA※※※※※ЮAAAAAA!!!』


 リベリオスに匹敵する巨体、超質量が、地面を割り砕き、土煙を巻き上げ、虹色の粒子をばらまきながら迎撃の構えを取る。

 放たれる無数の食腕。

 その一本一本が、セブンスならば、軽く10体をまとめて粉砕するほどの威力を帯び。


「神代兵装起動――悪夢に燃え上がれ――【アッシュールバニパルのほのお】」


 呪文を淡々とみあげ、落下の勢いのままに、食腕の群れに左手を突き出す。

 コンソールで文字列が蠢動しゅんどう

 人が呼ぶ忌避遺産、神の叡智――プロウトビット・オーパーツが起動する。

 螺炎らえんをまとった拳が、飛来した無量数の触手をふれたはしから燃焼、揮発させ、昇華。大炎上させ、さらに機体は肉薄。

 悍ましい声をあげる邪神眷属、その本体を殴り飛ばし、拳の表面積の数百倍の範囲を燃やし尽くす!


『Щ※YYЁ異※※※殺aヹÆ℣邪!!! Y侵YE※※EG菟U※NA汚AIÆヹヸI!!!』


 邪悪の発する再度の絶叫。異形の体が融解し、プラズマ化。想像もできぬような悪臭が撒き散らされる。


「――――」


 その声を聴き、を聴き、我は理解する。

 かの者の真実の名。その、在り様を。



「……憐れな化け物、堕胎だたいされた可能性よ――ウィルバー・ウエイトリィーの最後の兄弟よ」


 それは、かつて物語のなかで産み落とされた忌むべき双子。

 

 人の世ではなく、全にして一なる門の裡側うちがわに産まれ堕ち、存在しないものとして扱われた闇黒の存在。

 いま、を突き動かすのは複雑でたった一つのプログラムだった。

 燃え盛るような憎悪と、吐き気を催す怨念と、一抹の憧憬――その果ての、悪意。

 感情などではない、純然たる悪意。

 彼奴が望むはただ一事。

 みずからを否定した世界の、そのあらゆるを破壊し、あらゆるを穢し、あらゆるを蹂躙したいというただそれだけ!

 その為だけに邪悪は、すべてを破壊する!


『Eヰ異Æ侵YE畏※愚愚虚※※罵邪殺EYGUU悪憎犯異戮NAA恐飢餓E※YE!!!』


 魔が吼える。

 その全身、至るところに存在する口腔が開き、牙が打ち鳴らされ、そして――虹霓が放たれた!

 触れたものすべてを虹の泡に変えるその光線は、



「――抜刀」









 リベリオスが抜き放った大剣によって、難なく弾かれる。









『イイE異Yイ侵――!? YYE伊GUUNA※※EIEE!? 那※愚ゥゥ腐U怖!?』


 邪悪が狼狽を露わに退しりぞく。根源的な恐怖がその邪眼に浮かぶ。

 彼の目の映るのは、漆黒の刀身、巨大な刀身。














 嗚呼――所詮は、












「叛逆を、いま始める――」


 我の声に応じ、刀身に紋様が走る。

 簡易化された王冠を抱く燃える瞳――コスの印サイン・オブ・コス

 セブンスの特殊振動剣などとは比較にならない、真実の邪神にすら届く刃がひるがえる!

 縦横無尽に振るわれる刃が、副王の御子を切り刻む。

 食腕が、腕が、足が、翼が、眼球が――あらゆるすべてが斬り飛ばされ、破壊される。


『埜罵厭きャYYYYY那/濾魯いえぐGGGUUU腐/kミEyeNN*NA/AAЩЭ※JHディ{ウxヒウ}ヒhsンj※c{ンjbj}愚侵ゲ虞※※殺※邪/***$憎EEEE異E侵侵犯EEEEEEEEEEYYYYYYYYヸEEヱYYヹEYE――!!』


 無情、無残、無慈悲な処刑の執行により、邪神眷属の肉体は汚猥おわいなる体液を零すオブジェと化していた。

 それでなお、邪悪は悪意を納めない。

 ただひたすらに燃え上がらせ、我へと突撃を慣行する。


 ――べちゃり。


 響き渡る、鋼を叩く弱々しい肉の音。

 既に――この機神の装甲を貫くだけの力が、彼奴には残されていなかったのだ。

 精神のブレ。

 我が肉体の侵蝕率が上昇。残り稼働時間が20セコンドを切る。



『YEGU~~~~~~~~~◇▲侵愚*那▼虚**□}愚虞〉異痛※怖}恐{怨※※Næ〈畏+*邪~~GUNA亞AAA悪阿ァ侵畏IEY※E*Y◇S+Z※※Oth――!!』



 殴られる。

 殴られる。

 何度も、何度も。

 ……吼えるか、邪悪。啼くか、邪悪。

 だが悪魔よ、邪悪よ! おまえに如何なる悪意があろうとも、如何なる憎悪があろうとも! ソレは決して生命を脅かす理由とはならぬのだ!!


「邪悪の落とし子よ! 祝福されぬ呪われた副王の御子よ! 悪意によって産まれた哀れなる憎悪よ! いまこそ、その、永き暗黒の偽生ギセイに、終わりを告げよう――!!」


 我が激昂に応じ、リベリオスの右手が唸りをあげる。

 超・超高密度の闇が、宇宙の黯黒が、その一点に収束・収斂する。

 プロウトビット・オーパーツ【疑似・輝く多面体オブスキュリティ・トラペゾヘドロン】。

 その無窮の闇が、咆哮する。


「…………だが」


 我は、思う。

 邪悪へと、思いをはせる。

 汝らは確かに邪悪だったが、幾つもの悪を重ねたが。

 だが――罪だけは、なかったのだろう……と。


「そうだ。すべては我の――


 脳裏を埋め尽くす無数の映像。悔恨、苦悩、絶望、一筋の光。それすべてを見据えて、想う。

 汝、罪なし《ノット・ギルティ》――と。

 だから、だから呪われた御子よ。

 いまは、恐れず、怯えず――混沌へと帰れ……!


「シャールノスよりケムを経て至れ! が辿り着くは究極の門、その彼方かなたの空虚!」


 右腕の先、たなごころよりも先の空間に生成された極小の闇黒。

 それはの言葉が世に放たれるたび、それを貪り喰らうようにして肥大化、やがて腕全体に捲き付くように迸る!

 すべてを呑み込む根源への扉が――いま開かれる!


『ヰ{悪愚※□Y*愚$汚th悪th!! 亞アァ悪AAÅ▼鬼※※※!! Y侵愚GUU那YEY*EI侵}※恐殺憎*怖戮※※悪壊*滅腐***虚邪! 予愚Z*th悪th!! 滅怖~畏恐※怖憎悪恐◇怖恐怖恐怖恐怖! LA▽INI△母嵯ンらヴぃにあ かあさん――――MA~~!!!』


 魔物が、恐ろしい化物が、悲鳴を上げた。

 それは間違いなく悲鳴だった。

 これより起こることを知って悶える、弱者の嘆きだ。

 拒絶されたモノにすら、運命をもてあそばれ、悪意をもたらされたモノにすら救いを求める、哀惜の苦鳴。

 無意識の母を求める、赤子の呼び声。

 そのすべてが、を責めたてる。





 ――それでもは、人類を救うと誓ったのだから。





 状況を、第三誓約に該当と判断。

 第二級神格に対する混沌庭園の解法を提言――受諾!


「無限より出でて、夢幻へと帰れ――闇は黄昏に――光は暁に」


 恐怖のまま、絶望のままに、最後の特攻を挑むその魔物へと。

 は無窮の掌底を叩きこんだ。

















「邪悪よ、根源へと還れ――【混沌回帰】――ケイオス、リグレェェェショオオオオオオオオン!!!」




















 虹を切り裂き漆黒が奔る!

 衝突の刹那、闇黒の落とし児は最後の抵抗とばかりに虹霓を全身から放射する!

 だが、それすらも! その虹色の光も、邪神眷属の肉体も! リベリオスの右腕ごと一瞬で結晶化し、あらゆる因子が、暗黒点――混沌庭園への門マイクロ・ブラックホールの中へと引きずり込まれて!

 そして――




『――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――』




「完全なる邪悪ではなかったが故に憎悪を懐いたよ。我はおまえを救うことが出来ない。だから――せめて何も感じぬ場所へと、け」


 それは、すべての邪悪が産まれた根源ばしょ

 原初の混沌。

 最後まで母を求めた異形は、その闇に融けて消えた。

 虚無へと、還った。






終焉だOut of the Eons……」






 倒壊した廃墟の中に、消えゆく虹の中に。

 我らの声が、虚しく響いた。

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