第7羽 剣闘士の草原 7

 翌朝、いつもの様に照明は午前4時半に点灯した。でも僕が目覚めるのは6時過ぎである。ちなみに、来客の予定が無い場合、消灯するのは午後4時半。4時半から4時半までの12時間刻み。それが1日の基本的なルーティンであった。


 雨は上がっている様だった。だが空は厚い雲に覆われ、絶好の外出日和。快晴か大雨なら断れたのに。パンをかじりながら僕はそんな事を考えていた。


 朝食を終え、トイレも済まし、鳥部屋に入る。朝の世話である。みんなのケージの餌を替え、水を替える。そして敷紙も交換する。餌と水は朝と夕の2回交換する事になるが、この事にあまり意味はない。そこに居るのがただの鳥なら、やたらと水を汚したりして何度も水を交換する必要も出て来るのだろうが、中身は宇宙人である。餌も大してばら撒かないし、水も汚さない。空調の効いている室内で、餌や水の交換など1日1回やれば事足りるのだが、これは性分という奴である。潔癖症ではないけれど、そこそこ綺麗好きなのだ。


「おう、いっつも悪いな」

 十姉妹のトド吉が声を掛けて来る。

「いえいえ、どういたしまして」


「よく眠れたの」

 眠そうな声はモモイロインコのミヨシ。自分はよく眠れたのだろうか。

「うん、いつも通りよく寝たよ」


「例の彼、今日は何時ごろ来るんでしょうか」

 ヨウムのパスタはちょっと心配げだ。

「さあ、でも昼飯くらいは食べてくるんじゃないかな」


「何も無いと良いですねえ」

 セキセイインコのリリイは何かあって欲しそうな声でそう言った。

「本当に何も無いと助かるんだけど」


「まあ、我々がバックアップするのだ、大船に乗った気でいるといい」

 ボタンインコの伝蔵は笑ったが、果たしてどこまで信じて良いのやら。僕は引きつった笑顔を浮かべた。


 鳥部屋の世話が終わったら、次は客室である。今はアオちゃん1羽だけ、貸し切り状態だった。ペレットの残りを捨て、新しいものを入れる。水も入れ替えるが、ビタミン剤を混ぜたりはしない。飼い主からそんな指示は出ていないし、そもそもペレットにはビタミンが添加されているからだ。


 ビタミンには水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンがある。水溶性ビタミンは少々過剰に摂取しても体外に排出されるが、脂溶性ビタミンは過剰摂取すると体内に蓄積される。そしてそれが慢性化すると内臓機能を悪化させる。何事も過ぎたるは及ばざるが如しである。ただ、その理屈で考えるとペレット以外に小松菜を与えるのは良くないようにも思えるし、実際そういう意見もある。小松菜には脂溶性ビタミンのAやEが含まれているからだ。


 ただ、それでも僕は小松菜や青梗菜ちんげんさいをペレットと共に与えるのは、悪い事ではないと思っている。小松菜の葉っぱ1枚に含まれるビタミンの量など知れているし、それに鳥だって食事の楽しさを味わったっていいじゃないか。ペレットがいかに完全栄養食であったとしても、それだけ食べて生きて行く事を鳥に強いるのは、可哀想な気がしてならない。鳥は知能が高い。それ故にストレスも溜めやすくなる。それを解消してあげられるのは、飼い主だけなのだ。だから楽しい食事の機会を奪う事は、僕はしたくない。


 僕が餌と水を替えている間、アオちゃんはじっとしていた。しかし最後、菜挿しに小松菜を1枚挿し、ケージの奥に取り付けようとしたとき、不意にアオちゃんは僕の腕に乗り、小松菜の端をちみちみと小さく齧った。


「ふうん、いつもこうして食べてるのか」

 その僕の言葉に、

「アオちゃん」

 と、アオちゃんは返した。こうなっては仕方ない。取り敢えずこの小松菜を食べ終わるまではここから動けないな。僕は早々に諦めた。

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