第十章 本多晴子の素性

 藍は、自分を焼き殺そうとした本多晴子と、その恋人を気取る楢久保美好をジッと見た。

(どういう事なの? 何故?)

 その藍の訝しそうな顔を見て、晴子が口を開く。

「知りたいのなら、教えてあげる。私の先祖は、あの陰陽道の名門である土御門家の方なの」

 晴子は得意満面で話す。隣に立つ美好はそれに応じるように頷く。

「何ですって?」

 藍はそうではないかと思ってはいたが、実際に晴子に言われると思わず大声を上げてしまった。

「その方のお名前は、土御門晴信様。名だたる陰陽師の中でも、飛び抜けて優れた術者だったのよ」

 晴子は得意そうと言うより、すでに陶酔の域に達しているようだ。目がトロンとし、口は終始笑みを浮かべている。

「……」

 藍はギリッと歯を軋ませる。

(やはり、手引きをした者がいたのね。まさかこの子があの陰陽師とつながっているとは思わなかったけど……)

「私のご先祖様は、代々晴信様のご無念を語り継いで来たの。そして、光と闇が滅びし時、我の封を解けと言われて来たのよ」

 晴子のその言葉に藍は更に驚いた。

(土御門晴信は、建内宿禰と辰野神教の事を見抜いていたと言うの?)

「そしてまさに時は満ちた」

 晴子はまたけたたましく笑った。普段の彼女を知っている人が見たら、よく似た別人と思うくらい、晴子は違う顔になっていた。彼女は美好に再び抱きつき、

「楢久保さんの力を借り、私は晴信様を封じていた結界を破ったの。これからまさに日本が変わるの。世界を統べる方が蘇ったのよ」

と言い放った。藍は唖然としてしまった。

(何を言っているかわかっているの、本多さん?)

「そして私は、晴信様のためにとき御子みこを産むの。その子が世界を統べるのよ」

「何を言っているの、本多さん!?」

 藍は晴子が只晴信の子孫だと言うだけでなく、何かをされたと考えた。そして美好を見る。

(この男が黒幕とは思えない。一体誰が背後にいるの?)

 晴子の衝撃的な発言に、美好も仰天したようだ。

「何言ってるんだ、晴子? お前は俺と結婚してくれるんじゃないのか?」

 美好は笑い続ける晴子の両肩を掴んで揺さぶった。

「そうよ。貴方と結婚するわ。但し、産むのは晴信様の御子よ」

 晴子の目は狂気を宿し始めていた。

「妖気?」

 藍は微かではあったが、晴子に宿る妖気を感じた。そしてそれは何度も感じた事のあるものだとわかった。

(建内宿禰が?)

 晴子の身体から僅かに発せられている妖気は、京都小野家の椿がその身を犠牲にして封じたはずの建内宿禰のものだったのだ。

(どういう事なの? 何故、本多さんの身体にあいつの妖気が宿っているの?)

 その恐るべき因縁を藍は知る術がない。


 その頃、山形県鶴岡市を発った修験者の遠野泉進は空路で羽田に到着していた。

(東京に入る前から、気分が悪くなる程の気を感じていたが、地上に降りると更に壮絶じゃな)

 泉進は空港からタクシーで杉野森学園を目指した。

「藍ちゃん、無茶はするなよ。相手は相当な強者つわものだぞ」

 泉進は眉間に皺を寄せ、窓の外を睨んだ。


 小野雅は正眼の構えを崩さずに晴信を見据えている。晴信はそんな雅をニヤついた顔で見ている。

「どうした、小野雅? 構えているだけでは私は倒せぬぞ?」

 雅は歯軋りしたが、動かない。

(奴が言った『その剣は、本来は陰陽道のもの』の意味する事がわからない。本来とはどういう事なのだ?)

 すると晴信は雅の心を見透かすかのように、

「教えてやろう。陰陽道とは光と闇を束ねる呪術。その片方のみを使う姫巫女流や黄泉路古神道など所詮我らの流派の亜流に過ぎんのだ」

「何だと?」

 雅は眼光を鋭くし、晴信を睨みつける。

「お前が持っているその剣は我ら陰陽道の剣。故にその剣で私を斬る事などできぬ」

 晴信は雅を哀れむような目で見た。

「……」

 雅は打ちのめされていた。

(昔、仁斎のジイさんから聞いた事がある。『陰陽道は敵にしてはならぬ。光と闇を束ねる呪術故、争えば、姫巫女流でも勝てぬ』と。それはあの楓の父である栄斎の言葉だと……)

「お前が動かぬのなら、私から行くぞ」

 晴信は呪符を袂から取り出し、雅に近づく。

「く……」

 完全に晴信の気に呑まれてしまった雅は、なす術なく立ち尽くしていた。


 藍は建内宿禰の妖気をまとっている晴子を見やる。

(このままでは本多さんは闇に取り込まれてしまう。どうすれば……)

 晴子はそんな藍の心配を他所に美好を見上げ、

「さあ、行きましょう、楢久保さん」

と歩き出した。

「あ、待って、本多さん!」

 藍が二人を追おうとすると、目つきの悪い男二人が立ちはだかる。

「何?」

 藍はその隙に走り去ってしまう晴子を見つつ、男達を睨む。妙な雰囲気を漂わせた連中である。

「何なの、貴方達は?」

 すると男達は警察官の身分証を掲示した。

「ご同行願えますか?」

 あまりの事に藍は言葉を失ってしまった。

(何なのよ、全く!)

 誰に抗議すればいいのか迷ってしまうほど、意味不明な状況である。

「私はあの子の学校の教師です。一体どういう嫌疑で同行しなければならないのか、ご説明願えますか?」

 それでもそんな事で足止めをされている場合ではないと思い、何とか言い返した。

「それも署でお願いします」

 刑事の一人が藍の右手を取った。その途端、藍は刑事二人が晴子の術にかけられている事に気づいた。

(情けない!)

 藍は気合いを入れ、刑事二人にかけられた術を弾き飛ばす。

「うわ!」

 二人にかけられた呪符は藍の光の力でボウッと燃え上がり、消えた。

「え?」

 キョトンとして立ち尽くす二人をその場に残し、藍は晴子と美好を追いかけた。

(本多さん……。呪符まで操るの?)

 藍はますます危機感を抱いた。

(黒幕は建内宿禰……。間違いなさそうね)

 しかし、根の堅州国に封じ込められたはずの建内宿禰がどのような方法で晴子に自分の妖気を纏わせたのかはわからなかった。


 晴信は呪符を宙に投げ上げる。

「いずれにしても、お前は死ぬる身。これ以上話をしたところで栓なき事」

 晴信は呪符を式神に変え、雅に向かわせる。

『大丈夫、自分の力を信じなさい、雅』

 雅はまた亡き小野椿の声を聞いた。

(そうか?)

 雅はその声に苦笑いした。椿の声がするはずがない。雅はそう思ったが、

「まだ終わった訳ではないからな」

と迫り来る式神を見た。

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