閑話 絶望蹂躙 ~堕落せし邪悪、心にもつ虚は虹霓~
『※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※――!!!』
それは、まるで悪夢だった。
あまりに醜悪で、名状しがたい光景だった。
晴れわたっていた青空は暗黒に閉じ、恵みの光を放つ太陽は虹色の眼球となって血涙を滴らせる。
非常事態。
そう、これは非常事態で異常事態だ。
だってこんなもの。
こんなもの――
「こんなもの――あたしは知らないぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」
発狂しそうな精神で、あたしは叫ぶ。
あたし。
あたしは誰だ?
千々に乱れる心――あたしは、いったい……?
「しっかりしろ、織守ステラ!」
誰かの声。それがあたしを現実に――悪夢染みた現実へと引き戻す。
そうか、そうだ。
あたしはステラだ。
そして――
この都市の防衛のかなめ――流星学園はいま、アグレッサーの襲撃を受けていた。
アグレッサー。
色彩は光。
形状は翼もつ獣。
翼を持ち、爪牙を抱き、強靭な四肢を漲らせ、尻尾を降り、毒針を研ぎ澄まし、胸鰭は刃のようで、食腕を躍らせる。
それは、獣と呼ぶのなら獣に似ていた。
だが同時に、あらゆるこの星に存在するどんな生命にも似つかない異形でもあった。
それこそは侵犯者。
人類と地球にとって破滅を招くもの。
禍々しくも美しき、崩滅の招き手。
純粋なる――悪魔。
――否。
ソレはアグレッサーなどではなかった。
ソレは
ソレはアネモネに似ていた。
ソレは人に似ていた。
ソレはのたうつロープに似ていた。
ソレは無数の触手を持っていた。
ソレは無数の口を備えていた。
ソレは巨大で半透明な、半人半獣の醜悪で奇怪な化け物に似ていた。
ソレが一歩を――無数の一歩を踏み出す。
倒壊する。
破壊される。
蹂躙が巻き起こる。
流星学園の、その人類の英知が結集した建造物が、崩れていく。
ソレは。
ソレはアグレッサーなどではなく、そしてどこまでも真性の
極彩色に半透明というこの世に狂気を振りまくソノ姿は――完全に邪悪に属するものだった!
『YYӲ※※ĢGG※※怨※※NæĢ℣∄※※ЁЩЭ※殺※※ЯюΞ※※死ヸヱÆ℣∄∭!!!!!!!』
ソレが異形の叫びを上げる。
ソレは産声だ。
ソレは断末魔だ。
ソレは絶叫で狂乱の、歓喜の雄叫びだった。
「――な」
悪魔。
「――んな」
邪悪。
「――けんな」
邪神!
「ふっっっざけんじゃぁ、ない!!!!!」
発狂を熱望する脳髄に刃向かい、狂気に全てを委ねんとする魂を蹴り倒し、あたしは金切声のような雄たけびを振り絞る。
あたしは、こんなもの知っていて知らない!
心は知らない! 魂は知らない! 脳髄は知らない! 肉体は知らない! 遺伝子は知らない! 原子は知らない! クウォーツは知らない!
知らない知らない知らない知らない!!
知らないが――許してはおけない!
こんな理不尽を野放しにしてはいけない。許してはならない。存在させてはならない。
心が、魂が、そう切実に叫ぶ!
「ステラ! 退避を――」
前方の席で叫ぶ少年の声など耳に入らない。
あたしはコンソールをおしこめ、操縦桿をサイドから引き出す。
操縦権限を奪う。
「な!? やめろ! 避難誘導の方が先――」
「ビビッてんじゃないわよ! 弱腰になってんじゃないわよ! あたしたちは刃! そう、あたしたちは破邪の剣! バケモノを屠るが本懐! その為だけの命! あんなものの――好きにはさせない……っ」
気を抜けば萎えそうになる心に叱咤を加え、振り絞った怒りとともに、操縦桿を一気に押し倒す。
スラスターを全開!
推進剤の大量燃焼!
エクスシアの上に覆いかぶさっていたザドキエルを無理矢理蹴り飛ばし、そのままの体勢で宙へと舞い上がる!
いくつもの瓦礫を雨と降らしながら急上昇。
反転。
そして見る。
上空から見下ろす異形は、推定70m。
こちらの三倍以上の、大怪物。
その悪魔に、邪悪に、邪神に――あたしは
そうだ、武器はある!
邪悪を屠る剣は、未だこの手に!
「死ぃいいいいいねええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
全身全霊。
矜持、願い、心金、怒り。
ありったけすべてを込めた急降下攻撃は。
だけれど。
『YY※※※※※Y※※※※YYYYEEEEEEEEEEEE※※※※※※※※愚※※※※※※※※※※NAYYYYYYYYYYYYYYYYYYY』
触手の一振りで、微塵に砕かれる。
刃が、両腕が、そして――誇りが。
「ぎゃっ!?」
追撃を隠し腕で反射的に防ぐも、暴虐的威力に全損、更にコックピットの至る所で火花が上がり、骨格自体が湾曲する。
更なる衝撃。
「あ、ぐうううううううううううう」
墜落。
地面へと叩きつけられ、二転、三転。
装甲がはがれおち、四肢が砕け、翼が
わずか一合の交錯で、機械天使は、邪悪の前に屈服した。
「う、ううう」
全身に痛みが走る。
頭は割れそうで、生温い液体が、額から右目へと流れる。
赤い視界で。
それでも必死に、あたしは眼を開く。
邪悪は、流星学園の中央に陣取り、微動だにしていなかった。
奴が動くまでもなく、あたしは敗北したのだと、理解する。敗北したのだと、痛感する。天下無敵とまで呼ばれた、織守ステラが。
発砲音。
いつの間に出撃したのか、7機編隊のセブンス部隊が、四方八方からそのアグレッサーに――アグレッサーを超えた邪悪へと
動かない。
それでもソレは動かない。
時間とともにセブンスが結集、流星学園の戦力が逐次投入される。
通常のアグレッサーになら、既に勝っているはずの砲火。
だが。
それでも。
『――YYYYYY――』
ソレが、小さく唸る。
その唸り声だけで、脳味噌が発狂しそうになる。
動く。
ソレが。
奴の全身にある、
そして――
【
「ぁ――ああ、あああああ」
人間は、理解を超越した光景を目にしたとき、その処理を止める。
見えなくなる。
解らなくなる。
だからそれがなんであったのか、あたしが解ったときにはもう、全てが終わっていたのだ。
放たれたのは、虹色の光。
幾つもの階層からなる、無数の線光。
それが
――すべてのセブンスを、学園の建造物を、なにもかもを――
【抹消】した。
破壊。
破壊ではない。
「ああああ」
そんな生易しいものではなくって、その放たれた光に触れた部分が、消えたのだ。
泡立つ虹色の光になって、消えたのだ。
学園が、世界が、虹色の庭になって滅びていく――
「ああああああああああああああああ」
何もかもが。
何もかもが!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
精神が絶叫する――これは禁裏だと。
人間が、知ってはならないものだと。
狂気。
死。
間近に降り注ぐ――絶望の。
邪悪の眼が。
その邪眼が。
エクスシアを。
あたしを、見て――
「たす、けて」
たすけて
「たすけてよぅ――アカリ」
極限の絶望のさなか、どうしてかあたしの口から零れおちたのは、つい先ほどまで一緒に戦っていたはずの、落ちこぼれの名前で。
そうして。
『I――AM――PROVIDENCE――!!』
――漆黒の天使が、空間を割り砕いて現出する。
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