第一章 玖星アカリの青春
第一話 緊急動員 ~スクランブル~
やあ、諸君。俺の名前は
世界的財団が経営する教育法人、
黒髪黒瞳、この国では平均的な顔立ちの至って健全な青少年だと思ってくれ。ちなみに服装は学ランだ。
さて、そんな健全でリビドーに溢れた青少年である俺はいま、たいへんな窮地に立たされている。
具体的にいうと、
体育倉庫に監禁され、パイプ椅子に鎖で縛りつけられている。
……どうしてこうなったのかと、正直頭を抱えたい思いだが、その腕は動かない。念入りに手錠までされているのだから当然だ。
かなりテキトーな巻き方をしているくせに、鎖はもがけばもがくほど食い込み、いまではまったく手足の自由が利かなくなっている。
……仕方がない。
腹をくくった俺は、唯一自由なままになっていた口を開き、意を決して眼の前の少女にすべてを問いただすことにした。
「あのー」
「あ?」
「…………」
睨まれる。
すごい目付きで睨まれる。
世にいう三白眼とはこれをさすのであろうが、はっきり言って心が圧し折れそうだった。
それでも、なけなしの勇気を振り絞り、俺は問いの続きを口にする。
「……あの、なんでこんなことになっているんですかね、ステラさん……?」
「…………」
恐ろしい三白眼の中で、星の煌めきのように美しい瞳が「はぁ? なに言ってんだこいつ? ころすぞ?」的な剣呑な色合いを見せる。
えー、その……いくらなんでも理不尽すぎやしませんか?
「理不尽なわけないでしょ? あたしは理不尽がこの世で一番嫌いなの。そんなものがあったら言ってみなさいよ、この手で砕け散るまでぶん殴ってやるわ!」
胸のまえで拳を打ち鳴らす少女の、それが名前だった。
学生自治が認められた、実力至上主義のこの学園で、昨年、一回生でありながら生徒会副会長にまで上り詰めた才媛。
最優の
勉学に長け、スポーツは万能、異能などなくともその能力の高さだけあらゆるに勝る生粋の勝利者。
そんな彼女、織守ステラは。
俺の眼前で仁王立ちする彼女は。
「まあいいわ、教えてあげる」
その
「始業式を、ボイコットするのよ!」
「……オー、マイファザー。やっぱりこいつ、頭おかしいです」
「誰がエキセントリック美少女よ!」
「言ってねーよそんなこと! いてぇ!? 殴るな、待て、暴力は反対だ! 話し合おう!」
無言でボコスカと俺を殴りつけ、ついでに蹴り飛ばすステラ。
理不尽がどうのこうのとかいう前言は一体どこに行ったのか。そんな不毛な物思いをしつつ、手足が動かない俺は殴られるままに殴られる。
よくアニメや漫画で描写される、女性特有の可愛らしいパンチではない。
腰が入ったかなり重たいやつが、数発まとめて飛んでくる。
擬音はポコポコではなく、ドスッ! メギッ! であった。
同級生とはいえ、そして彼女が権威ある生徒会の副会長であるとはいえ、これはいくらなんでも横暴だ。
しかし、悲しいことに俺は、札付きで左遷同然に転入してきた落ちこぼれ。
立場は、いち生徒より低いのである。
「ボイコット……そう、ボイコットするのよ!」
さて、しこたま暴力を振るい満足したのか、俺の事情など知ったことではない彼女は、改めてそう宣言した。
男子の学ランとはくらべものにならない気合の入ったデザインの学生服に包まれた、そのそれなりに豊満な乳房を、束ねた両手で押しつぶしながら、彼女は険しい表情で語りだす。
真面目な話、険しい表情を浮かべたいのは俺であり、普段から鍛錬を欠かさず、なおかつ彼女の暴力に慣れていなければ今頃意識を失っていてもおかしくない有様だった。
で。
その暴力女が語る。
「始業式よ、始業式。アカリ、あんたは去年の惨劇をもう忘れてしまったというの? いえ、去年だけじゃないわ、編入生のあんたは知らないだろうけど、初等部でも中等部でもその悲劇は連綿と続いてきたの!」
「はぁ……?」
「
ウゴゴゴゴゴ! と、背後に炎を燃え立たせて、しょーもないことを口にする生徒会副会長。
こんなでも学園内では稀代の才媛で通っているので、けっして頭が悪い訳ではないのだが、しかし行動原理が他人には理解できなさすぎるので一回りしてバカに見える。
体育倉庫に監禁しているからといって、人目がないからといって俺に殴打を続けているのはその証左の一つであるし、周囲に聞き耳を立てれば、始業式に向かう生徒の話し声だって聞こえるのだからことが露見する確率はゼロではないのに大声を出す無神経さも、一つの証拠だ。
そう、はっきり言って、精神構造が違い過ぎるのだ。
だって、
「そ――それに。迷惑ごとを起こせば、生徒会長に会えるかもしれないじゃない……?」
なんて、そんなことを、頬を染めながら真っ正直に口にするのだから、理解の及ぶ範囲ではない。最有力な証明である。
整った顔を切なげに歪め、ハの字眉に桃色の頬、きゅっと下唇を見せつけるのは、そりゃあセックスアピールとしては正しかろうが、向ける相手が間違っている。
その表情は、完全に恋する乙女のそれだった。
全等部総合生徒会長。
それは事実上、学生自治が徹底されたこの学園において最高権力者と呼べる存在であり――そして誰も正体を知らない謎の存在を意味する言葉だった。
学園創設以来18年、生徒会長は常に存在してきた。
だが、一度として彼が人前に姿をさらしたことはない。
現れても、その姿は足元まである黒衣と、特徴的な仮面によって覆い隠されている。
学生が窮地に陥ったとき、颯爽と現れすべてを解決する秘密存在――それが彼だ。
そんな謎めいた人物に(俺に言わせてもらえば不審人物この上ない訳だが)そんな彼に、この少女、俺のクラスメート、織守ステラは恋しているのである。
ホの字という奴なのだ。
ほとほと呆れかえる次第だが、その生徒会長を引っ張り出すための口実に、毎回人質やら人身御供にされる俺としてはたまったものではない。
ああ、そうだ。
こんな風に拘束されるのは初めてではないのだ。
ステラは、何故だかことあるごとに俺へとちょっかいをかけてくるのである。
生贄担当・玖星アカリであった。
「で、具体的にはどうやって始業式をボイコットするんだ?」
そういうわけで、暴力にも理不尽にも、慣れたくはないのだけれど慣れ切ってしまっている俺は、いつもどーり彼女にそんなことを聞いていた。いさめようとする前に、まず有用性を問うのだから、俺もじっさい相当なクズである。
そんな風に自嘲する俺の内心を知ってか知らずか、彼女は大喜びし、
「さっすがはアカリ! ノリがいいわね! 大丈夫、今回の作戦は自信作よ。まずはあんたをステージの上に吊し上げて――」
そんな不穏すぎる台詞を発して、
「そして爆薬を――」
不穏当に続けようとした言の葉は。
――さらに不穏な
体育倉庫の電源が落ちる。
かわりに点灯したのは、緊急発進を意味する
その中で、ステラの表情が一瞬で変わる。
年齢相応のいたずらな表情から――戦士の顔へと。
「
呟くなり、踵を返す彼女。
そのまま振り返ることもなく、彼女は倉庫から飛びだしていく。
私立流星学園。
教育施設というのは、体面を保つための詭弁に過ぎない。
それは、38年前突如出現した未知なる敵【アグレッサー】に対抗するため、D.E.M.が極秘裏に創設した、とある巨大兵器の運用試験施設。
少年兵を育成する非人道機関。
そして彼女、織守ステラは、その起動兵器を運用するエース・オブ・エースだった。
「――まったく」
俺は、ふた昔は前のコミックス主人公のように、やれやれと呟く。
緊急発進とは、5分以内に行われる各員の出撃である。
いかに元部外者とはいえ、俺はいま流星学園の学生だ。当然、出撃、もしくは順次臨戦待機にはいらなくてはならないのだが……
「なあ、ステラ……せめて手錠だけでも外してくれないと、俺、動けないぞ……?」
ひとりぽつんと。
孤独に体育倉庫で放置プレイされる俺は、やれやれと首を振り、嘆息した。
こりゃあ、またリリスにどやされそうだ……
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