第二話 懲罰 ~模擬戦への招待~

 全長18メートル、全備重量92トンの巨大兵器が、地煙あげて大地を踏みしめる。

 それは、人型兵器と呼ぶには、異形過ぎた。

 重装歩兵などの比ではない。市街地迷彩の施された分厚い装甲版は何枚も重ねられ、鱗のごとく積層せきそうする。

 脚部は短く、二重関節になっている。

 寸胴な胸部からはえる腕部は膝までよりも長く、強靭な豪腕である。

 一見して武装したゴリラのような外見のその機体――七型兵器セブンスと呼称される決戦兵器が、XOーNK23【ドミニオンズ】という天使の名で呼ばれることには意味がある。

 ひとつは、その背面に、滑空・姿勢制御用のスラスターパックがついていること。それが、羽のように見えることに起因する。

 そしてもうひとつ。

 こちらこそが、本題だ。

 たとえ仮にであっても、天使の力を借りなければならないほど――対敵は強大で、おぞましいなのだった。



 色彩は光。

 形状は翼もつ獣。

 翼を持ち、爪牙を抱き、強靭な四肢を漲らせ、尻尾を降り、毒針を研ぎ澄まし、胸鰭むなびれは刃のようで、食腕しょくわんを躍らせる。

 それは、獣と呼ぶのなら獣に似ていた。

 だが同時に、あらゆるこの星に存在するどんな生命にも似つかない異形でもあった。

 それこそは侵犯者アグレッサー

 人類と地球にとって破滅を招くもの。

 禍々しくも美しき、崩滅ほうめつの招き手。

 純粋なる――悪魔。



 その悪魔が、言語化不可能な咆哮を吠えたてながら、街を、高層ビル群を、自然を、人類を破壊し殺戮する。

 絶対的生命敵性体。

 目に付く命の、そのすべてを破壊し尽くす超暴力の化身。

 全長は37メートルもあろうか。

 かの化け物の眼前には、既にD.E.M.に所属しない正規兵――つまり地球連合のセブンスが、いくつも破壊され山となっている。

 ……大人たちはこうやって無為に命を散らし、結果として少年少女が戦場に駆り出されているというのに。

 クズ鉄の山の上で吠えたてるアグレッサー。

 そんな悪魔のような驚異的存在に、隊列を組んだ無数のドミニオンズが接敵する。

 天使たちの動きはにぶい。

 ズシリ、ズシリと一歩ずつ地面を踏みしめ、ときに各部に仕込まれたスラスターを展開し姿勢を制御して移動するが、巡行速度は時速にして40キロといったところか。

 対して、悪魔の動きは機敏だった。

 その巨躯に似合わぬ俊敏さで、颶風ぐふうのように動き、まるで猛獣がそうするかのようにクズ山から飛び降り、ビルの合間を駆け抜け、跳び移り、右翼、先頭の天使に尻尾を叩きつける。

 ドミニオンズが咄嗟に携行盾を構えるが、その上から腕部が粉砕。

 重装甲など歯牙にもかけず破壊する。

 左翼のセブンスが即座に展開、標準装備たる420ミリ速射砲が次々に掲げられ――発射ファイヤ

 無数の砲弾が市街地を破壊し、粉塵を巻き上げる。

 対象は沈黙。


 ――次の瞬間、噴煙を引き裂き巨獣が跳躍! 禍々しい光芒を曳きながら、さらに一体の天使を装甲ごと食い破る!

 結界。

 ただでさえ強固なアグレッサーの体表面は、さらに堅牢な一種の電磁力場バリアーに覆われているのだった。

 化け物が、吠える。

 天使を噛み砕き、その翼をもぎ取りながら、悪辣に咆哮をあげる。

 憎悪の叫び。

 そこで――ドミニオンズが一機、突出する。

 他のものとは一線を隔する機体運用――その他をブリキの機械仕掛けに例えるのなら、〝彼女〟の動きは流水のそれだった――移動速度自体は変わらない。だが、滑らかかつ大胆な操縦が、まるで生き物のように鋼の天使を疾駆させる。

 腰部ジョイントが解放。

 彼女が右手で抜き放ったのはアグレッサーの嫌うBS粒子コーティング済みの特殊振動剣。

 現行兵器において、唯一アグレッサーの結界を貫き致命傷を与えうる聖なる剣!

 それを機敏に感じ取ってか、悪魔が動く。

 無数の食腕が飛来する。

 刃が、閃いた。

 彼女へと殺到した脅威のすべてが、その卓越した剣技によって撃ち落されていたのである。

 ――だが、切り落とせてはいない。弾いただけだ。

 遠距離戦の不利を見て、彼女が距離を詰める。

 スラスターが全開!

 一気に飛翔しゼロになる間合い!

 背後から迫る食腕と、肉薄するアグレッサー! すれ違いざま、悪魔はその鋭利極まりない爪牙を容赦なく振るった。

 宙を舞う天使の左手!

 そして――




「ねぇ、見てた? 見てた! すごいでしょ、あたし単機でアグレッサーを殲滅したのよ!」




 学食で、流星学園の生徒全員に支給されている小型情報デバイスから、先日の戦闘データを引き合いに出しつつ、織守ステラは、はしゃいだ様子でそう言った。

 実際、空間に投影された映像のなかでは、アグレッサーがその脳天に刃を突き立てられ、光となって消えていくところだった。


「褒めて褒めて! あたし凄くない!? ちょっとここのデザート代おごりなさいよ、アカリなんて無趣味だからお金使うことないでしょう?」


 無茶苦茶を言う副生徒会長に、


「あー、すごいねー、すごいねー、おごります、おごります」


 と、気のない返事を返しつつ、俺の視線は映像から切れてはいなかった。

 記録の中では、ステラの乗ったドミニオンズが健在な右手を突き上げ、勝利を宣言している。

 だが。

 その機影が。

 

 90トンもの超重量が、宙を舞い、錐もみし、そして機体は無残にも中破する。

 それを為したのは――アグレッサー。

 たった一体のバケモノに苦しめられていた天使たちの前に、推定16体の、悪魔の群れが現れる。

 ドミニオンズ全機が、明らかに狼狽ろうばいした。

 パイロットたちが、怯え、一歩無自覚に後退する。

 何故ならそれは、致命的な死を突き付けられたに等しく。

 アグレッサーたちが飛び掛からんと身をたわめた、その刹那だった。








 ――空が割れる。

 舞い降りる。

 降臨したのは――漆黒の天使だった。








 ……映像は、そこで途切れていた。


「なあ、ステラ」

「ふへ?」

「続きは?」

「…………」


 俺の問いに。

 その左手を三角巾で吊るし、額には包帯を巻いた、見るも無残な彼女は、言った。


。そこからは、生徒会長の独壇場だったもの」

「……最高機密扱い、ね」


 流星学園全等部生徒会長。

 その存在は謎に包まれているが、生徒の窮地を見逃したことはない。

 〝彼〟は必ず、人類の危機に現れる。

 さしずめ――機械仕掛けの神様デウス・エクス・マキーナのように。


「……死傷者は、どのくらいでた?」

地連ちれんのことは言えないわ。生徒会でもないアカリに落とせる情報はないの。でも、学園の生徒に死者はなしよ! さっすが生徒会長ね!」

「……そっか」


 俺の視線の先で、彼女は誇らしげに微笑む。

 胸を張り、それが素晴らしいことだと言いたげに。

 だが、それはあくまで死者がいなかっただけということに過ぎないのだと、恐らく彼女自身が、一番よく解っているのだと思えてならなかった。

 その身に刻んだ傷が告げるのだろう。

 負傷者のうち、いったい何人が戦線に復帰できるか――それは未知数だった。


「ふん……あー、ところでさ。ステラ」


 この場の払いが俺になったからだろう、容赦なく追加でデザートを注文しまくるスイーツ系女子に、トテモ大事な話題を提示する。


「お前さ、昨日俺のこと、体育倉庫に忘れていっただろ?」

「……? そうだっけ?」

「……お前の恐ろしいところはそれがすっとぼけているんじゃなくて本当に覚えていないところだよな。脳みそ都合よすぎるだろ……」

「なによ、あたしは嫌なことはすぐ忘れるたちなのよ」

「あー、さいで。うーん、じゃあ、本題だ。アカリくん、前々から副理事長こと雨宮女史には眼をつけられていたわけだけど」

「うん」

「今回のスクランブルに駈け付けさえしなかったので、しこたまお説教を喰らったわけですよ。副理事長、超オコなの」

「なにそれウケるー」

「ウケないで。俺的にけっこうまずい話だから」


 出撃拒否。

 流星学園は軍隊じゃあないが(各国に正式な軍隊はあり、そこにもセブンスは配備されている。単純にうちは、まだ育成段階の無理を推して出撃している義勇兵のような扱いというだけだ)規律というものは存在する。

 で、出撃拒否は相当まずいレベルの懲罰に該当するわけで。


「俺、このままだと特攻兵器に詰め込まれて射出される感じの大ピンチなわけよ。わかるー?」


 叩く軽口とは対照的に、俺の冷や汗は止まらない。

 リリスは、やると言ったらやる。

 ほんとうに俺は桜舞い散る学園生活から、特効兵器のほうの桜花に乗せられてしまう。


「なあ、ステラ。俺、どしたらいいと思う?」


 割と真剣に、事の次第を作った張本人にそう尋ねると、彼女は、まるで何でもないことのように、


「次の試験で高得点叩き出せばいいんじゃない?」


 と、そう言った。


「来週の学内対抗模擬戦。上位者にはご褒美が出るって聴いたわ」

「……いや、俺、現代セブンスの操縦、ド下手なんですけど?」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。

 そして、


「あ、いいこと閃いちゃった」


 ステラは、そのきれいな天使の輪キューティクルが灯る頭頂部に、電球のマークを浮かべてこう言った。







「あたしの傀儡かいらいになる勇気、あんたにはある……?」








 ああ、今回も大変なことになるんだろうなぁ……。

 そんな確信だけが、冷や汗の増した俺の頭の中にこだまするのだった。

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