第三話 迷宮図書館 ~とある双子のインターミッション~

 古今東西のあらゆる戦術、芸術、学術についての資料がそろっていると噂される大図書館が、流星学園にはある。

 その面積は、ざっと見繕みつくろって国会図書館の三倍に値し、そのほとんどが地下部分である。

 最新書籍から稀覯本きこうぼん、はては禁書や焚書ふんしょの類まで納められたこの図書館では、あまりに広大な面積と入り組んだ本棚の配置から、年に数人は迷子が出てしまい、ついたあだ名が迷宮図書館。

 情報量もまさにラビリンス級なその図書館を、俺が尋ねたのは、ひとえにお願いあってのことだった。


 流星学園は学生自治で運営される。

 この図書館も御多聞にもれず、図書委員会が一手に管理を担っている。

 そんな図書委員のトップにして、迷宮図書館の主に、俺は会いに来たのだった。

 せわしなく働く図書委員たちに気さくに話しかけながら(その殆どはスルーされ、そっぽを向かれるか、俯いたまま早足に通り過ぎられる)俺は、図書館の最奥へと向かう。


 AからZ、0から9までのナンバリングが施された通路の奥に収められた魔術王の鎖骨レメトゲンのレプリカ。

それを引き抜いて、とある書架へと押し入れる。

 すると、最奥の先に、更なる通路が一時的に姿をあらわす。まるで魔術的な出来事。いつみても呆気にとられるだ。

 俺はポリポリと頭を掻きながら、その通路へと一歩足を踏み入れた。


「やあ」


 ここを訪ねるたびに発する、いつも通りの挨拶。

 その返答は、


「はぁ……お兄さんは、いつも大変ですねー?」


 という、溜め息込みの、なんとも憐みに満ちた声だった。


「編入してきてまだ1年だっていうのに……校内模擬戦の話、噂になっているですよー」


 ペイルパープル

両の眼の色がわずかに違うショートカットの少女が、のんびりとした口調で、そんなことを口にした。

 流星学園高等部一回生。

 玖星アカリのことをお兄さんと呼ぶ彼女こそ、迷宮図書館の主たる司書、その一人にして俺の後輩たるゴスロリ少女、各務かがみキキョウ、そのひとだった。

 学園指定の制服ではなく、ゴシックでロリータなふりふりを着込んでいる彼女に、持参したシュー・ア・ラ・クレームを手渡しつつ、俺は疲労のこもったため息を吐いた。


「ああ、らしいね」

「お認めになる? それはつまり、副会長の献身が痛みいる、ですか?」

「……あんまり意味不明なことを言うなよ、キキョウちゃん。あいつは生徒会長を呼び出したくて喧伝してるだけだろ……それより、今回の出撃で、生徒たちのメンタルはどうなっている?」

「どう、といいますとー?」

「うん。ここ数か月、アグレッサーの出現回数は増加の一途を辿っている。奴らに拠点攻撃という概念はないが、ないはずだが……徐々にその精度が上がっている。つまり、何らかのを予期できる。厭な予感は常にある。もし、もしもだ。何らかの理由でそのことに気がついて、心的なストレスから逃避を望むものがいるのなら――」

「――誰一人として、心が折れているものなどいないよ……お兄様?」


 部屋の奥から響いたのは、眠たげな声だった。

 視線を向ける。

 そこでは、キキョウちゃんと違う瞳のパターン――金銀妖眼ヘテロクラミアの、だけれどそれ以外は瓜二つの少女が、大きなソファから身を起こすところだった。

 俺は寸前まで浮かべていた表情を消し、微笑んで、その少女の名を呼ぶ。


「おはよう、レンカちゃん。今日も可愛いね」

「黙れスケコマシお兄様。私だけでなくキキョウも褒めろ」

「……うん。二人とも可愛いよ?」

「「…………」」


 酷い言葉とはうらはらに、褒められて頬を染める二人。

 そんな反応に、俺の胸の内も、少しだけ軽くなる。

 いまソファから起き上がった彼女の名は、各務レンカ。

 各務キキョウちゃんの双子の姉にして、迷宮図書館のもう一人の主だった。

 二人で一人、一人で二人の各務姉妹。

 或いは――触るな危険アンタッチャブルの各務姉妹。

 剣呑な二つ名の彼女たち。

 俺は、そんなレンカちゃんに、最前の言葉の意味を尋ねた。


「で、どうだろう。なにか、いつもと違う噂話が出ていたりするかい? なにか、気が付いているものがいたりは」

「どうかな」


 レンカちゃんが、そのちいさな肩をすくめる。

 眠たげな表情で、しかし、少しだけいたずらそうな笑みを浮かべて。


「言った通り、誰も心は折れていないよ。そして上層部――生徒会と学園からの公式発表はいつも通りといえばいつも通り。アグレッサーに接敵した学園側のセブンスは2機が中破、4機が小破したもののこれを撃退。その後、出現したアグレッサーの増援は、急行した生徒会長専用機が極短時間ですべて撃滅したと――まあ、そんなところ。情報は増えていない」

「それに対して、リアクションは?」

「生徒会長スゲー! 一色ですね。こっちもいつもどおりです」


 レンカちゃんの説明を、お茶を煎れながらキキョウちゃんが継ぐ。


「現在、試作最新鋭機XOーNK37が開発されている七型決戦兵器セブンスですが、相変わらず生徒会長の機体に関しては情報規制が敷かれています。ただ、副会長がばらまいている戦闘映像の断片から、プロトタイプを含む17系統62機体、そのどれにも当てはまらない天使を会長は操縦していることになります。そして、あの副会長以上の戦果を叩きだしている……と、そんな会長はすごい、必ず助けに来てくれると、むしろ意気は高揚している感じですかねー。あっはー、まるで狂信者みたいですね!」

「…………」


 言い得て妙なそのたとえに、俺は瞑目し、複雑な気分で押し黙る。

 〝彼〟が戦いの象徴と化すのは、いい。善くはないが、仕方がない。だが、生徒たちがそれに依存するのは、望ましくないことなのだ。必ず彼が助けてくれるなんて、そんな甘い考えではだめなのだ。

 生徒会長は、なにもこの学園の学生だけを助けてきたわけではない。

 かつては世界中で、その姿が目撃されていた。

 燃える三眼が描かれた仮面をかぶり、足元まである黒衣に身を包み戦場を渡り歩く死神。

 国連軍とアグレッサーの戦闘にすら介入し、ただただ、邪悪のみを駆逐する。

 、〝

 ……いつまでも〝彼〟を頼っていては駄目なのだ。

 すべてのものが、自ら立ち上がらなくては。そうでなくては――


「お兄さん?」

「お兄様?」

「――ああ、ごめん」


 よほど深刻な表情でも浮かべてしまっていたのだろう、気が付くと二人が、心配そうに覗き込んできていた。

 実感する。

 これだけの時間を生きているのに、俺はどこまでも未熟でしかない。

 出来ることは、限られているのだ。

 俺は、二人の不安を吹き飛ばすように、いつもの笑顔を浮かべて、キキョウちゃんが差し出してくれたお茶を受け取った。

 そうして、少しでも明るくなるように、話題をかえる。


「しかし、このお茶といい、そのソファといい。あれじゃないのか? 委員会の職掌の範囲外じゃないのかい? あんまり司書室を私物化していると、リリスやステラに眼をつけられるぞ?」

「あっはは、それは大丈夫だよ、お兄様」

「そうですよ、それはあり得ないです、お兄さん」


 レンカちゃんが笑って、キキョウちゃんが苦笑する。


「「だって」」


 二人は声をそろえて――こう言った。

















「「」」

















 触れるな危険。

 アンタッチャブルの各務姉妹。

 流星学園は人類を護る最先端、オカルト兵器プロウトビット・オーパーツと人型決戦兵器セブンスを駆る少年兵たちの育成の場だ。

 そんな学園の、しかも禁書に近しい図書を護る委員会が、ただの少年少女であるわけがない。

 PSY。

 いわゆる――超能力者サイキッカー

 遠くで起きた出来事を知り、念動力でモノを動かし、何もないところから水や炎を産みだす。

 そして――人の心を覗き視る。

 だから図書委員は一カ所に隔離される、そして稀に俺のような変わり者が尋ねて来たとしても、彼らは誰も、誰とも出来る限り視線を合わせない。

 出来うる限り、人との接点を持たない。

 でないと、相手の心を覗いてしまうから――

 そんな力を持つ集団の頂点に座すのが、この若さでそのすべてを統治するほどの絶対者が、いま俺の目の前で楽しそうに笑う双子の少女だった。

 各務レンカと。

 各務キキョウ。

 その二人が、俺に向かって、こう言うのだ。


「ああ、お兄様。あなたが望む本題と、その用件は解ってるよ」

「副会長の献身――生徒会長をおびき出すための秘策の一、学内対向模擬戦のことですね」


 この二人に隠し事は出来ない。両の手の平を天井へと向け、肩をゆするしかない。

 そんな俺を見て、彼女たちは微笑む。

 儚く、そしてその名の通り花のように、美しく。


「どーですかねー、お兄さんの内心だけは」

「正直、私たちでもどの程度視抜みぬけているか」

「…………」


 俺たちの腹芸は、あまりにへたくそで、あまりに不器用だった。

 俺はそれに対する答えを持ち合わせてはいなかったし、彼女たちもそんなものは望んでいなかった。

 玖星アカリは諸手をあげて降参し、少女たちは苦笑してお茶に口をつける。

 そんな茶番があって、ようやく本題が切りだされたのだ。


「そう、模擬戦の話だ」


 数日後行われる校内対向模擬戦は、セブンスを実際に使って行われる戦闘訓練の一つだ。

 くじ引きでランダムに選ばれた対戦相手と、全力で戦闘を行い、相手の戦闘継続不能をもって終了とされる。対戦回数ラウンドは三回。

 もちろん使用されるすべての弾薬はペイント弾だ。ただし、BS粒子の塗布された特殊振動剣はそのまま兵装に利用される。

 つまり、なめてかかれば怪我をするし、何より成績に直結するということだ。

 、いつまで今のようにちゃらんぽらんしていられるか解らない。特に、件の命令無視が、このままでは響く。

 だから、今回の模擬戦、是が非でも成績を残し、事態をうやむやにする必要があった。


「模擬戦では成績の低いものに限り、成績上位者をアドバイザーとすることが許されています。アシストするものがいてもいいというルールです。もちろん、アドバイザーは参加の機会を失うわけですから、普通これを引き受けてくれるものはいません。が――」

「そう、今回のお兄様に限っては、その変わり者がいたわけだ」


 織守ステラ。

 天下無敵の副会長。

 彼女は、俺のアドバイザーを引き受けると言ってきた。

 その理由は、戦闘の勝利者が得られる、一つの約束された栄光にある。


「「生徒会長からの、勲章授与」」


 各務姉妹が声を合わせて言う。

 そう、ステラの狙いはこれだ。

 彼女は前回の戦闘で負傷している。そのため、模擬戦へと参加する資格が得られない。いくら流星学園でも負傷者を戦わせるほど鬼畜ではない。効率が悪い。

 ゆえに現状、公的に、大っぴらに、おおやけに――そして確実に彼女が生徒会長と接触できる機会は、この校内対抗模擬戦にアドバイザーとして参加することだけなのだ。

 本来参加できないものに参加して、栄光だけをかっさらう。

 実に実利的なあいつらしい。

 まあ……つまり俺は、ダシに使われているということだ。


「愚劣ですね」

「滑稽だね」


 双子のゴシックロリータが笑う。

 こんなにおかしなことはないといった具合に。


「ですが、その思惑に乗りましょう」

「むしろ、こちらが利用させてもらおう」


 二人は、輪唱するように言った。


「お兄さん」

「お兄様」




「「私たちの――お貸ししますよ!」」




 ……そう、つまるところ俺のお願いとは、そう言うものだったのだ。

 アドバイザーとして参加するつもりのステラを、労せずして目的を達成しようとするあいつを――この戦闘に引きずり込む。

 それが俺の狙いであり、そして。


「……献身というなら、これ以上のものを私は知らないのだけれどね」


 レンカちゃんが、あくびを噛み殺しながらそう言った。

 その声音は、だけれどどこか寂しげで、かなしそうなそれだった。

 各務キキョウ。

 各務レンカ。

 二人が俺のことをお兄様と呼び、お兄さんと呼び慕う理由に心当たりはある。スケコマシと、罵倒されることにさえも。

 だからいまは、彼女たちの好意に甘え、ただ頭を下げることしか俺にはできなかった。


「ありがとう」


 俺がそう言ったときの、彼女たちの表情は。


「「ばか」」




 だから、見ることが出来なかった。

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