第四話 技術者 ~戦闘芸術者はいま、傲る~

 図書館を出た足で、俺はそのまま、セブンスの高等部専用格納庫へと向かった。

 その途中、


「……あ、先輩」


 背後から、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声を、投げかけられた。

 振り返ると、なじみ深い人物がいた。

 宇宙の暗闇を集めたように黒い頭髪。野暮ったい眼鏡。矮躯。

 愛すべき後輩にして

 十六夜いざよいキリヤが、ちょこんと廊下に立っていた。


「やあ、キリヤくん! どうかな、あの暴君ステラのもとだけど、生徒会の仕事には慣れたかい?」


 前年度編入してきたばかりの俺とは違い、初等部からこの学園で過ごし、そして今年ようやく生徒会の一員となった十六夜キリヤ。

 去年この学園へやってきて、右も左もわかってないような風にうろついていた俺に、色々と便宜を図ってくれたのは、当時中等部のキリヤくんだった。

 そんな、何事もそつなくこなすこの愛すべき後輩に、俺はありったけの親愛の情を込めて大仰に尋ねてみた。

 するとキリヤくんは、コクンと頷き――手に持っていた資料の束を取り落しそうになり慌てて抱え直して――またコクンと、何事もなかったように頷いて見せる。


「慣れた」

「そっか。で、楽しいかい?」

「楽しい」

「うん、そうか」


 表情が変わらないキリヤくんの、どこまでも平坦な声。

 だけれどそこには、確かな本音が混じっているのがよく解った。

 だから俺は、目の前の後輩の代わりに微笑を浮かべる。

 確かに十六夜キリヤは人とコミュニケーションをとることが苦手だし、顔に感情が出にくいから誤解もされる。

 でも、あの特殊極まりないイロモノ生徒会の連中は、それだって許容したのだろう。

 そうだ、なんだかんだいって面倒見のいいステラが、放っておくわけがないのだ。

 思惑があるにしても、今回俺を助けてくれようとしている彼女が、そんなことをするわけがないのだ。

 それが、どうしてか俺には嬉しかった。


「……先輩。いま……笑った」

「――?」

「笑った。難しい顔ばっかりの先輩は、いつも……無理して笑ってる、から。でも、いまの笑顔は、本物だった」

「…………」

「先輩が笑顔になれると、ぼくも、……うん。嬉しい……です」


 そう言って、十六夜キリヤは、微笑んだ。

 月の光のように、優しい表情だった。


「あ、そういえば、先輩」


 思わず見惚れ、言葉を失っている間に、キリヤくんが何かを思い出した様子で口を開く。


「雨宮副理事長が、探していました」

「リリ――げふん」


 先程までの油断があったからか、多くの生徒が往来する廊下でまちがってリリスと呼びそうになり、慌てて咳払いをする。

 額を押さえながらさりげなく周囲に視線を配るが、聞きとがめたものはいないようで、みな思い思いに歩いていく。

 コホンともう一度せき払いして、俺は、


「雨宮女史が?」


 と、余所行きの言葉を吐きだした。

 キリヤくんが頷く。


「模擬戦のことが、一つと」

「一つじゃないのか……」

「はい、こう言って、いました」


 十六夜キリヤは、平坦な声で。

 それでも精一杯、雨宮リリスの声を真似して、俺にこう、告げた。



。故に――』




 ――叛逆機リベリオスへの搭乗を、禁止します。




◎◎



「ああ、噂と武勇伝はかねがね聞いているとも。キミが嵐の転入生、玖星アカリくんなのだな!」

「…………」

 

 それが一体どんな噂や武勇伝かは知らないが「主に女性問題だな! 主に女たらしということで有名だ!」うっせーよ! 黙れ、人のモノローグにまではいってくんな!


「えっと、どんな噂かは知らないが、そう言って俺に迫ってきたのは同級生の風間かざまショウコだった」

「うむ! いかにもタコにも、わたしが天才エンジニアの風間ショウコだぞ! さあ、存分に敬うがいい!」


 ……まあ、つまりはこういう、面倒臭いやつなのだった。

 さて、そんなショウコを訪ねたのには他ならない理由があった。

 というよりも、こいつに会えればいいなという温い展望とともに訪れた場所が本命だったというべきだろう。

 ここは流星学園七型汎用決戦兵器セブンスの格納庫の一つである。

 格納庫ではあるが、整備や補給も通常時はここで行われるため、ハンガーと呼ぶほうが正しい。

 地下ハンガーと呼ぶのならもっと正しいだろう。

 数十体も立ち並ぶ、いままさに整備され骨格剥き出しの天使たちは、さながら地獄か墓場のような有様で、その足元を沢山の生徒たちが忙しく駆け回っている。

 整備委員会。

 流星学園の縁の下を支える力持ち。

 現場が信頼を寄せるエンジニアたち。

 そして風間ショウコは、そんな技術者たちを束ねる高等部ハンガーの、その総責任者を任せられている。

 整備委員会の委員長。

 それが、彼女の肩書だった。


「で、玖星クンはこの天ッ才ッ! ショウコちゃんにナニヨウがあるのかね?」

「お前が天才かどうかは知らんが」

「この大ッ天ッ才ッ!! スーパー・ショウコちゃんに貢物みつぎものがあるというのなら、遠慮なく戴くが!」

「いや、そういう用件ではなく」

「稀代の超・天・才! ロジカル☆ショウコちゃんと付き合いたいというのなら、まずは三回回ってフェルマーの最終定理を証明しないとフラグが立たな」

「――おまえ、これが30分アニメだったら第6話あたりで爆死しそうな名前してるよな」

「なん――でっ、キミはっ! 人の心を的確に抉るようなことが、そう容易く言えるかねぇっ!?」


 俺の両肩を思いっきり引っ掴み、下から覗きあげるようにブワァッと号泣するショウコ。

 よし、イニシアチブは取り返したぞ!


「さて、冗談はともかく」

「冗談になってないんだがね玖星クン!?」


 冗談だ。と、未だに俺に縋りつき鬱陶しい泣き顔を曝しているショウコを引っぺがし、ちゃっちゃと本筋に入る。

 ……あれだな、すごいギャルゲの消化イベント感あるよな。


「ひとを攻略不可能ヒロインみたいに言うのはやめてくれないか!?」

「そもそも攻略する物好きもおらんだろ、おまえは」

「ヒドイ!? 聴いていたのと全然違うではないか! 玖星クンは無条件で女性には優しいのではないのかっ!?」


 自分がギャルゲヒロイン呼ばわりされたくないのなら、俺のことをハーレム主人公みたいに言うのをやめてくれませんかねぇ……。

 あー、と。

 俺はあれだ、博愛主義だから。


「あ、ただしおまえは例外な」

「!?」


 まあ、なんやかんやあって。


「ふむ。各務姉妹が以前使用していた複座式セブンスの実験機、XOーNK01-6D【エクスシア】をキミと副会長でも搭乗できるように整備してほしい、というわけか」

「ああ、本人たちの確認は(ステラ以外)とっている。問題はない」

「期間的にも技術的にもこちらも問題はない。いいだろう、雨宮副理事長の許可も……うむ、確かに認可されている。早急に取り掛かるように委員たちに言っておくとしよう」

「おお、助かるよ」


 本心からそう言って、俺は笑う。

 しかしショウコは、難しい表情を浮かべていた。


「……いらぬお世話かもしれないがね、玖星クン。エクスシアはいわゆる第一世代だぞ? いかに模擬戦では、壊れてもいいように型落ちが使われるとはいえ、他の者はみなXOーNK12以上。特例でNK23‐4、つまり隊長機である【ザドキエル】を引っ張り出してきたものもいる。エンジニアの見地から意見させてもらえば、この世代間格差というのは絶対的だといってもいい。かの織守ステラ副会長が操縦するにしても、必要な力量差はざっと3倍だ」

「…………」

「なんだ、その顔は。いきなり呆けて……はっ! まさか、わたしに惚れたのか!? だ、だめだ、これでもわたしには、思い人が! あ、でも、あー!」

「いや、おまえでもまともなこと言うんだなーっと……あー、聴いてねーですね、はい」


「しかし! あ、だめ! そんな!?」


 とか、一人で急に身もだえし始めた自称天才は放置し、俺は、その貴重な意見のほうを咀嚼する。

 確かに、一世代違うというだけで、技術レベルには大きな差が生じる。

 各種動力機関や、関節、人工筋肉などは随時最新のものに交換されているとはいえ(これはいざとなれば最前線に向かわされる流星学園生徒の特権であり、D.E.M.及びその上位組織スピリットがいかに強い権限を有しているかという指標でもある)そもそもの設計思想からして違う部分は改修のしようがない。

 例えば第一世代【パワーズ】は、殲滅を目的として造られた。そのため大火力兵器が多く搭載され、その分動きは鈍重だった。機体のサイズも無暗に大きく、25メートル。操縦性も劣悪で、運用には高い技量が必要とされる。

 対して第三世代【ドミニオンズ】は、安定が主題に置かれている。この長い戦いの平定の祈りは、そのまま機体の拡張性の高さへと繋がった。あらゆる局面に対処できるよう軽量小型化が進み、一方で装甲も硬い。また、試作兵器も運用できる優秀なOSが採用されている。特段に弱点といえる弱点はなく、取り回しもはるかに容易だ。


「うん。カタログスペックだけを比べれば、複座型だろうがなんだろうが第一世代が第三世代に勝てる道理はないな。あるのはリスクだけだ。慣れ以上の意味はない」

「その通りだ、玖星クン」

「……やめろ、いきなり元に戻るな。なんか心臓に悪い」

「もし、第一世代が第三世代に勝るとすれば」

「話を聴け」

「第一世代ならざる第一世代、複座型セブンス【エクスシア】が勝るとすれば、それは――」


 俺の言葉になど耳を貸さない彼女が、独白するようにその先を口に仕掛けた、その瞬間だった。





「おー、なんや見た顔やと思ったら……へっ、編入組のコッコノホシやんけ!」





 話の腰を折るように、極めて陽気かつ、極めて悪意のこもった声が、ハンガー中に響き渡った。

 その声音が、あまりに嘲侮ちょうぶ的だったからだろう、勤勉な整備委員会の学生たちまでもが、その手を止めて視線を向ける。

 ショウコが、隠すこともなく舌打ちをした。

 俺は小さな息を吐き、その人物へと向き直る。



「〝水之江みずのえシリュウ〟」



 彼は、生粋の強者の表情で、呵々大笑かかたいしょうした。


「けかかかかか! おうヨ! ワイが学園最強の戦闘者! 次世代最高のセブンス乗り! 戦闘芸術者――水之江シリュウ様や!!」


 逆立った髪の毛に、右耳に連なる三つのピアス。

 学園指定とは大きく異なる、紫の地に銀のラインとラメが入る、けばけばしいほどのジャージをまとう、目付きが最悪に悪い少年。

 悪童の名を欲しいままにするとともに、至高の戦闘芸術バトル・アスリートとまで呼ばれる少年が、兇悪に笑いそこに居た。


「コッコノホシアカリ!」

「俺の名前は玖星アカリだ。コッコノホシじゃない」

「コッコノホシ、ワイはここに宣言するで」


 シリュウは、その嘲笑を絶やさぬまま、俺へと――そして〝彼女〟へと言い放った。





「次の模擬戦――





 天下無敵の副会長、織守ステラを正面から撃ち砕く。


 彼は、戦闘の天才は、傲慢にもうそう、言ってのけたのだった。

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