第4羽 剣闘士の草原 4

 話し終わるといわおは小さく溜息を吐いた。僕は言葉を探していた。幻覚、妄想、虚言。きっとどれかに当てはまる。だがどれに当てはまるのか。自信が持てなかった。いや、それどころかどれにも当てはまらない可能性まで考え始めていた。そんな混乱する僕を見透かす様に、巌は口角を上げた。


「これで話が終わったと思っただろう」

「えっ」


 まだあるのか、僕がそう言う前に巌は話し始めた。

「2回目の戦いがあったのが先週。そっから今日で6日経ってる。明日で丁度7日目だ。何かあるとすれば、明日だろうな。爺さんはそう言ってるし、俺もそう思う」

「それで」

「ん」


「僕にそれを聞かせてどうしようって言うんだ」

「おめえも明日、一緒に行ってみないか、って思ってな」

「僕をおまえの変な仕事に巻き込むつもりか」

「変な仕事っていう奴があるか。失敬だな」

「僕には陰陽師の真似事はできないぞ」

「陰陽師じゃねえ」巌は帯の辺りをポン、と叩いた。「呪禁道士じゅきんどうしだ」


 そんな事はどっちでもいいよ、と思ったが口には出さなかった。出してしまったが最後、陰陽師と呪禁道士の違いについて延々と聞くことになるからだ。


「で、どうする。明日行くか」

「……考えとくよ」

 断るのならもっと明確に拒絶するべきである。ことに巌の様なタイプには。


「よし、じゃあ明日の昼過ぎに迎えに来てやろう、待っていろ」

 このように、奴の中ではもう行くことに決まっている。こうなる事はわかっているのだが、それでも、僕には引っかかっている事があった。


 五十雀いそがら巌は玄関から出て行くと、片手で番傘を開き、雨の中へと歩き出した。それを見送ると、僕は風除室の扉の鍵を閉め、鳥部屋へと戻った。

「聞いてたかい」

 僕の言葉に、ケージに戻っていたブルーボタンインコの伝蔵はうなずいた。

「うむ、大体はな」




 ボタンインコはアフリカ南東部を原産地とするインコの一種。体調は15センチに満たないが、大きめのくちばしと強靭なあごをそなえ、迂闊うかつな飼い主の手に穴を開ける事で有名だ。ペットとして人気の種であるため品種改良が頻繁に行われ、自然界には無い色をしたものも多い。頭が黒く、それ以外が青い、ブルーボタンもその一つである。


 伝蔵が会議の開催を宣言した。

「それでは第132回定例会議を始める。本日の議長は我、伝蔵が務める。議題は喫緊のものが無ければ、くだんのへっぽこ陰陽師が持ってきた話とするが、異議はあるか」

「異議なし」

 セキセイインコのリリイが答えた。

「私も異議なし」

 ヨウムのパスタが答えた。

「同じく」

 モモイロインコのミヨシが答えた。

「早よ始めようや、もう眠たい」

 総勢7羽の十姉妹ファミリーを代表して、トド吉が答えた。


 皆の返答を受けて、伝蔵は一つ頷いた。

「ではあの話、率直にどう思った。皆の意見が聞きたい」


「統合失調症の症状ね」ミヨシが面倒臭そうに言った。「幻聴と友達になるなんて典型的。幻聴に悪口言われないだけ幸せな患者よね」


「物語としてはありふれた冒険たんです」パスタが言った。「導入部、つまり領地紛争の助太刀を請われて異界へ赴くというのは俵藤太の竜宮入りなどが挙げられますし、後半部分の一騎打ちは中世イングランドの伝説と重なります」


「つまりオリジナリティが無いっちゅう訳やな」

 トド吉のその言葉に、パスタは反応した。


「それはオリジナリティという言葉をいかに解釈するかによるのではないでしょうか。過去の作品と同様の展開があるからといってオリジナリティが無いと即断できるようなものでは本来ありません。今回の話においても過去の物語との相違点も見受けられますし一概に」


「パスタ」早口でまくしたてるパスタを伝蔵が止めた。「それは論点ではない」

「……すみません、つい」

 パスタはしょげかえってしまった。


「はー、ビックリしたー、なんやねんなもー」

「トド吉も茶化さない」

 リリイの一言は余計だったか。今度はトド吉がヒートアップしてしまった。

「茶化してません、何でや、何でワイが注意されなアカンねん。ワイは被害者でしょーが」

「そーやそーや」

「お父ちゃんをいじめるな」

 背後のファミリーにも支えられ、俄然トド吉がやる気を出したとき。

「会議中である!」

 伝蔵の一声で場は静まり返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る