死神

 それからほどなくしてエーゼンはファティナ姫と巡礼の旅をすることになり、カナーベルに声をかけた。


「死ぬなよ」


それだけを言って。


そしてすかさずアシュレイは前に出た。


「女王陛下!俺はアシュレイ、アシュレイカルティエ!いつかこの国で立派な騎士になってみせる!」


「何者だ無礼だぞ!」


お供が剣を構えると、女王は薄っすら笑った。静かに呟いた。


「待っているわよ」と。


「あ……」


 女王がその場を去って茫然と立ち尽くしたアシュレイである。確かに言った、待っているわよと。カナーベルは驚いた様子でアシュレイの傍に寄った。お前勇気がありますねと声をかけ女王の後ろ姿を目で追っていた。


「お前きっと覚えられましたよ」


「覚えてもらわなきゃ困るんだ」


「騎士の採用試験って行ってるの陛下じゃないですよたぶん」


「え」


「お前聖騎士団に入るつもりなんじゃないでしょうね」


「竜騎士団でもいいけど」


「竜騎士団には女性しか入れませんよ」


騎士と言っても色々あるんだとアシュレイはげんなりした。「


「聖騎士団は貴族しか入れません?」


「一度手柄を立てた」


「お前は多分見込みがありますね」


 軽快に笑い未来は明るいということを知ったアシュレイである。この国で必ず騎士になるのだ。そしていつか…大事な人を守れるような強さと権力を手にして、リトルコールティンを迎えに行く。


「リトルコールティンってあの聡明でふわっとした雰囲気の…」


「そうですよ師匠」


「お前より背が高いじゃないですか」


「いつか伸びる!毎日牛乳飲んでるから!」


「そうだといいですね」


 そういってベランダにいた二人は中に入った。かつてはカナーベルを殺そうとした。だけど、いつしかそうではなくなった、距離が縮まったかどうかはわからないまだカナーベルは心からアシュレイに気を許しているとは言えないとアシュレイはそう思っていた。人として接するうちに心の冷たさの影にあるカナーベルの痛み、多分アシュレイはそんなやさしさや脆さを知って、カナーベルを慕うようになっていたのだ。そして気づいてたのだ。この人は何もかもを捨てて死を選ぼうとしていることに。死神が自ら死を選ぼうとしていることは、ルースもきっとメリッサもアシュレイも気づいていてそしてあの気に食わないエーゼンも気づいていてそれで気にかけるのだ。あの立派な屋敷に住み、何不自由ない生活を送り、そして強靭な強さを持つこの美貌の騎士が死にとりつかれる理由はなんなのだろう、アシュレイは考えていた。せめて自分の逞しさで暗い影の騎士を救えるのではと考えていた。ここまで連れてきてくれた恩があった。できればずっと一緒にいたいと。藤の花の匂いがする、カナーベルは部屋でお香を焚いているので近づくと花の香りがする。その嗅ぎなれた匂いがいつかは血の匂いへと変わっていくのは間違いなかった。鉄の錆びたようなどす黒い血の匂い。戦場で嗅ぐような、不快なにおい。首をはねたときのような、死体の腐ったようなにおい。


「アシュレイお前は立派な騎士になりますよ」


カナーベルはそう言ってにこやかに微笑んだ。そんな彼を死神が連れ去ろうとする。


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