さよならの手紙
その日屋敷では葬儀が行われた。すすり泣く声がする。ルースの親も姿を見せた。父と将軍は友人だったのですとルースはぼうっとして言った。アシュレイはバイオリンを持って葬儀に駆けつけていた。
「G線上のアリア…」
旋律が響く葬儀で雨が降り出した。その震えるような旋律に感動するものが大勢いた。雨のしずくなのか涙なのかはわからない。ただアシュレイは演奏していた。これがカナーベルについた嘘。リトルコールティンを騙していた嘘。そして…これが世界一の剣豪になってやると思った動機だった。宮廷楽士だった自分を殺した奴らがいた。誰も守れなかった坊ちゃんも、リトルの弟も、姉さんも。このバイオリン弾きの細腕では。だから生き返ったその後は自警団に入りカートン村で警備をやっていたのだ。また殺したのだ。また守れなかったのだ。大切になった人を。悔しさはやがて怒りに変わってバイオリンを投げてカナーベルの棺の前でアシュレイは泣きじゃくった。演奏が鳴りやんで静寂になった会場に花束を持ってメリッサ嬢が現れた。
「何しに来たんだよ」
アシュレイが怒りをあらわにしてメリッサを睨みつける。お別れに来たのよとそれだけ言って、メリッサは花束を供えた。
「あんたどういうつもりなんだよ!」
「本当は愛していたのよ…」
「えっ」
バッグからハンカチと十字架を取り出し、仲間の竜騎士団の美女たちと一緒にいなくなってしまった。
「生きている間に伝えてほしかった」
ルースはぼうっとしてカナーベルの姿を見下ろしている。
「師匠あんたは何も教えてくれなかったどうやったら強くなれるのか、まだ何も聞かないうちに死んでしまうなんて許せやしない!俺はまだ何も聞いてないぞ……」
あとからは声にならなかった。土葬の準備が整いましたと使用人がいい、アシュレイはしばしぼうっとした。棺を土に返す時がやってきて、スコップを手渡されたアシュレイは逃げ出した。そうしてフェリクスがやってきて君に埋めてもらいだろうからといってスコップを再び渡した。いやだと一言言って泣き崩れた。手紙をカナーベルに書いたのを思い出していた。
きっとアンサズのところへ行く前に俺が引きとめてみせるから
行く前まで待っていて。そうしたらあんたの強さの秘密を今度こそ教えてくれ。
そう書いた手紙をカナーベルの懐に入れて、アシュレイはスコップを持った。土が膨らんでそこは墓になった。将軍は仕事で帰ってこれなかった。ルースは泣いていなかった、多分現実が受け止められなくてぼうっとしていたのだろう。
「ルースお前大丈夫なのかよ」
「カナーベル様のことをずっと考えていました」
「尊敬していました…」
そう言って目線を地面に配り、花をつまんで墓のところへ持っていく。
「一生忘れませんあなたのことは」
そう言って肩を震わせた。葬式が終わる、参列者も続々帰っていく。日はすっかり暮れて暗闇の中でまだルースとアシュレイはそこにいた。貴族の墓地で。
「帰ろうか」
アシュレイがバイオリンを拾って戻ってきた。
「ええ、さようならカナーベル様」
墓場は暗く湿って雨の残るシーザの土地の呪われた死神が一人いなくなった。それは陛下のもとにも報告が行き、やがてアシュレイがカナーベルの後釜になって聖騎士団に入ることになるのである。
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