第五話 模擬戦 ~天才vs無敵~

 脚部に大量の推進器スラスターを増設した【ヴァーチュズ】の亜種が、大型の防御盾グレート・シールドを正面に構え、高速機動から突進を慣行。

 全高22メートル、質量120トンの大質量が、砲弾の如く対敵へと突進する!

 ――それを、イナヅマのごとき動きで回避せしめ、交叉と同時に脚部を切断する紫の機体。

 体勢を崩し、そのまま地面に激突し粉砕するヴァーチュズ。

 赤紫のセブンス――XO-NK23‐4指揮官型ドミニオンズ【ザドキエル】。

 水之江シリュウの操る機体が、トドメの刃をヴァーチュズに振り降ろした。


「……で、勝算あるわけ、アカリ?」


 一連の戦闘を控室で一緒に見ていたステラは、開口一番そう言った。

 表情は至って不機嫌である。

 いまの勝利で、俺達の対戦相手は水之江シリュウにほぼ確定した。

 天才、バトルアスリート、水之江シリュウ。

 その相手をさせられる。しかもそれが、予定にない展開であること。その二点が、よほどステラは気にくわないようだった。


「あったりまえでしょ!? あんたの戦闘を裏から操って、あたしは楽に生徒会長とご対面! って作戦だったのに……なんであたしまでセブンスに乗らなくちゃいけないのよ! あたし、怪我人よ!?」

「立ってるものは神でも使えってのが俺の流儀でね」

「神はいない! この状況が証明しているもの!」

「まあ、人脈だけは広い、底辺系転入生、玖星アカリを利用したのが運の尽きってことだな」

「キーッ!?」


 歯噛みしてどこから取り出したのか解らないハンカチーフを齧るステラ。

 見ていて非常に心が穏やかになる。


「それはさておき、もうすぐ時間だ。ステラ、パイロットスーツに着替えてくれ。着替えないならそのまま乗せる」

「あたしを殺す気!? ……わーったわよ。ここまでくればあたしだって腹をくくるわ。天使に相乗りする勇気があるってとこ、みせたげるんだから! そして愛しの生徒会長から勲章授与されるのよ!」


 おー、おー、頑張ってくださいね。

 ひとり盛り上がり更衣室へと旅立つステラ。

 そんな彼女の後姿を見届けて、完全に消えるのを待って、俺は呟く。


「〝玖星アカリ〟には、確かに現状戦う力がない。だから、今日はお前の力が必要だった。……でも、でもな、ステラ」


 人類の英知の結晶たる七型機械天使セブンス

 その内部は――



「恐らく、いま解放されている流星学園の敷地で、一番安全な場所なんだぜ……?」



 薄汚れた控え室の天井を――その遥か上方、星辰の世界を見つめ、俺は首許を押さえた。

 ひりひりと、ひしひしと。

 この数日おさまならない嫌な予感が、尽きぬ泉のようにこみ上げてくるのだった。



◎◎



「――下肢部ショックアブソーバー試験運転開始――完了、正常動作確認グリーン


 夜空に煌めく星よりも、よほどか細い明かりが無数に燈る密室に、良く通る声が響いていく。

 硬質なシートに深く腰掛ける、俺のすぐ後ろで発せられるその凛とした声は、言うまでもなく織守ステラのものだった。


「各種神経伝達機関、接続試験開始――完了グリーン。音声認識、調音試験開始――完了グリーン。各部アクチュレーター、チェック――完了グリーン


 両の手の下に設置された小型キーボードを高速で叩きながら、胸の前にせり出すディスプレイに反映される各所の状況確認。更にタッチパネルを駆使し、詳細な情報を呼び出し調整していく。

 エース・オブ・エースの名は伊達ではない

 織守ステラは戦いにおいてのみ無敵な訳ではなく、あらゆる事柄に対し、無敵であり最強なのだ。

 そんな感慨にふけっていると、座席の後部を軽く蹴り飛ばされる。


「ぼけっとしてないで手伝いなさいよ。元凶はあんたでしょ!」

「あいあいさー」


 気の抜けた返答を返し、それに対し彼女がまた怒ったような声を出して、俺は小さく笑う。

 そうして笑いながら、指示された通り、目の前のスクリーンに映し出された情報を読み上げる。


「ホールバーグ炉心、臨界機動――出力40%で安定を確認。待機状態から臨戦状態への移行を確認チェック

「発進シークエンス完全完了オールグリーン――OK、準備完了よ、アカリ!」


 彼女の掛け声に応じるように、機体の至る所が唸りを上げ、炉心がエネルギーを回転させる。

 メインカメラが収縮。


 XOーNK01-6D【エクスシア】が起動する。


 本来、教官と新米パイロットが同時登場するためのD式パワーズ。だが、各務ちゃんたちの能力を最大限発揮するため、この機体はかなりピーキーな仕上がりを見せている。

 顕著なのは、情報収集能力の向上と、反応速度の強化、そして精密性の上昇。

 加えるところの

 これによって、エクスシアは型番こそ第一世代だが、それでも十分次世代とやり合える仕上がりを見せている。

 ただ……問題は、敵が人類史上、類をみない戦闘の天才だということだ。


「……ねぇ、アカリ」

「なん――痛い」


 声をかけられて振り返ろうとすると、ブーツの底で顔を蹴り抑えられた。


「こっちみんな。その……パイロットスーツみられるのは、流石にちょっと恥ずかしいし……」

「…………」


 世界最高峰の生命維持装置と衝撃耐性素材で構成されたスーツは、首周りのコルセットを省くと、殆どぴっちりと身体に張り付くようなデザインになっている。

 肢体のラインがもろに出る仕様だが、これには技術的に狭いコックピットでごたごたとしたものは身に着けられず、万が一負傷した際に応急措置が容易く、なにより電子パルスの伝達を経た簡易神経系の接続を可能にするという、きちんとした理由でこうなったとされている。


「もっとも、製作者の趣味という意見もあるが」

「その製作者はいつかあたしが半殺しにするとして……それより、アカリ」


 なんだよ。


「あんた、本当にシリュウくんに勝てるつもり?」

「…………」


 俺は口を閉ざした。

 勝てるか勝てないかでいえば、恐らくいまの俺では勝てない。善戦することすら難しいだろう。勝機があることと、勝利しえることは明確に違う。

 もしも水之江シリュウがアグレッサーを独力でほふれるだけの機体運用をこなすのならば、いまの俺には決着を遅らせるぐらいしかできない。


「それがわかってて、なんであたしを巻き込んだわけ? どうせ負けるんなら、わざわざアドバイザーを同乗させなくたっていいじゃない」

「うーん、難しい質問だ。いくつか模範解答はあるが――しかし、俺の答えは一つだ」

「教えてちょうだい」

「それはな」

「それは?」

「ああ、それはな」


 一呼吸。

 ディスプレイに反射する彼女の、固唾をのむ表情を見詰めながら、俺は、真剣な表情でこう、答えを返した。


「おまえに、俺がカッコいいところを見せたかったんだ」

「……は?」

「男ってのは、永劫の昔から女には格好をつけたい生き物なんだよ。だから、頑張ろうと、一番近くで見ていてほしいと、そう思ったのさ」

「え……えっと……それって、つまり……?」

「つまり?」

「あ、あんたはあたしのことが――」


 アナウンス。

 ステラが何かを言いかけたところで、ちょうどよく訓練場へ入場するように促された。

 俺は会話を切り上げ、手元のキーボードを収納。

 操縦桿を引き出し、機械の天使に、一歩を踏み出させた。



◎◎



 屋外に出たことで起動した、全天球視野オール・ビュー・スクリーンが確保するのは、周囲すべてを見通す視界。

 音響式レーダーが即座に探査を開始。地形がマッピングされていく。

 一キロ平方メートルの敷地内に、無数の障害物が設置された第十一訓練場――今回の模擬戦、俺達の決戦場がそこにあった。

 その決戦場――当機の、遥かに前方。

 対敵のピットに、紫の機影が視える。

 重装甲と高出力、高機動を両立した傑作機。二本の速射砲と振動剣、更に各種ギミックを搭載する烈機。天才シリュウが駆る【ザドキエル】が、陽光の下、その威容を誇っていた。

 唐突に、通信が割り込んでくる。

 背後のアドバイザーにハンドサインを送ると、背中を蹴られ、苦笑。

 了解と肩を竦めて、疎通状態にする。

 飛び込んできたのは、ガサツな笑い声だった。


『おう、コッコノホシ! よう負けんとワイにぶち当たるまで上がってきたやないけ!』

「水之江シリュウか。おかげさまでな。俺がこの学園への編入を許された理由の一つは、戦術立案能力だからな。そりゃあ、残りもする」

『は? 聞いたことないで、その話し? ワイが知ってるんは、おまえが他の支部で大問題起こして、そいで島流しにあったちゅう……いや、そないなことはどうでもええねん!』


 似非えせっぽさ全開の、イントネーションからしておかしい関西弁モドキで叫びながら、水之江シリュウは言う。

 嘲笑とともに言い放つ。


。――そこにいるんやろ? 聴いてるんやろ、織守ステラ? ワイが勝つで。勝って名実ともに、この学園最強を名乗らせてもらうんや!』


「…………」


 背後で。


「…………、よ」


 俺の背中で。


「…………じゃあ、ないわよ」


 同じ機体のなかで。


 ――彼女は、叫んだ。






「ふっざけんじゃあ、ないわよ、この三下! 最強はあたし! あたしが最強! あの人に出会うまで、あの人に想いを告げるまで! ! 織守ステラに敗北はないの! そしてそれは――!」





 グッと、痛いほど彼女が、俺の右肩を掴む。





「たとえあたしが操縦しなくっても、同じことよ。そこんとこ……忘れないで頂戴」




「――へ」


 決然と言い放った彼女に、彼は、


「けへへへへへへへへへへ!!」


 水之江シリュウは、哄笑を浴びせる。

 天才が、牙をむく。


『そいなら遠慮はいらへんなぁ? 存分に、完全に、徹底的に! ワイがおまえらを絶望の底の底のドン底へ――叩きのめして、叩き落としたる! だから――』


 戦闘の開始を告げるカウントダウンが始まる。

 3、2、1――開始Go ahead!!



『初っ端から全霊で、ぶち殺したるわ』



 冷徹な呟きとともに、ザドキエルが、大地を粉砕し疾駆する!

 切って落とされた幕の内側で、420ミリメートル速射砲をエクスシアが構える。

 先行するザドキエルが、素早く身をひるがえし、乱立する障害物の一つへと身を隠す。こちらが狙いをつける暇を与えない、まるで野生動物のような機動。

 同時に俺もペダルを踏み込み、スラスターを焚く。

 重量140トンを超える巨体が、鈍重に、しかし確かに歩み始める。

 機動性能・旋回性能では勝負にならない。

 勝負はカウンター。

 奴がこちらを仕留めるべく飛び出してきた瞬間に、機先を制し交叉法カウンターで仕留めるしかない。

 レーダー、ソナーそして光学探査を全開で展開しつつ警戒を維持。更に有利な立地を求めて移動する。

 速射砲に装填されているのはペイント弾だが、システム上、命中した部位によってセブンスの性能は低下する。

 腕部に当たれば使用不能になり、頭部に当たれば探査機器の精度が落ちる。

 携行盾にも耐久度が設定されているため、ある程度の弾着を受ければ強制廃棄パージされてしまう。


「さぁて、これからどうするのが最善だと思う、ステラ?」

「あんたは盾でもかまえてなさい。あたしが、探査系を見ててあげるから!」


 怒鳴られてほくそ笑む。

 シリュウめ、いい感じに火をつけてくれたものだ。

 白兵戦はともかく、至近戦闘を望まないこちらは、警戒しつつ常に構えているしかない。

 だが、シリュウが最も得意とし、そしてアグレッサーに最も有効な間合いはクロスレンジだ。

 必ず。必ずどこかで打って出て――


「ッ!?」

「アカリ!」


 

 気が付いた瞬間には遅かった。

 衝撃。

 警報、警告!

 数発のペイント弾が、右肩に命中する!


損耗報告ダメージレポート!」

「右肩部そんしょ――被弾! 今後、右腕の可動がロックされるわ!」

「ちぃっ!」


 さらに飛来する弾丸を、推進器を全開にし、寸前で回避する。

 手近な障害物へと滑り込み、背面を押し付ける。

 着弾音が――途切れる。

 そして沈黙。


「…………」


 こちらが被弾したことは確認しているはずだが、シリュウは吶喊とっかんをかけては来ない。

 彼は天才だ。

 そこに油断はない。

 じわりじわりと弄って、そしてこちらがにっちもさっちもいかなくなり捨て鉢の特攻をしてきたところで、クロスレンジで確実にしとめる。それが水之江シリュウの戦術だった。つい数十分前に見て、そしていま見たとおりの戦闘法。

 それは、対人戦では呆れるほどに有効な戦術。

 だが――


「……駄目だな、シリュウ。それじゃあダメだ」

「…………頭でも打った、アカリ?」


 冷たい声を吐くステラを無視し、俺は障害物から転がり出て、次を目指す。

 発砲音。

 数発が着弾――地面に。

 命中の一歩手前で、俺は新たな障壁の後ろへと飛び込んでいた。

 

 いかに高速で動けるザドキエルとはいえ、理論上狙撃ポイントは限られる。この短時間――先程の射撃からわずか470ミリセコンドでは、移動できる範囲には限度があり、そして今の射撃はそこから外れていた。

 再びスタート、別の障害物の陰へ。

 ――隠れると見せかけて急制動、元いた遮蔽物の後方に転がり込む。


「――ッ! 運転が荒っぽい! 舌、噛んじゃうじゃない!」

「……やはり駄目だ、シリュウ。そんな戦術では、駄目だ」

「ちょっと、あたしの話を聴――!?」


 同伴者が喋り切るまえに地を蹴って跳ぶ。

 跳び出しながらのポイント――だが、またもあり得ない方位、ありえない距離から銃弾が降り注ぐ。

 それを

 ――見極めた。

 修正予測したポイントを狙い、トリガーを引く。


 着弾――そこに、紫の機影があった。


 即座にこちらの意図に気が付き、見切りをつけ移動するザドキエル。

 だが、既にその姿は捉えているロックオンはすんでいる

 さらに面射撃を続け、一息に接近。


「ちょっ!? 悪手にもほどがあるでしょそれ!? そんなことしたら――」

「解ってる。奴の間合いに飛び込むことになるし、そうなれば負けるのはこっちだ。それでも!」


 破裂音!

 もう一度、どぎついピンク色に染まった右腕で防御しつつ光学探査を全開!

 見えた! 急接近する赤紫の機体――ザドキエル!

 速射砲を構えカウンターを狙い――銀光!

 天才の異名に偽りなし。

 クロスレンジの最大武装たる振動剣を、一切の躊躇いなくシリュウは投擲武器として使用したのだ!

 飛来する刃に弾かれて、銃口が天を打つ! 数発放たれた弾丸が蒼天に吸い込まれ、その間隙で間合いがゼロへ!


『織守ぃぃぃぃぃ、ステラアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 咆哮する戦闘芸術者。

 左手の速射砲を、射出した反動のまま手放し、俺は腰の振動剣を抜き放つ――が、当たり前のように間に合わない。


「がぁっ!?」

「ぎっっ!!」


 意識が撓みそうな衝撃。

 押し倒されたエクスシアの胸部――つまり俺達が乗っている場所に、鋭利な刃が付き付けられる。


『――なんちゅうか、既に種がバレとるみたいやがな。こいつが変格射撃の真実で、お前らが負けた理由や』


 形状記憶鋼線インテリジェンス・ワイヤー

 ザドキエルの腕部に収納され、必要に応じて先端が変形する特殊ワイヤー。

 そう、シリュウはそれを速射砲に巻き付け、事前に障害物の一部へと設置。こちらの動きに合わせて発砲していたのだ。それがあり得ない角度、ありえない間合いからの狙撃の真実だった。

 そうして、投擲した振動剣を、即座に彼の手元に巻き戻したのも、そのワイヤーの仕業であった。


『まあ、なんや。これを見破られたのは初めてなわけやけど……結局は、ワイの勝ちやで。勝利に貴賤なんてあらへん。……つーわけで』



 ――逝ってまえ!!



 彼が躊躇なく、アグレッサーすら刺し貫くその刃を降り降ろそうとした――その、刹那だった。


『なっ!?』


 ザドキエルに衝撃。同時にその両腕と、頭部が機能を喪失する。いまシリュウの視界を覆うのは――

 千載一遇の好機に、俺は全霊で叫んでいた。


「ステラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「わーってるわよ、うっさいわね!」


 

 そこに内蔵されていた!!


「セイヤー!!!!」


 XOーNK01-6D【エクスシア】。

 Dは、複座型Double sheetのDであり、二倍の両腕Double of both armsを意味するDだったのだ! もとより二人乗り、もとより4つ腕の機体がエクスシア!

 そして、先の一撃で上空へと放たれていた弾丸は、当然地球の重力にひかれ落下する。

 それがザドキエルに直撃し、その行動能力を奪った。

 絶体絶命からの逆転劇。

 

 いままさに、懐刀が天使長ザドキエルの胸部を破壊して――







































――――恐怖が――慄然が――絶望が――世界を席巻する――――































 蒼天は暗黒に。

 大気は瘴気に。

 太陽は、奈落の穴に変わり。



 かくして――終わる。

 平穏が潰える。

 【ソレ】が、舞い降りる――
















『――コ――ココノ――玖星――玖星アカリ!!』



 緊急回線から響く声は、雨宮女史の、リリスの切迫した悲鳴だった。

 


『DR侵蝕度――負位置マイナス!! あれが――が、きます!!』




 それはあり得ないことだった。

 〝彼〟が結界を張るこの場所は、いかなる干渉も受けつけない。だから、もしそれが可能であるとするならば、いままで沈黙を続けてきた彼奴きゃつらが、とうとう本腰になったということだった。いま鳴り響くのは、最悪の事態の、その到来の鐘だった。




 使




 だから、ありえないなんてことはありえない。




 ――そうして、その場に居合わせた誰もが、【ソレ】を目撃した。

 獣に似て、この世のあらゆる獣とは異なる悪魔。

 その悪魔を超える邪悪。












 ――【】――














 正真正銘の、破滅の担い手が――いま、流星学園へと、舞い降りた。

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